「まち むら」114号掲載
ル ポ

何かを始めると、何かにつながり、何かが生まれる
秋田県能代市 上町すみれ会
 秋田県の北西部に位置する能代市は、奥羽山脈から日本海にそそぐ米代川(よねしろがわ)沿いに広がる、人口約6万の田園都市。明治時代、井坂直幹(いさかなおもと)が機械製材技術を導入し、木材産業を発展させたことから、木都(もくと)とも呼ばれている。
 上町(かんまち)すみれ会は、官庁街にある60世帯余りの上町自治会の女性部として、平成14年に活動を始めた。上町自治会は、能代市266自治会の登録ナンバー1番の、誇り高い自治会。それまで男性オンリーの自治会に、初めて女性役員が加わり、女性部が誕生したのは画期的なことだった。


女性の視点から行政と協働のまちづくり

 女性部はすみれ会と命名され、市内33か所にある観音堂の札打ち(注)の継承から歩み始めた。上町の観音堂は9番札所で、二度の大火をくぐり抜けた石仏が祀られてあり、春と秋に執り行なわれる神事の決まりごとを守るという大役だった。その当時のことをすみれ会の代表、能登祐子さんは、「それまでは、観音堂は祭りのため、男性のためにあるように感じていたので、観音堂に入ることもありませんでした。地域の活動といっても、PTA活動が主で、自治会総会にも参加したこともなく、自分の自治会の範囲すら判らずにいました。自治会の先輩から声をかけていただき、街を歩く人を増やし、ご近所付き合いが増えたら、という気持ちでお引き受けしました」と話す。
 能登さんは、札打ちの茶話会などに参加しながら、地域の人の話を聞くことも多くなっていった。お年寄りから、独居老人のいちばんの不安は冬場の除雪作業と聞き、「市長と語る会」などで地域の実情を話し、平成16年、能代市と協働して除排雪モデル地区となった。翌17年には、自主防災訓練を開始し、自主防災組織も構築した。すみれ会は、身近なところから女性の視点で、地域課題の解決に取り組み始めた。


民・学・官の協働、のしろ白神ネットワーク

 すみれ会の活動を通して、安全な食に関することや循環型社会形成についてなど、地域ぐるみで学ぶ機会も増えていった。平成17年、自主防災活動を始めたことから、秋田県立大学木材高度加工研究所の渡辺千明准教授と出会い、平成18年に設立された「のしろ白神ネットワーク」の一員になった。のしろ白神ネットワークは、能代山本地域の「さつき会」(二ツ井町)、「手這坂活用研究会」(八峰町)、「上町すみれ会」(能代市)、「NPO法人常盤ときめき隊」(能代市)、「能代バイパス黒松友の会」(能代市)の5団体が中心になり、能代周辺の沿道を「歴史と文化の薫る風景街道」に育てていくことを目的に連携している。
 メンバーそれぞれが顔の見える対等な関係を築き、そこに行政機関(国土交通省東北地方整備局 能代河川国道事務所、秋田県山本地域振興局、能代警察署、能代市役所)や、大学などの学術機関(県立大学木材高度加工研究所、秋田大学、国際教養大学、秋田公立美術工芸短大)が加わることで、より幅広い情報が得られ、柔軟に地域の問題に対応していくことができるという。


木と環境をキーワードに、のしろまち灯り

 2月12日に開催された「のしろまち灯り・冬」は、のしろ白神ネットワークが中心となり、能代市の市民活動団体や商店街振興組合、企業など30団体以上が協賛するイベントで、平成19年に始まり、夏と冬の2回、毎年開催されている。街角に秋田杉の間伐材を利用した杉塀や杉ベンチが設置され、スギ灯り(杉の燭台に乗せられた廃食油のエコろうそく)の列が通りを照らし、一夜だけの幻想的であたたかな街並みを演出する。回を重ねて能代市中心市街地全体のイベントとして定着した感がある。
 準備のために多数の市民が参加し、特に、幼稚園、小学生が廃食油で作るろうそく作りや、BDF燃料のできるまでの実験を通して、環境教育にも努めている。イベント当日には、準備から参加した多くの市民が集まり、スギ灯りに火を入れ、600個ほどが並べられた。
 今冬のテーマは、「懐中電灯を持ってエコバスに乗ろう!」。市内7か所のイベント会場をBDFで走るエコバスで巡りながら、イベントに参加し、懐中電灯でライトアップした。夕方4時半と6時出発のバスは2便とも超満員の盛況ぶり。スタッフとして参加した進藤香さんは、「地域の人がこの1日のイベントのために2カ月前から準備を始め、自ら楽しみながら一生懸命取り組んでいる。5年間で少しずつ楽しさが伝わっていった」と、笑顔で話す。


視察で訪れた会津若松の支援も

 5月16日に開催された能代日吉神社の伝統行事「嫁見祭り」は、花嫁姿の新妻が勢ぞろいすることから、豪華な衣装の花嫁姿を一目見ようと、周辺の人々や観光客が集まる。すみれ会は5年前から、境内にスギ屋台を出店し、日吉神社に隣接する「井坂直幹記念館」までの小道をスギ灯りで照らし、訪れた人々をもてなしている。
 今回は3月11日の東日本大震災後、以前から交流のある会津若松の七日町商店会やアネッサクラブ(おかみさん会)から、原発事故の風評被害で観光客が激減し、苦悩していることを知らされ、「がんばろう福島!起き上がれ会津若松フェア!」も同時開催した。現地から仕入れた喜多方ラーメンや会津豆麩(まめふ)を販売し、2時間で完売したという。
 広報担当の平山はるみさんは、「会津若松をまちづくりのお手本として視察させていただいたとき、出会った起き上がり小法師をモチーフに、手書きのチラシをつくりました。買ってくださる方が、福島がんばってほしいですね、と励ましの言葉をかけてくださり、自分のことのようにうれしかったですね」と話す。支援金は5月20日、会津若松観光物産協会に振り込まれた。


地域の理解の中で拠点を運営

 すみれ会は、身近な美化活動や上町自主防災訓練時の被災食作りのほか、「まちなか美術展」、バスケットボール「能代カップ」、「旧二小桜ライトアップ」など、多数の地域イベントに積極的に参加。その中から新たな関わりが生まれ、活動に弾みがついて、次の活動につながっていく。
 空き店舗を活用した拠点「上町ほっとステーション」の運営も、多くの理解者によって成り立っている。杉の香りに満たされた内部には、杉の間伐材を活用した木工品が並び、のしろ白神ネットワークのメンバー、「NPO法人常盤ときめき隊」が6月から11月までで開催する「日曜朝市」の会場となり、また、市の社会福祉協議会と連携した「いきいきサロン」の会場にもなっている。昨年から、「能代宇宙イベント」の会場として、大学生のロケット製作やオープンカフェ会場としても使われ、会期中は若者の活気が街にあふれた。
 家主さんの理解を得ながら、格安の家賃は、屋台で手作り品を売った収益金や、資源ごみの回収費などで自立運営しているという。

 病院、市役所、郵便局があり、生活用品のお店もそろっている上町に、人通りを増やしたいと活動するすみれ会。代表の能登さん、広報担当の平山さんと通りを歩くと、出会う人、出会う人が声をかけ合い、立ち話が始まる。心豊かに安心して暮らせる街を次世代に渡すために、元気な女性たちがゆるやかにつながっている。
 最後に能登さんは、「先輩の方たちが私たちを信頼して、バトンを渡してくださったことに、深く感謝しています」と静かに語った。

注:観音堂の札打ちとは
 能代市で300年近く続いている33番観音札所めぐりのことで、江戸時代に神の使者であるイルカをなぐり殺したところ、周辺で凶事が勃発。その霊を慰めるために33体の観音像を、町内や近隣に安置し巡礼したことが始まりといわれている。