「まち むら」108号掲載 |
ル ポ |
会社人間から一転して地域へ リタイア後も生きがいをもち続ける |
東京都杉並区 NPO法人生きがいの会 |
区立中学校の空き教室を利用したデイサービス 杉並区立松渓中学校の北門から入って右手、鉢植えや植木などとりどりの植物に囲まれたスロープを上がって行った先に、1階建ての小ぶりな校舎がある。ここは、NPO法人生きがいの会が運営する「松渓ふれあいの家」、同中学校の空き教室を利用したデイサービスセンターだ。 松渓ふれあいの家の活動プログラムは、1人ひとりが身近な話題を話す挨拶から始まってクイズと体操が午前中。昼食・コーヒー・紅茶タイムをゆっくり過ごした後、午後は利用者それぞれが趣味のプログラムを自由に選択できる。その内容は、麻雀、囲碁、将棋、パソコン、ガーデニング、音楽、書道、絵手紙、散歩等々と多彩。利用者は7割が男性で、その大きな理由は、この自由な趣味のプログラムにあるようだ。 宮田さん(83歳)は、9月に利用者が参加して施設内で実施した麻雀大会のチャンピオン。「ここなら好きな麻雀ができるから」と来所理由を話す。また、山田さん(88歳)は、囲碁6段の腕前。「ほかへ行っても相手になる人がいない。ここには囲碁が強い人もいるから、ただ打つだけではなくて勝負を楽しめます」と、囲碁3段の男性スタッフ・福山さんを対戦相手に碁を楽しんでいる。 同法人の理事長・岡隆一さん(75歳)は、こう話す。 「高齢の男性は、麻雀や囲碁などに楽しみを見出す人が多いし、人から押し付けられるのが苦手なところもあるんですね。だから、この自由なプログラムが、男性利用者がここを選ぶ理由のひとつになっていると思いますよ」 講師役や利用者の対戦相手を務めているボランティアの手が足りないときは、スタッフもできる限り利用者の活動に参加する。スタッフはそれぞれ、麻雀や囲碁など何か1つは習得しているそうだ。 デイサービスのプログラムに麻雀を組み込んでいることは、当初、珍しがられていた。しかし、その後、杉並区にある他の高齢者在宅サービスセンターが、松渓ふれあいの家を見学して麻雀を取り入れたというから、その潜在的なニーズは計り知れない。 区との協働事業で敬老会館を活発化 NPO法人生きがいの会は、2001年2月に事業開始した。松渓ふれあいの家は10年目を迎え、徐々に増やしてきた定員は1日30人、年間の利用者数は延べ約7800人となっている。登録利用者は約100人。80歳代の人が半数を占め、介護度は要介護1、2など比較的軽度の人が多い。 介護保険制度がスタートする2000年、杉並区は学校の空き教室を利用したデイサービスセンターの設置事業を開始した。いち早くこの事業に目をつけたのが岡さんだ。そして、発足メンバーのうち5人がホームヘルパーの資格を取得し、2年目となる2001年の公募で、本事業5か所中の1か所を見事に射止めたという。松渓ふれあいの家は、設立以来順調に推移したので、2006年4月より「区立」を取り、自主運営に移行した。 生きがいの会はさらに、2007年4月より新規事業として杉並区立ゆうゆう西田館(区内32か所の敬老会館はすべて「ゆうゆう館」に名称変更された)の受託業務と協働事業に着手した。創設から30年以上になる敬老会館は、老人クラブなどの自主グループに活動場所を提供する目的で区役所が運営してきたものだ。区は、施設利用者の拡大を図るため、民間の知恵を積極的に導入することを決め、年に数館ずつ業務委託を進めている。 ゆうゆう西田館施設長の小原健一(67歳)さんは、こう話す。 「“できるだけ長く元気に過ごしたい”という地域の方々の思いをサポートしようという発想で運営しています。話せる友だちがいないからと、外に出ない閉じこもりの人たちには、何とかここまで足を運んでもらって、新しい仲間を見つけてほしい」 小原さんは、利用者の増加を図るため、まず、普段着で気軽に立ち寄ることができるような施設を目指した。そして、「ご近所のカルチャーセンター」を謳い文句に、様々な体験教室を開始。スケッチ、健康麻雀、うどん打ち、布草履づくり、ストレッチ、フラダンス等々、趣味を広げ、健康づくりになるものを次々に企画していった。参加費が1回100〜1000円と、手頃な値段設定も特徴のひとつだ。ここで出会った仲間同士が新たに自主グループをつくるためのサポートも行なっている。 ゆうゆう西田館の運営を生きがいの会が受託して3年。年間の来館者数は、それまでの約5000人から9000人以上に増加した。 「同世代以上の方たちと触れ合い、笑い合って、自分も一緒に楽しませてもらっています」と小原さん。 こうして生きがいの会は、介護を必要とする高齢者の支援事業から、団塊世代や健康な高齢者への地域活動の場の提供へと活動を広げている。 男性が地域に根づくきっかけに ところで、生きがいの会は、地域の保健センターが主催していた男性料理教室の有志を中心に結成されたというユニークな設立経緯をもつ。 「退職してみると、会社の人間関係はやがて切れてしまうことが分かりますでしょ。料理教室で知り合った仲間にはそれぞれ、元気なうちに自分の住むところに根を下ろして仲間をつくりたいという気持ちがあったのでしょうね」と岡さんは言う。 岡さんは、農業機械メーカーに勤め、96年に62歳で定年退職した。退職の前後にシニアライフアドバイザー、地域コミュニティリーダーの資格を取得する中で、「地域にあるのは仕事ではなく“生活”。今まで家と会社を往復するだけだった自分には、地域のことは分からない」と痛感したという。杉並区は魅力のある街だと実感し始めたのも、ようやくこの頃になってからだ。 その後、料理教室に通い始め、そこで出会った仲間たちと高齢者福祉施設を訪問してうどん打ちのボランティアをするなど独自の活動を始めた。そのうちに、介護の業界は女性が中心で、どこの施設を見学しても男性利用者は1割か2割という状況に疑問を感じるようになったという。 自分たちの活動が「男性中心の介護事業というこれまでにない事例として、男性が地域に溶け込んでいくための水先案内人になるかもしれない」と考えた岡さんたちは、「自分たち男性が行きたいと思う施設づくりをやってみよう」と行動を開始した。そうして生まれたのが生きがいの会であり、松渓ふれあいの家だ。 「定年後、60歳から80歳までの20年間をどう生きればいいかということは、誰かが教えてくれるものではない。退職後に進むべき道は、自分自身で考えなければならないのです」と岡さん。生きがいの会では、定年後の男性が70歳までスタッフとして働き、その後もボランティアとして協力を続けている。 岡さんは、「私の夢は、高齢者の福祉と健康分野に貢献していくこと。NPOという範疇から考えれば、やれることはまだまだある。これからも地域とのネットワークを深め、地域に根ざした活動を続けていきたい」と話す。 岡さんをはじめとするリタイアした男性の居場所であり、介護を必要とする地域の高齢男性の居場所でもある松渓ふれあいの家。全国的にみても珍しいこの活動を核に、生きがいの会がこれからどう展開していくのか楽しみだ。 |