「まち むら」108号掲載
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町会は私たちの家庭です。
長野県松本市 蟻ヶ崎西町会
「福祉の町づくり宣言」

 「蟻ヶ崎西(ありがさきにし)町会は私たちの家庭です。道路は家の廊下で、各家はそれぞれの部屋です。『ふれあい広場』(公民館)は、みんなの居間です。ひとりひとりが主役で、お互いに自己を高め合います。思いやりと優しい心を育て、支え合いの輪を広げます。人権と平等を大切にしながら、誰もが安心して暮らせる住みよい町、誇れる町づくりを目指します。」
 これは、平成9年に松本市蟻ヶ崎西町会が制定した「福祉の町づくり宣言」である。
 蟻ヶ崎西町会は、松本城の北西の丘陵地帯に位置し、戸数約800戸、人口約2000人と市内屈指の大きな町会。歴史の古い閑静な住宅街だが、アパートやマンションも多く、定住世帯と流動世帯が半々である。また高齢化も進み、独り暮らしのお年寄りや高齢者夫婦の世帯も増えている。


町会初の女性町会長の誕生で

 この宣言は、この町会で初の女性町会長となった福島昭子さんが、就任から3年目に出したもの。町会長を9年務め、現在は市議会議員を務めている。このように見ると、彼女はキャリアウーマンとしてずっと活躍してきたようだが、そうではない。子育てが終わるまでは、ごく普通の主婦として暮らしていたが、子育て支援のボランティアをきっかけに地域活動を始めたのだった。「この町に暮らしてきたのに愛着がない。自分にとって住みたい町にしたい。なにか奉仕活動をしたい」そんな想いが湧いていた。勤めに出たことのなかった福島さんにとって、初めての社会とのつながりだった。その後、長野県主催の女性問題指導者研修会などに参加し、社会教育で学んだことを自分の住む町にどのように還元できるかを考えるようになった。
 そしていくつかの必然と偶然が福島さんを町会長にした。「歴史の古い」=「男性社会の古い体質が残る」町会での女性町会長誕生に当然風当たりは強かった。男性の中には、「女性を町会長にしてはいけない」と言う人もいた。女性が女性の足を引っ張ることもしばしばあった。その時、福島さんのご主人は、「町の人たちは亭主の顔が見たいと言っているかもしれない。でも平気だよ。応援するから頑張りなさい」と言ったという。周囲の人々が福島さんを支えつつ、20年経った今も一人ひとりが主役となって町づくりに取り組んでいる。平成10年には松本市の「地域福祉づくり先進モデル町会」に選定されたこの町の現在の活動内容を紹介する。


福祉グループ「蟻の会」

 昭和60年、公民館活動で学んだ女性仲間が福祉ボランティアとして立ち上げた。平成3年には、その活動を広げるため、民生委員、健康づくり推進委員など福祉に携わることができる町会役員や福祉協力会員などで構成する福祉グループ「蟻の会」として新たに誕生。会食会や、文化祭、健康講座など内容は多岐にわたり、世代間交流を深めながら活動はますます活発になっている。


コミュニティビジネス お弁当の配食サービス「あいの会」

 「福祉ボランティアが『ただ働き』では長続きはしない。本当の福祉とは弱者や困っている人を助けるという認識ではなく、すべての人々の暮らしの質を高めることと捉える。それは税金で賄ってもらうのではなく、自ら行動を起こすことによって福祉の充実を図るべき」と福島さんは考える。そして平成12年、地縁型住民自治組織とは別に「あいの会」という配食サービスを行なうテーマ型市民活動のグループを立ち上げた。
 町内に開設されたグループホームに、週1回10食のお弁当を提供することから始まったが、今では週2回合計約200食の注文を町内外から受けている。1食400円での販売だが、コミュニティビジネスである以上は利益を出さなくてはならない。お弁当作りの責任者である大澤みどりさんは、80歳を超えているが会計も担当している。
 大澤さんは言う。「物価上昇で経費も大変ですが、献立を考える際は栄養のバランスや彩りのほか、時間をかけて柔らかく煮たり、要望に応じてご飯の量を調節したりと、きめ細やかな心配りもしています。年金以外にお給料がもらえるのは嬉しいけれど、金額の問題ではありません」650回以上このお弁当サービスをしてきたなかで、お弁当箱の中に手紙をいれてくれる人、このお弁当を「愛の玉手箱」と呼ぶお年寄り、「この町に住んで本当に良かった」と涙をこぼすお年寄り。そんな温かい絆が会のメンバーの励みになっている。


有償助け合いネットワーク「あ・うんの会」

 独り暮らしのお年寄りの「困った」を助けられる人が助ける。そのコーディネートを請け負うのが、平成13年に町会がバックアップしてできた任意組織「あ・うんの会」。これは共助の福祉である。無償サービスでは依頼する側が気兼ねをしてしまうからと、1時間(もしくは1回)500円という有償制で支援料は直接支払うシステムにしている。
 支援する側もされる側も登録制であり、支援者は一般のボランティアから、大工さんなど特殊技能を持つ人までいる。内容も、アメリカシロヒトリの駆除・雪かき・買い物・布団干し・電気機器の修理や工事・話し相手などさまざま。町内公民館の副館長が事務局のため経費もあまりかからない。
 「町会でお金を出してくれないか」という声には、「町会からも出しますが、まずは自立することが基本と考えてください」と理解を求めている。「全てを行政に依存するのでなく、できることは自分で行う、協力できることはするという姿勢が大事。『自助』『共助』『公助』の仕分けを確立しなければ、福祉の町は前進しません」と福島さんは話す。


介護保険に頼らない宅老所「愛ぶんぶん」

 今、多くの人が住みなれた地での介護を希望していると言われる。だが、まずは要介護にならないよう予防すること、そのためにも生きがいを持つことが大事である。福島さんたちは、介護保険に頼らずに「共助」のもとにできる福祉をと、平成16年、宅老所「愛ぶんぶん」を有志で立ち上げた。制度に縛られることのない「身近な福祉」を実現するためだ。こうした考えに賛同してくれた同じ町会の蜂谷さんという方が、空いている民家を提供してくれ、その方のお名前の「蜂」から「ぶんぶん」と名がついた。
 「愛ぶんぶん」は自主運営が基本。地域住民の賛助金と、利用料金1日600円(お昼代込み)のほか、「ぶんぶんおぼこ」と呼ばれる組紐細工の人形や、「おやき」の販売などで運営費を捻出している。「生きがいとは、自分が社会の一員として認められ、みんなの役に立って喜んでもらえていると実感すること」だと福島さん。我が家のような民家に高齢者が生き生きと集まり、助け合いながら住民自治の質を高めあう。「町会の真ん中に福祉があり、家庭の機能を持つ町」を目指す日常の姿がそこにある。


町づくりに必要な女性の感性や経験

 蟻ヶ崎西町会は他にも、子育て支援の活動や、防災に関する取組みなども行っている。月に1度の定例会では、持ち寄った課題を「自助・共助・公助」に分けて話し合いが行われている。その根底には、「町会はみんなの家庭」という理念があり、それが長年にわたり実践され理解されているからこそ成り立っているのだ。
 福島さんは、著書「町会福祉ぶんぶん奮闘記」に記している。「これまでの男性中心の町会において福祉は不得手な分野であったかもしれない。自分の名誉や地位を守らざるを得ない立場から男性は『ことなかれ主義』になりがちである。しかし、少子高齢化の進む今、必要とされているのは、暮らしにしっかりと根を張り生活者の視点を持ち、捨て身になれる女性の感性や経験ではないだろうか。物やお金に価値を見出してきた世の中はいま、物質では埋められない豊かさを求めており、そのために女性の進出は欠かせない。これからの町づくりのために、女性もまずは町会の役を受けてみては?そして男性も生活者の視点を持ち、真の男女共生を求めれば、明るく楽しい社会が広がるのではないだろうか」