「まち むら」111号掲載
ル ポ

生きものたちと共生する田んぼで育てたお米を届ける
滋賀県高島市 たかしま有機農法研究会
 高島市は琵琶湖の北西部に位置する。豪雪地の山里から、湧き水が豊かな湖岸の集落まで、多種多様なふるさとの景色が広がる。美しい里山の風景は、NHKスペシャルの「映像詩〜命めぐる水辺〜」や、国際的な写真家・今森光彦氏の作品などでも知られる。田園と山と川と湖が織り成す、日本の原風景とも呼べる地域だ。
 ここ高島市は大規模農家が多い。あわせてふるさとを大切にする気風を持っている。農家の倅は親父の後を継ぎ、家庭をつくり、子どもを育てる。有機農法で育てた「たかしま生きものたんぼ米」を共同で販売し、全国の販売店の店頭に立ってPRする。また大豆を育て「たかしま天然わら納豆」として商品化し販売する。まさに農家の“6次産業化(1次生産産業+2次加工産業+3次サービス産業=6次産業)”だ。こんなにエネルギッシュで魅力的な農業が“高島”で実践されている、その秘密を探ってみた。
 たかしま有機農法研究会(会長・梅村元成さん)は平成18年に7軒の農家から始まった。化学農薬や化学肥料をなるべく使用しない米をつくるための「栽培技術の確立」「生きものとの共生策の実施」「体験・交流イベントの実施」「販売・マーケティング活動の実施」を重点において発足した。
 現在は「たかしま生きもの田んぼ米栽培規定」を設け、栽培方法、生きもの共生策、水管理、資源循環、禁止事項など必須項目と努力項目を示し、この規定をクリアしたお米が『たかしま生きもの田んぼ米』として共同で販売される。
 若手後継者である梅村泰彦さん(26)と采野哲さん(31)に話しを聞いた。


絶滅危惧種のカエルを発見

 梅村さんのお父さんが仲間と始めた同研究会は、今では農家30軒に増えた。現在は3つの安心をめざしている。@生きものの安心(繁殖地や餌場の提供などを通じた生物多様性の確保)A農家の安心(農業経営の安定化)B消費者・生活者の安心(安全で美味しい食の提供)。この3つの安心をめざして活動を続けていくことが、様々な生きものたちとの共生につながる。そのために、水田魚道の設置、亀カエルスロープ、田んぼの中干し期間の延期などに取り組んでいる。
 その地道な取り組みが『ナゴヤダルマガエル』の発見につながった。ナゴヤダルマガエルは沖縄を除く日本でもっとも絶滅が危惧されているカエルだ。トノサマガエルと似た形態なので農家も学習した。
 この辺でよく見るカエルなので、絶滅危惧種だと聞かされて驚いた。それで俄然生きものに興味がわいた。亀カエルスロープは、亀やカエルが這い上がれる新式の可動式スロープで、まな板が蝶番になっていて、亀が引っかかってスロープに上って、甲羅干しをする。オオハクチョウ、コハクチョウ、チュウシャクシギ、チュウサギなどの旅鳥やナマズ、フナをはじめとする多くの魚類、昆虫やナゴヤダルマカエル、アカハライモリなどの爬虫類と、数え切れないくらいの生きものが田んぼに生きている、と采野さんは話す。


全圃場に生きもの共生策を実施

 安全で美味しい、新たなお米のブランド作りを進めている。彼らが注目するのは『ササニシキ』。ササニシキはどんなおかずにも合い、口どけの良さとのどごしの滑らかさが魅力で、粘度が低いのでアレルギーも安心だという。茎の細いササニシキは慣行農法で栽培すると倒れやすいので、ササニシキの栽培に詳しい専門家の助言を受けながら本格的な有機栽培に取り組み、無事に収穫できた。
 『たかしま生きもの田んぼ米』を出荷する田圃では、22年度から全部の圃場で生きもの共生策を実施している。魚道の設置、亀カエルスロープの設置、水田内ビオトープの設置などだ。例えば、水田内ビオトープでは、田圃の一部を田圃面より低く掘り下げ、生きものが避難できる水路をつくる。地元の子どもたちがアミとバケツを持って集まって生きものを観察する。「楽しいですよ」と梅村さんは話す。
 采野さんは「圃場整備で農作業の効率は良くなったが、自然の生きものは住みづらくなった。生きもの調査で、ナゴヤダルマガエルやアカハライモリ(山で棲息する)がうちにもいた≠ニいう喜びが大きかった。高島に普通にいる生きものたちと共生するために環境を整えながら、お客様に食べていただける美味しいお米を提供できることが楽しい」と話す。ここが『たかしま生きもの田んぼ米』というブランドの秘密かもしれない。


売上の一部が生きもの共生策に

 『生きもの田んぼ米』は直販に加え、販売店にも卸している。だからPRも自分たちでする。都会の販売店で店頭販売を手がける。お客様に高島のお米を伝え、炊き方、食べ方まで説明する。揃いのTシャツで声かけも元気がいい。
 お客様に高島のお米の存在を知ってもらえるが、クレームもダイレクトに返ってくる。農業の安定経営だけを考えるのではなく、お客様に満足してもらい、高島市を盛り上げる一助になればという思いが強い。梅村さんも「地域貢献につながればという気持ちは強い。農業振興課を通しての視察も受け入れている」という。
 今年は、お客様の要望が多かったので『たかしま生きもの田んぼ米』の作付面積を増やした。会員に出荷の割り振りをしているが、プレッシャーもある。秋に収穫された米袋の山を見ると「売れるかなあ?」と思うが、「ぼくが作ったお米です」といえば、お客様に興味を持ってもらえる。
 「たかしま生きもの田んぼ米屋の会」を作り、共同で『ライスエイトアクション』も発進した。米屋がお客様に高島のお米をPRし販売する。1キログラムあたり8円が生きもの共生策に当てられる。それで会員の農家の圃場に既に魚道を3基設置した。また米屋は年に6回高島を訪問する。
 仲間との定例会議は毎月実施する。ノートパソコンで出荷管理や帳票管理、ホームページで告知やPRをする。農家にパソコンは欠かせない。


問題は集落の高齢化

 転作作物のブランド化にも取り組んでいる。大豆を天然わら納豆に加工する。納豆菌を使わず、自前の稲藁で包み、丁寧に自家醗酵させる。天然わら納豆は、地元の安曇川小学校の学校給食に提供され、ほのかな藁の香りとクセのない味わいが、生徒に好評だ。
 こうした農家自らが主体となって取り組んでいることが評価されて、平成22年1月に農林水産省農村振興局長賞を受賞した。
 父親と同世代の人たちも年齢差を感じることのない仲間であり、仕事を任してくれる。問題は集落の高齢化。平均年齢70歳。用水路が老朽化している。水路の掃除を年2回行なうが、参加者の平均年齢65歳では作業はつらい。若者たちが全て手伝えない。金銭的負担が不参加者に来るのも忍びない。圃場整備の付けがきたのではないか、設備と住民のバランスを考える時がきたのではないか、と梅村さんらは思っている。
 作物つくりのコツは「草に負けない苗つくりにある」という。「生きものを大切にすれば、自然にお米は育ちますよ」と采野さんは話してくれた。