「まち むら」112号掲載 |
ル ポ |
大地と水を耕す小水力発電で農業の再生をめざす |
熊本県熊本市 NPO法人くまもと温暖化対策センター/熊本県小水力利用推進協議会 |
舞台を終え、緊張から解放された座員たちは、使い込んだ人形を手にし、笑顔で観客との写真撮影に応じている。熊本県山都町清和地域にある清和文楽館は、九州で唯一の文楽専用劇場。江戸時代から受け継がれている農民文楽が年間230回も上演され、多くの観光客を魅了している。 生きるために必要なものは、心を満たす娯楽さえ自ら生み出してきたこの町から、化石燃料の消費地になった農山村をふたたび自然エネルギーの生産地にしようという動きが起きている。 文楽を観光資源に 清和地域は、世界でも最大級の活火山、阿蘇山の南麓に広がる。湧水に恵まれたこの地では、古くから山肌を階段状に刻んだ棚田で食料を生産し、森林から木材や薪炭などのエネルギーを生み出してきた。生きるために必要なものは何でも、自らを取り囲む自然のなかに資源を見い出し、自らの手でつくりあげてきた。 人は生きるために、命を支える食料やエネルギーだけでなく、心を満たす喜びをも求める。清和地域の先人たちは文楽発祥の地、阿波や淡路の旅回りの一座の芝居に心を躍らせた。そして、その楽しみを自らつくりだすために一座から人形を買い受けた。そして舞台装置を整え、衣装を縫い、浄瑠璃語りと三味線、人形使いのそれぞれ技を磨き続けた。映画、後にはテレビの普及とともに各地で伝統芸能が姿を消しても、人々は文楽を守り続けてきた。 旧清和村が「文楽の里」を掲げて文楽の里まつりなどのイベントを行なうと人気も高まり、1992年に清和文楽館を開館。文楽を呼び水に、物産館と郷土料理館から成る「清和文楽邑」を整備すると、年間およそ20万人もの観光客が訪れるようになった。 砂防堰堤の落差を生かす 地域資源を生かした取り組みはさらに続く。清和文楽邑の施設の消費電力を合わせると、年間約800万円にもなる。旧清和村では、経費節減をめざし、村内のエネルギー資源を生かした発電事業を模索する。着目したのは村内を流れる一級河川、緑川に設置された砂防堰堤だった。 砂防堰堤は、土石流や地すべりなどの土砂災害を防ぐために、土砂を堰き止めるダム。1963年の竣工から40年以上を経た堰堤は内部には膨大な土砂をたくわえて、下流の農地や住宅地を土砂災害から守ってきた。土砂で埋まった川道は高くなり、10メートルの高さから河川水が落下する。村はこの落差に注目した。 河川水が堰堤から落下する寸前に取水し、およそ300メートル下流まで導水すれば、落差は14メートルまで大きくなる。取水する河川水はいっとき発電所へと迂回し、水車を回す仕事を終えると、ふたたび本流に戻る。水が導水管を迂回する間、河川の生態系を維持するよう、最大取水量は毎秒2トンに制限されている。 地質や環境などのさまざまな調査を経て、2005年、190キロワットの清和水力発電所が完成した。1年間に生み出す電力量は約100万キロワット時。一般家庭約300世帯分にあたり、年間約500トンの二酸化炭素を削減している。また、発電した電気は九州電力に販売され、年間約1000万円の売電収入を山都町にもたらしている。 小水力発電は地域と地球を救う 「水が豊富で標高差もある農山村は小水力発電の宝庫。渓流や滝、砂防堰堤、農業用水路など、小水力発電の適地がたくさんあります。小水力発電で農業振興と地域活性化を図れば、地球温暖化を引き起こす二酸化炭素の排出を削減にもなる。小水力発電は地域と地球を救うことができるんです」 旧清和村の村長として、発電所の建設を主導した兼瀬哲治さんは現在、NPO法人くまもと温暖化対策センター内に設けられた熊本県小水力利用推進協議会の委員長として、県内全域への普及を図る活動に奔走している。 すべての都道府県には、地球温暖化防止活動を行なう「地球温暖化防止活動推進センター」がある。その主な事業は地球温暖化問題に関する啓発活動を担う「地球温暖化防止活動推進員」の研修を行ない、その活動を支援するなど啓発活動が中心だ。 だが、熊本県地球温暖化防止活動推進センターに指定されているNPO法人くまもと温暖化対策センターでは、啓発活動にとどまらず、実際に地球温暖化を防止する自然エネルギーの普及、そのなかでも小水力発電の部門を設け、可能性調査から事業化までを視野に入れた実践的な活動を展開している。 阿蘇山を有する熊本県は、豊かな水量と傾斜地が生み出す落差に恵まれている。農山村に固有の再生可能エネルギーである小水力発電は、地球温暖化を防止するだけでなく、農業用水を利用した小水力発電による農業の再生、発電所の建設や維持管理などの環境エネルギー産業の創出による地域経済の活性化など多くの魅力をもつからだ。 棚田小水力発電で中山間地の農業再生 そのうち、委員長をつとめる兼瀬さんがとくに期待をかけているのが中山間地に特有の棚田の農業用水を利用した小水力発電、「棚田発電」。これを衰退する中山間地の農業を再生する起爆剤にしたいと考えている。 日本各地の中山間地に切り開かれた棚田は、全国の水田面積の約8%を占める。標高が高いため気温の日較差が大きい棚田で育つ米は食味もいい。そのうえ洪水調整機能や農村景観の形成などの多面的機能をもち、その環境価値は農産物収入を上回ると試算されている。しかし、転作率は40%を超え、高齢化による耕作放棄地も増加している。そのため、先人が導水した用水は使われず、開削した用水路は崩壊の危機にさらされている。 「棚田があるということはその上部に水源があるということ。その水を活用して発電を行えば、売電収入で若者の就農を支援することができる。農業後継者ができれば棚田も用水路も再生され、中山間地の農村を活性化することができます」(兼瀬さん) 熊本県小水力利用推進協議会では、昨年1年間をかけて県内9市町村の適地を調査した。その結果を受けて、これから事業化に向けた働きかけを行なっていく。棚田を潤す農業遺産、農業用水路を流れる水が米を育て、自然エネルギーを生み出すとき、農山村は多くの若者が定住できる場になっていることだろう。 |