「まち むら」119号掲載
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「おやすみ処」を開設し、人と人、人とまちをつなぐ
埼玉県戸田市 NPO法人まち研究工房
 埼玉県戸田市では、街角や店先などにベンチを置き、誰もが休める憩いの場として「おやすみ処」を開設する取り組みが進められている。特定非営利活動法人(NPO法人)「まち研究工房」が10年前から行っている事業で、高齢者も気軽にまち歩きが楽しめる、暮らしやすい地域をつくるのがねらいだ。「おやすみ処」は市内各所に広がり、コミュニティスポットとしての役割も果たしている。


NPO法人を立ち上げて活動

「都市計画コンサルタントとしてまちづくりに関わり、街を見ていく中で、道端などに腰を下ろして休んでいる高齢者の姿を目にするようになりました。歩いて暮らせるコンパクトシティの推進などにも関わってきましたが、ベンチを置いた休憩スポットが街なかにあれば、高齢者や障がい者、妊産婦なども街を歩きやすくなります。そんなまちづくりの必要性を痛感しました。行政にも提案しましたが、民有地にベンチを置くことはできません。それならば自ら取り組んでみようと始めたのです」と「まち研究工房」代表理事の金田好明さんは振り返る。
 JR埼京線の高架下スペースに目をつけ、2002年7月からJR東日本と交渉を開始。2003年2月に「まち研究工房」を設立し、財団法人まちづくり市民財団助成事業と埼玉県市民活動サポート事業に採択されて助成を受け、2004年4月に第1号の「おやすみ処―とだ1番地」を開設した。
 「とだ1番地」は、JR埼京線戸田駅から北通り方向に徒歩1分の埼京線高架下に位置する。約40平方メートルの敷地をJR東日本から賃借し、手づくりの木製ベンチやベンチメーカーから提供を受けた高齢者・妊産婦向けベンチと防災用品収納型ベンチ、盲導犬助成募金自動販売機、電動カート用電力供給ボックス、自転車空気入れ、プランターなどが置かれ、「まち研究工房」が管理・運営している。
「まずは形にし、市内に広めていく先行モデルとして開設。会費や寄付などで運営しています。広報広告掲示板や救命手順記載パネル、小型の雨水貯水利用タンク、救急・防災・防犯用品なども備え、多機能型コミュニティスポットになっているのが特徴」と金田さんは話す。


市内の50か所近くに開設

 2004年度には社会福祉法人丸紅基金助成事業の採択を受け、「まち研究工房」が運営する第2号、第3号の「おやすみ処」を開設するとともに、市内の店舗や事業者、空き地の所有者などへの「おやすみ処」開設の働きかけを開始した。
 商店の店頭などに開設する場合は、ベンチなどを置くスペースを提供してもらい、ベンチは「まち研究工房」で用意する。安全性や利便性を考慮しながら店のイメージを損ねないよう、店主の意向も聞いてベンチを揃えているという。
 2006年度には戸田市の推薦を受けた「おやすみ処」ネットワークモデル形成調査事業が内閣官房都市再生本部所管の全国都市再生モデルとして採択され、活動を加速。イベントやシンポジウムなども行って「おやすみ処」のPRに努めた結果、市内での開設が一気に広がった。戸田市の協力も得ており、公共施設に開設しているほか、道路占用許可を受けてベンチを設置したところもある。
 その後も、2009年度戸田市やさしいまちづくり応援助成事業(戸田市社会福祉協議会)や2011年度生活協同組合ドゥコープ(現・パルシステム)市民活動支援金助成事業などに採択。病院や薬局、福祉施設、マンションの周辺などにも広がって、これまでに50か所近くに開設している。
 古くなったベンチのリニューアルでは戸田市公園緑地公社の協力を得て、子どもたちが参加して河川敷でペンキを塗るイベントを開催。また、戸田市の友好都市の福島県白河市(旧大信村)で栽培した野菜を「おやすみ処」で販売する試みなども実施した。
「街の多くの場所にベンチが置かれていれば、お年寄りや妊婦さんも出かけやすくなります。賑わいが生まれ、買い物客が増えれば地域経済にも良いし、ゴミ捨て場になりがちなデッドスペースにベンチや緑を置くことで環境が良くなります。ベンチで休憩する人の目が増えれば防犯にも役立ち、避難誘導標識や防災用具を備えれば防災に寄与し、人が集うことでコミュニティの場にもなるなど、様々な効果が期待できます。街に効果的に配置されたベンチはコミュニティ・インフラなのです」と金田さん。「ベンチは休むためだけのものではなく、人と人、人とまちをつなぐ重要なツール」と強調する。


東北の被災地にベンチを寄贈

 今後の課題としては、現場で活動・管理に当たる人材の継続的な確保が挙げられる。これまでは主に金田さんの知り合いや仕事仲間などに手伝ってもらっており、ほとんどがボランティア的に協力してもらっている。「おやすみ処」が広がるにつれ、フォローアップのための巡回や新規開設の働きかけには限界がある。継続に向けては、ある程度の報酬が用意できる体制が求められるという。
 そのための資金の確保も大きな課題となっている。ベンチ購入資金などは各種助成金等を活用してきたが、自立した資金調達の仕組みを構築する必要がある。
 そこで構想しているのが「おやすみ処ファンド」で、その一環として里親制度を計画している。ベンチの里親として寄付を募り、その寄付金でベンチを購入していく仕組みだ。
「ベンチには里親の名前を記したプレートを付けることも考えています。NPO法人設立10周年になる来年度の本格的な立ち上げをめざしています」と金田さん。
 その先行モデルも兼ね、今年3月から東日本大震災の被災地にベンチを寄贈する「復興応援ベンチ・プロジェクト」を始動した。各地の仲間や賛同者の寄付で木製ベンチを調達し、7月に宮城県石巻市渡波地区に6脚を運んで、市民の憩いの場や復興祭りの会場などで利用してもらっている。
 このプロジェクトが軌道に乗れば、東北の間伐材を使って地元の工房などでベンチをつくってもらい、それを被災地や他の街に届ける活動につなげたいという。
 金田さんは、「『おやすみ処』は川口市にも設置され、ネットワークが拡がっていますが、どの街でもベンチは必要なので、東北の資材で製作したベンチを全国各地に出荷できるようにして、少しでも復興に貢献したい」と次の展開をめざす。
 金田さんと仲間で設立したNPO法人が行政と民間の隙間を埋めてつないだことで、「おやすみ処」ネットワークという新しいまちづくりが大きく前進した。民の立場で公の活動を展開する「新たな公」の役割を担った成果だといえる。戸田から始まった「おやすみ処モデル」の全国展開へ向けた今後の動向が注目される。