「まち むら」116号掲載
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女性の視点で、きめ細かな防災活動を活発に展開
神奈川県秦野市 なでしこ防災ネット
 東海地震、神奈川県西部地震の切迫性が指摘されている神奈川県西部中央に位置する秦野市では、女性で組織した「なでしこ防災ネット」が活発な防災活動を展開している。家庭における災害への備え、災害時の非常食や生活用水、トイレの確保など、家庭の主婦、女性の視点から家庭や地域での防災対策を分かりやすく提案し、楽しく実践しているのが特徴だ。様々な団体と連携し、サバイバルDayキャンプなどの活動や防災リーフレットの作成、地元の井戸や湧水の調査などを行ない、地域の防災意識の醸成と防災活動の活性化に大きく貢献している。


女性防災士で組織を立ち上げ

 なでしこ防災ネットは、防災士の資格を持つ吉田トシ子さんが県内の女性防災士に声をかけて3人で発足した組織で、2005年8月から活動を開始した。防災士は、社会の様々な場で減災と防災力の向上を図るためにNPO法人日本防災士機構が認定する資格。吉田さんは娘さんの勧めもあって、防災に関する知識や技能について学び、試験をパスして2005年に資格を取得した。
「防災について学び、災害への備えが大切なことを実感しました。同時に、防災は男性がリードし、女性の視点が欠けていることに気づきました。災害時の避難所では、女性はトイレや授乳、プライバシー面で苦痛を強いられる弱い立場にあります。一方で、日中に被災した場合、家庭にいる女性が対応しなければならないことが十分想定され、また日頃の備えには女性のきめ細かな配慮や知恵が不可欠です。家庭の母親が学んだ防災知識は家族へ伝えられ、近所づきあいから地域にも広がっていきます。災害弱者でありながら家庭での防災の担い手ともなる女性だからこそ、その意見が防災対策に反映される必要があります。そこで、できるところから活動を始めることにしました」と代表の吉田さんは振り返る。
 行政や地域ボランティア団体、NPO法人などとも連携し、地域で交流を図りながら防災を学ぶ防災コミュニティサロンや防災講演会・講習会、体験型イベントのサバイバルDayキャンプなどを開催。防災士や民生委員、食生活改善推進員などがメンバーに加わり、現在11人で活動している。防災に関心のある女性であれば参加でき、年会費は1000円。秦野市の地域防災相談員や消防審議会委員などを務めるメンバーもおり、地域防災で重要な役割も担っている。


防災体験ができるキャンプを実施

 なでしこ防災ネットが力を入れている活動のひとつが、サバイバルDayキャンプだ。楽しみながら防災体験ができる実践型青空防災教室として、2005年から実施している。
「子どもの育成や環境保全などの活動団体と連携し、地元の遊休農地などを借りて行なっています。2005年は親子を中心に声をかけて2回実施し、それぞれ30人が参加しました」と吉田さん。
 キャンプでは、テントやブルーシートを使って避難所を設営し、かまどづくりを行なってカレーライスをつくる。ペットボトルを使った浄水器づくりや野外でのトイレづくり、緊急搬送訓練、青空地震教室などにも取り組んでいる。
「カレーライスづくりは炊き出し訓練にもなります。私たちだけでなく、10以上の団体と一緒に行ない、アイデアを出し合ってキャンプの中でいろいろな防災実践活動を行なうようになりました。小さい子どもやお年寄り、障害者も参加しているので、事故がないよう注意しています」とメンバーの遠藤百合子さんは話す。
 2011年11月には20回目のキャンプを実施した。参加者数は年々増え、最も多いときは185人が参加。中学生などがボランティアスタッフとして参加することもあるという。


女性の視点からの防災リーフレットを作成

 2008年度からは、年間テーマを決めて活動を進めている。内閣府などが行なっている「防災教育チャレンジプラン」にも応募し、2008年度の実践団体に選ばれた。女性の視点で防災・減災・災害に強いまちづくりをめざして活動を展開するとともに、そこから得た知識や情報などを整理し、リーフレット「女性の視点からの防災対策」を作成。2009年1月に発行した。災害の被害を受けやすい一方で、防災・災害復興の担い手ともなる女性の立場から、家庭での日頃の備えと工夫、地震発生3秒・3分・3時間・3日の行動などを分かりやすくまとめたもので、防災教育チャレンジプランの防災教育特別賞を受賞した。
 2010年3月には「もしもの時の非常食」を発行した。ライフラインが麻痺し限られた食材しかない地震発生直後、救援物資が届き出す3日後〜7日後、避難生活が長引く7日後以降に分け、一般の食材に救援物資を取り入れておいしく工夫できる非常食レシピや、停電時のビニール袋炊飯方法などを紹介している。


災害時の生活用水確保に市内の井戸・湧水を調査

 2010年度には再び防災教育チャレンジプランに応募し、災害時の生活用水確保に向けて、秦野市内の井戸や湧水の調査を行なった。市の10年に一度の調査時期と重なったことから市の全面的支援のもと、関係団体と連携して取り組んだ。
「調査対象の井戸・湧水は119か所に及び、中学生や高校生のボランティア参加や市内の地理に詳しい郵便局OBの協力なども得て、一軒一軒回って調査しました。その結果、108か所から災害時に協力してもらえることになりました」とメンバーの山口幸子さんは説明する。
 中学生や高校生の力も借りて108所を地図に落とした「もしもの時の災害時協力井戸・湧水MAP」を2011年2月に作成。その取り組みが認められ、チャレンジプランの防災教育優秀賞に輝いた。MAPは個人情報保護に配慮し、地区限定版、市内版、市外配布版の3種類作成した。また、リーフレットやMAPはボランティア団体や障害者団体の協力を得て、点字版や手話・音声のDVD版も作成し、広く活用してもらっている。
 2011年度は、災害時協力井戸・湧水の看板設置を実施。間伐材を活用して「秦野市災害時生活用水協力の家」の看板を作成し、108軒に届けている。
 さらに3月11日に発生した東日本大震災の支援活動にも取り組んでいる。3月下旬に義援金募金活動を行ない、7月〜8月には救援物資を届けるプロジェクトを実施。集まった物資を9月に被災地に届けるとともに、福島県から原発事故で秦野市内に避難している家庭にも提供した。
「事前に必要な物資を聞いて準備し、被災地に届けました。被災自治体などからは物資は足りていると言われましたが、小さな仮設住宅のコミュニティに行くと物資が足りないと困っていました」と吉田さん。メンバーの風間正子さんも「ネットワークが十分でなく、隅々までケアが行き届いていないことを感じました。引き続き支援していきます」と話す。
 なでしこ防災ネットの活動は、チャレンジプランでの表彰のほか、2009年度に神奈川県ボランタリー活動奨励賞、2011年度に内閣府特命大臣の社会参加章を受けるなど高く評価されている。
「生活用水の確保の次は、災害時のトイレづくりに取り組みたいと考えています」とメンバーは意欲をみせている。