「まち むら」116号掲載
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地域で育む“おらが”石榑小学校
三重県いなべ市 石榑の里共育委員会
 三重県の最北端、岐阜県と滋賀県の県境に位置するいなべ市。市立石榑小学校の校庭からは田園地帯と鈴鹿山脈が見渡せる。
 小学校の外観にまず驚く。アーチ型の屋根がつながっている。校内も学校とは思えないほどオープンなつくりとなっている。
 新校舎が誕生したのは、平成17年。町合併前は員弁(いなべ)郡大安町立石榑小学校だった。


学校を地域の拠点に

 旧校舎の老朽化に伴い建替計画が検討され、新校舎の建設設計にあたって、地域・学校・行政をメンバーとする建設委員会が平成13年に立ち上がった。「みんなでつくる、みんなのための、新しい小学校」を合言葉に5年間で延べ53回ものワークショップを重ね、平成19年に校舎屋外含めた全ての工事が完了した。
 当時建設委員会のメンバーで現在石槫の里共育委員会委員長を務められている森清光さんにお話を伺った。「住民の意見がこんなに取り入れられるとは思っていなかった。新校舎の屋根は石槫地区の名産であるお茶の畑のイメージ、きれいで明るいトイレにしてあげたいなどの要望から赤・青・黄のカラフルな色が使われている。手洗い場には座っておしゃべりできるベンチまであるんですよ」と案内してくださった。新校舎には教室と廊下を隔てる壁もなく、上靴のまま遊べる中庭もありとても開放的な学校になった。
 建設委員会での話し合いが、子どもを守り育てるための学校施設の利用方法や地域と学校の関係を考えるきっかけとなり、現在の石榑の里コミュニティの活動につながっていったそうだ。
 石榑の里コミュニティは「石榑の里共育委員会」の他、「石榑の里会議」「石榑の里ボランティア部会」「いっけ石榑っこ安全ネットワーク」の4つの組織で構成されており、「石槫の里共育委員会」が中心的な役割を担っている。どの組織も石榑小学校を拠点に地域住民が「学校づくり、人づくり、里づくり」を行なうボランティア組織だ。
 石榑の里コミュニティの活動理念は「子どもは地域の宝 地域と学校が力を合わせ守り育てる」とある。主な活動内容は以下の5つ。
@学校施設の一部を開放した休日・放課後の子どもの居場所「地域ゾーン」の管理・運営
A生活科や総合学習として地域の伝統などを子どもに指導。炭焼き、お茶摘み、米つくりなど
B「石榑の里まつり」の企画・運営
C通学路の安全確保のため「見守り隊」と称し、通学の同行・見守り、防犯教室の開催
D毎月1回、保護者、子どもと一緒に学校清掃や花壇の手入れ。通学路でもある国道の草刈を請負い、通学環境の整備と里コミュニティの活動資金を確保
 「日曜日や放課後の子どもの居場所作り」や「地域の交流拠点」として学校の一部を開放し、その管理運営を石槫の里共育委員会が担当。定期的に委員会のメンバーが講師となった「プチ教室」も開催し、水曜日の放課後には地域住民が講師になった講座「わくわくスクール」も実施している。平成14年4月に石榑小学校は文部科学省の「コミュニティ拠点としての学校施設整備に関するパイロットモデル研究」の対象校に指定されており、平成19年春からいなべ市指定のコミュニティスクールにもなっている。
 大阪の小学校での事件以来、多くの学校では登下校を除いて校門は閉められ、生徒の安全を守るため関係者以外は学校の中の様子も知りにくくなってしまった。石榑小学校では逆に地域皆で子どもたちを見守ろうとしたところが特徴的だ。その思いが「いっけ石槫っ子安全ネットワーク」の取り組みにもつながっている。「いっけ」とはこの地方の方言で親戚の意。学校側も、子どもたちが学校行事を地域に伝える「お届け隊」の実践に取り組んでいる。
 昨年4月には学校近くの武道場に学童保育所も開設された。町内のNPOと連携している。
 地域図書館も一昨年の秋に正式オープンした。学校の図書室の一部の他、ホールや和室、プレイルームなども日曜に開放している。


地域の「絆」をつなげる石榑の里まつり

 毎年秋に「石榑の里まつり」が行なわれる。5回目となる今年は11月6日の日曜日に開催された。雨がぱらつく天気であったが、千人ほどの人で賑わった。
 この里まつりは地域のおまつりであるが学校行事として教員、生徒は皆参加し、翌日が振替休日となる。準備期間は3か月を要する一大イベントだ。たくさんの人が準備段階から関わり、分担して進めていく。
 当日は手作りの豚汁やご飯が振舞われ、子どもたちや実行委員が企画した催しが校内各所で行なわれる。豚汁などの食材は地域住民から提供され、家庭室で地域ボランティアが調理する。
 里まつりには小さい子を連れた若い夫婦からお年寄りまで幅広い世代が来場していた。里まつりを通して、先生・生徒と地域住民、また住民同士の交流も自然と増えているだろう。
 毎回開催されている催しの一つに『アイ・ラブ・いしぐれマッピング』がある。今年のテーマは思い出。付せんに思い出を書いて石槫地区の大きな写真に貼っていくワークショップだ。石槫小学校の課外学習で空間デザインのワークショップも実施している名古屋大学院小松尚准教授は「付せんに書かれているものの中には、はっとさせられる言葉もある。地域の課題やいいところに気付けるきっかけになれば」との考えから毎年継続されている。


引き継ぐ「石心(いしころ)」

 学校として地域との協働をどのように捉えられているのかを水貝明子校長にお聞きしたところ、こんなエピソードを教えて下さった。石榑小学校を卒業した中学生が、地域の人たちの温かい心に触れ「石榑の里まつり」を手伝いたいと自らボランティアを志願してくれたそうだ。学校は学びの場であると同時に心が育つ場でもある。豊かな心が着実に育っているのではないだろうか。
 今は卒業したお子さんが小学生の時にPTAで関わられたのをきっかけに長年共育委員として携わられている長崎十九八さんは地域住民が動くことで学校側の負担も減らすことができたらという気持ちもあるという。「地域の問題を学校に持ってこられたりして先生方もとても忙しい。本来の業務である教育に専念できるように、地域が関わる総合学習などは地域が担当できるといい」そういった考えが現在の様々な活動につながっているのだろう。
 石槫の里共育委員会の学校側の代表をされている渡辺久美子先生に学校のお仕事だけでも大変ではないですかとお聞きしたところ「確かに勤務時間外の仕事も多いですが、楽しみながらできているので苦痛ではないです」と話された。森委員長も「校舎の建て替えはこれで3回目だが、昔から住民が学校に関わっているので“おらが学校”という意識が強い。ボランティアに来ているという感覚も少ないのでは」との言葉。
 子どものため、学校のため、地域のために尽力することをいとわない石榑の人々の心を『石心(いしころ)』と呼ぶそうである。そんな『石心』をこれからも大事に引き継いでほしい。