「まち むら」117号掲載
ル ポ

住民同士で助け合い安心できるサービスをホットな心で提供
島根県雲南市大東町 NPO法人ほっと大東
 「ほっと大東」にドライバーたちが集まってきた。まずは温かいお茶を飲んで気分も整える。自分が運転する自動車と乗車する利用者名を確認すると、午後4時、一斉に出動だ。
 デイサービス利用者を自宅まで送るために、毎夕繰り返される光景である。
「NPO法人ほっと大東」は、デイサービスなどの介護保険事業だけでなく、助け合い活動や預かり保育などさまざまに活動している。
 理事長の落合昭治さん(79)と事務局長の小山義弘さん(68)を事務所に訪ね、詳しくお話を伺った。


高齢者福祉と子育て支援という幅広さ

 まず、介護保険事業と介護保険以外のその他の事業を行なっている。
 介護保険事業には、ケアプランの作成やサービス提供の支援をする居宅介護支援(ケアマネジャー6名)と、デイサービスの通所介護事業がある。
 各施設の場所は、「ほっと大東」の2階がNPO法人の事務局でもあり居宅介護支援「ケアプランほっと」で、1階が「デイサービスほっと」(定員30名)。そして、数十メートルの近さに「デイサービス新庄」(定員25名)と認知症対応型「デイサービスゆけむりの里」(定員12名)がある。
 その他の事業には、助け合い活動、ミニデイサービス、福祉有償移送サービス、幼稚園児や学童の預かり保育がある。
 お話を伺っていくにつれて、事業運営の要はその成り立ちの“熱い思い”にあることが分かっていった。


きっかけは退職者のホットな思い

 島根県東南部に位置する雲南市大東町は、神話と温泉、そしてホタルの里として親しまれる。
 ここに「ほっと大東」が誕生したのは今から15年も前のことだ。
 母体となったのは、地元の総合病院を退職した看護師ら仲間。余暇に軽スポーツなどを楽しむだけでなく、地域のために役立ちたいという思いがつのっていく。
 平成9年3月、24人でボランティアグループ「ほっと大東」設立。「ほっと安心できて心も温かくなるサービスをホットな思いでやろう、という気持ちを名前に込めた」と、元役場職員で当初からのメンバーである落合さんは話す。
 大切にするのは人とのつながり。基本とする精神は「地域の人たちのために役立ちたい」というだけでなく「自らも熱い心で生き生きと暮らしたい」という思いだ。清掃や買い物、通院介助などの助け合い活動を、高齢者、障害者を対象に1時間500円の有償でスタートさせ、これが今に続く土台となった。
 メンバーの自宅を開放してミニサロン的な高齢者の居場所づくりも始まると、評判はクチコミで広がり、その後コミュニティセンターを借りての活動となった。現在はミニデイサービスとして、週1回、利用料1000円(町外は1200円)で、送迎、食事の提供、健康チェック、さまざまなレクリエーションを行ない、高齢者の生きがいづくりにつながっている。


NPOとなり介護保険事業を開始

 地道に活動を続けていた「ほっと大東」に大きな転機が訪れた。
 平成12年5月、総会に招いたさわやか福祉財団の講師から、法人化して介護保険事業に参入するよう強く勧められたのだ。一番の強みは、看護師やヘルパー、元教員や元銀行員など、経験豊富な人材だった。
 当時は県内にNPO法人もまだ少なく、介護保険制度も始まったばかりだったが、11月にはNPO法人に認証され、翌13年1月から介護保険事業を開始する。NPOが施設運営にまで乗り出すのは全国的にも珍しいころであった。
 居宅介護支援とともに「ほっと」から始まったデイサービスは、平成21年5月、近くの元縫製工場を買い取り「新庄」を、翌22年10月には隣接して「ゆけむりの里」も開設。地域のニーズに応える形で運営規模を拡大してきた。
 ところで、介護保険事業参入にあたって、当初は訪問サービスだけを考えていた。通所施設が少ないという地域のニーズをうけてデイサービスに取り組むことになったが、ここで大きな問題にぶつかった。
 通所施設となる元縫製工場を借り受けることはできても、資金がないのである。当時、任意団体に融資する金融機関も、行政などの補助制度もなかった。
 そこで、50人ほどいたメンバーで資金集めに奔走。趣意書を作り地域住民に寄付を募って歩いたのだ。
 法人設立事務から本格的に関わった小山さんは、「一軒一軒訪ねて古い電話帳を回収し古紙業者に売るという資金作りもした」と振り返りながら、先頭に立った先輩メンバーの強く熱い思いに今さらながら驚く。
 メンバーの思いは地域にも浸透し、集まった浄財は千人もの住民から予想を上回る約700万円。使わなくなったソファや厨房設備など物品も多く寄せられ、通所施設に適合するよう改築して設備を整えることができたのである。
 だから今、「活動を通して地域の皆さんに恩返しをしています」と小山さんは言う。


芯を貫く助け合いの心

 「ほっと大東」の特徴は、介護保険事業もさることながら、実はその他の事業にあるといってもいいだろう。
 法人化以前からの「助け合い活動」や「ミニデイサービス」がそうであったように、平成13年の春休みから始まった「預かり保育」も、法人化する際に元幼稚園園長であった会員の、子育て支援に対する熱い思いがきっかけだった。現在、大東幼稚園舎の空室で「預かり保育ほっと」、隣接する元大東幼稚園舎で市から委託を受けた学童の「ちゃれんじクラブ」を運営する。年間延利用者数は8000人を下らない。
 そして、平成18年9月から始まった「福祉有償移送サービス」(中国運輸局許可事業)は、助け合い精神が発展したものだ。
 デイサービスの送迎もする運転手は総勢14名。所有車両14台のうち9台が福祉車両(リフト付き7台、回転シート2台)で、一人での移動が困難な高齢者や障害者から申し込みがあると、通院やスーパーマーケットなどの送迎を行なう。365日がモットー。毎月約100回の移送実績だ。
 これらの事業は採算はとれない。介護保険事業の収入でまかなっているのが実情だ。
 住民の暖かな支援に支えられ、スタッフの理解と協力を原動力に、地域ニーズに“助け合い”の心で応えている。


ホットな思いを若い世代につなぐ

 現在、「NPO法人ほっと大東」を構成する会員は、看護師26名(内ケアマネ6名)や介護士、保育士、管理栄養士、ドライバーなどの協力会員100名、助け合い活動やミニデイサービス、福祉有償移送サービスを利用する利用会員140名、そして、資金面で活動を支える賛助会員20名で、これらの個人会員は年会費1000円を納める。
 もともと退職者で始めたから担い手である協力会員の平均年齢は高い。しかし、利用する側にとってみれば、「人生経験も豊かで、互いが地域の顔なじみだということが一番安心感につながる」ことも確かだ。健康なら何歳まででもOKで引退年齢は特に決めていないという。
 ただ、若い世代のスタッフ拡充は必須だ。
 課題は「当初の“助け合い精神”をどうやって若い人たちに伝えていくか」だと落合さんは言う。
 事業の継続や拡充は採算を無視してはできないが、最も大切にする“思い”を見失わずに地域ニーズに応え続けたいと願うのだ。
「先輩たちの熱い思いと、こういう仕事に携われる喜びを機会あるごとに話していきたい」
 力を込めて言い終えた小山さんは、笑顔でデイサービスの運転手に変身していった。