「まち むら」111号掲載
ル ポ

高齢者同士で支え合う、週に一度の「ふれあい朝市」
福岡県北九州市八幡西区 茶屋の原団地自治区会
 「朝採れのトマト、甘いよー」「このエビ、一盛りいくら?」普段は静かな住宅街の一角が、この時ばかりは威勢のいい声が飛び交い、活気に満ち溢れた場所に変わる。
 高齢化が進む北九州市八幡西区の茶屋の原団地では、昨年4月から毎週火曜に「ふれあい朝市」を開催している。朝市の運営はすべて団地自治区会の手で行なわれ、商品を出品・販売するのも地元の農家などがメイン。買い物客も7割以上(平成21年6月アンケート結果)は団地の住民が占める、住民による住民のための朝市だ。
 陳列台に所狭しと並べられた旬の野菜や季節の果物、鮮度抜群の魚介類など、どれも市価の2〜3割は安い。コロッケなどの総菜や乾物類のほか、自家製の漬物や梅干しといった加工品、ティッシュなどちょっとした日用品までが揃う。
 開始時間は午前9時だが、8時を過ぎた頃から徒歩や手押し車の高齢者を中心に買い物客が集まり出す。朝市に集まる多くの人が顔見知りなので、商品を物色しながらのお喋りも賑やかに、まるで地元の祭りのような高揚感が会場を包む。


陸の孤島に取り残された「買い物弱者」

 茶屋の原団地は、昭和40年代の高度成長期を支えた北九州工業地帯にほど近い新興団地として造成された。当時働き盛りだった30〜40代の人々は、終の棲家として戸建て約500戸からなるこの団地へこぞって移り住んできた。しかし、月日が経つにつれ子どもは独立、住民の高齢化も進み、40年経った今では65歳以上の高齢者が約4割を占める住宅街である。
 地域の高齢化に加え、周辺の生活環境も変化した。これまで住民の日常生活を支えてきた団地内のスーパーが、郊外にオープンした大型商業施設に客足を奪われ平成16年に撤退。団地から歩いて行けるスーパーがなくなってしまった。
 高齢者は家に閉じこもりがちになり、路線バスも利用者減を理由に廃止や縮小を余儀なくされた。車を使わない高齢者は、食料品など日常の買い物にさえ困る状況に陥ってしまったのだ。「全世帯の7割は車を運転していないのではないか。特に80〜90歳代の独居女性などは大変な状況」と語る茶屋の原団地自治区会の吉川三十郎会長(75)は、「何とかして欲しい」と訴える住民の要望を受けて市役所へ相談した。その結果、巡回バスを出してもらえるようにはなったが、1日2〜3回しか回ってこないバスでは、買い物へ出ても帰りの便がないなど不都合が多かった。
 やはり地域の状況を一番理解しているのは住民自身であり、自分たちが必要なことは自分たちが中心になって進めないと解決は難しかった。「小さなスーパーを誘致しようか」とも考えたが、撤退したスーパーと同様に採算が合わなければ民間企業が動くはずもない―


朝市実現に向けた苦労と喜び

 そこで閃いたのが「朝市」だ。「毎日、店頭に商品が並ぶわけではないが、週1日の朝市ならば採算がとれるし、日常の食料品は手に入る」
 そう考えた吉川会長のアイデアは、自治区会の役員会を経て総会でも「ぜひやって欲しい」と喜んで受け入れられた。
 早速、朝市の視察に回ったものの、各地で行なわれていた朝市の半数は、半年から1年ももたず開催を中止しており、現実は厳しかった。「朝市を運営するのは大変よ」とのアドバイスも受けた。
 不安はあったものの、他地域の朝市はJAや道の駅が主催している所が多く、運営に様々な経費がかかっている実態にも気づいた。「場所代や手数料などの経費をなくせば商品をより安く出せる。そうすれば団地の住民に喜んでもらえるし、継続的な朝市が実現するかもしれない。朝市に買い物客が集まらず中止する事態になっても、その時は地域のみんなも納得してくれるだろう」
 今できることをやるだけやってみよう、そう決意して向かった先は、団地から6年前に撤退した地元スーパーだった。「空き店舗の軒先と駐車場を、朝市の開催場所として無料で貸して欲しい」自治区会長の突然の直談判にスーパー側は驚きながらも、「地元の皆さんにお世話になっているから」と快諾してくれた。
 ここまでくれば前進あるのみ。自治区会の高齢化対策委員会が中心となって、経費をなくすために商品の陳列台やのぼりの設営から、片付け、清掃、広報活動に至るまで、すべて自分たちの手で行なうことにした。朝市関係者に出店してもらえるよう交渉する時は、「場所代や手数料はとらず、誰が、何を、どのように販売するのかという規制も設けない。その代わり、出来る限り売値を安くして欲しい」と依頼した。近隣の農家をはじめ、休耕地を借りて野菜を作る住民、魚の仲買資格を持つ住民なども集まって、平成21年4月、第1回目の「ふれあい朝市」を開催。その時の様子を吉川会長は「『元気やったとね』『会いたかった』と肩を抱き合い、喜ぶ住民の笑顔に、嬉しくて涙が出た」と語る。
 その後も朝市の評価や希望商品についてアンケートをとるなど朝市の活性化につとめ、現在では毎回約20店舗が出店し、250名前後の買い物客で賑わう地元の名物朝市へと成長している。


住民の心を繋ぐ交流の場へ

 朝市が行なわれる火曜の早朝には、地元老人会の水田正男会長(82)が宣伝カーで団地を回って朝市をPRしてくれる。飛ぶように売れるキュウリやピーマン、オクラをさばいていた渡辺正博氏(76)は定年後、減反地を利用して野菜づくりを始めた。「定年して暇だから、健康のために野菜を作って自分で食べていたんだけど、余ったものをみんなにも格安で分けたいと思った」と話す。「野菜をつくって儲かるということはないけれど、お客さんと顔なじみになって、ここで話すのが楽しいね」
 「何も買わなくても来てくれるだけでいい」という思いから名づけられた「ふれあい朝市」が、自治区会や出店者の枠を超え、住民の間にも協力の輪が大きく広がっているのは、そこが買い物の場としてだけでなく、途切れかけようとした繋がりをくくり直す、大切な場所と時間になっているためだ。
 「野菜も魚も新しくて美味しいし、驚くほど安い」養鶏場直送の卵やゴーヤなどを入れた買い物袋を下げて笑顔をみせる70代の女性は、歩いて5分ほどの団地内に住んでいる。「ここに来れば知ってる方が多くて雰囲気が楽しい。朝市がある日は必ず来ます」
 サロンと呼ばれる店舗の隅に設けられた長椅子に座り、お茶を飲みながら知人と楽しく語らうひとときを、買い物以上に心待ちにしている高齢者も多いそうだ。
「みんな気心が知れとるけんね」40年前にできた新興住宅地ゆえに、自分たち自身で繋がり、耕さなければ地域コミュニティの土壌が潤うことはなかった。だからこそ住民が結束し、拠り所を作りあげようという共通の思いが、住民が住民を支える珍しい形の朝市を成功させている。それはまた、これからの時代における新しいコミュニティの可能性を示しているのかもしれない。