「まち むら」108号掲載
ル ポ

年老いてこそ、地域の期待に応え児童育成で活躍
富山県富山市 神保地区老人クラブ
 「外で焼き芋したのは初めて」「甘くておいしい。おじちゃんも一口食べてみて」―。富山市神保小学校の1、2年生約100人の歓声が響いた。11月上旬、神保地区老人クラブのメンバー15人も加わり、学校から歩いて数分のところにある、神保コミュニティーセンターの広場で「焼き芋パーティー」が開かれた。丸々とふとったサツマイモは、子どもたちがお年寄りたちに手伝ってもらいながら、学校の畑で春から育ててきた。10数年前から続く「異世代交流推進事業」の1つである。老人クラブは、小学校だけでなく、神保保育園の畑でも同様の事業を行なっている。苗植えの後、畑を管理するのも、焼き芋に使うまきを用意するのもお年寄りの役割だ。


ゆったりとした口調で神妙に

 児童、園児との交流会は、苗植え、芋ほり、焼き芋パーティーとそれぞれ年間3回ずつある。その都度、早瀬重松老人クラブ会長は、「今日は何の話をしようか」と頭を悩ませる。「その昔、食べ物が少なかったころは、お米の代わりにイモを食べていた」などの思い出話や、童話や昔話を引き合いに出しながら語り掛けると、はしゃいでいた子どもたちは、ゆったりとした口調に神妙な面持ちで聴き入る。「お年寄りとの触れ合いを通して、子どもたちがだんだん、穏やかで温かい気持ちになっていくのが見て取れる。老人クラブの皆さんには、各学年に応じた交流学習に協力していただき、感謝するばかりです」と先生方は手放しで喜んでいる。
 低学年との交流は、サツマイモ作りのほか、警察と学校主催の「交通安全ふれあい集会」がある。交通弱者という共通項から、交通ルールを学ぶとともに、歌やゲームで楽しいひとときを過ごす。老人クラブからは、地域の「子ども見守り隊」として、登下校時、通学路に立っているメンバーらが気軽に参加する。中には、「ちょうど孫が1年生にいるから参加したい」という人もいる。


質問に誠意をもって返答

 5年生とは、「お米教室」と題し、約8アールの学校田で、田植えから稲刈り、収穫祭を通して触れ合っている。収穫祭後に、子どもたちから質問状が届くことがある。「学校田の収穫量は、何食分に当たりますか?」「おいしいお米を作るためにはどんなことが大切ですか?」といった素朴な疑問に、老人クラブでは、「今年の収穫量は470キロ、ご飯茶碗に8500杯分です」「やさしい気持ちで稲を観察し、今何を欲しがっているかを考えることが大切です。どんな植物や動物に対しても、愛情を持って接することです」などと丁寧に返信する。
 6年生対象の「戦争中の暮らしを語る会」では、思いがけない質問が飛んでくることもある。「戦争中にどんな遊びをしていましたか?」。「勤労奉仕や出征した家庭のお手伝いがあったから、それどころじゃなかった。遊びのことなんて考えたこともない。グラウンドでは、イモや大根を作っていたから、遊び場すらなかった」。早瀬会長は真剣に、そして正直に話した。子どもたちにとっては、教科書や資料に残されていない、生の声を聞くことができる貴重な機会。お年寄りたちは、その場限りのあいまいな返答をしないよう心を砕いている。
 このほか、公民館主催の七夕祭りやおはぎづくり、もちつき大会など季節の行事などを含めると、年間20回近く、子どもたちと一緒に活動している。メンバーらが学校に出入りするのは当たり前のことになっていて、「○○さん」と苗字でお年寄りを呼ぶ子どもも多い。


地域の良さや自然を大切にして

 平成17年4月に1市4町2村が合併して誕生した富山市は、富山県のほぼ中央から南東部を占め、富山湾や立山連峰、田園地帯、森林など豊かな自然に恵まれている。神保地区のある旧婦中町は市内北西部に位置し、神通川や井田川流域の扇状地と丘陵地からなる農業地帯である。市の中心部に近く、人口の増加とともに急速に都市化が進展している一方、兼業農家や三世代同居の家庭も多く、住民同士のつながりが比較的強い。
 60歳以上の任意加入となっている老人クラブの会員数は現在約900人。20ある集落が地域ごとに4つの単位老人クラブを組織し、単位クラブ会長の中から地区会長を互選する。各単位クラブでは、会長、副会長のほか、評議員を選ぶことになっており、地区全体の役員は毎年50人を数える。異世代交流事業のほかにも、クラブ独自の活動が毎月行なわれており、健康教室や文化講演会、法話などで会員同士の親ぼくを深めている。中でも、県内の名所旧跡を訪れる「一日バス研修」は好評で、毎年150人以上の参加がある。公民館で行なわれている児童対象の体験教室にも、「先生役」を買って出る人が多い。工作や伝承遊び、山菜採り、お菓子作りなどを子どもたちと共に楽しみ、地域や自然を大切にする心を育むのに一役買っている。


頼りになるリーダー目指して

 これほどまで異世代交流が活発になったのには、いくつか理由がある。元々、集落営農が進んでいる地域で、「仕事に出掛ける親世代に代わり、孫の面倒を見るのは祖父母たち」と役割分担されていることが1つ。平成14年には、地元産のスギ材をふんだんに使った、地域の温もりそのままの神保コミュニティーセンターが完成。小学校、保育園から200メートル圏内にあって、公民館や地区センター、児童館が併設されていることから、住民が集まりやすい拠点施設となっている。
 それ以上に大きかったのは、歴代の公民館長や主事らが、異世代交流事業に力を入れたことにある。自分たちが老人クラブに加入していることもあり、新しい企画を次々立ち上げてきた。団地ができ、共働き世帯やかぎっ子が増える中、みんなが楽しめる事業で、地域を盛り上げたいという熱い思いがあるからだ。「お年寄りは童心に返って、子どもたちから元気をもらっている。いわば、生きがい。子どもたちだけでなく、ご両親とも言葉を交わせるようになるのはいいもんです」と早瀬会長。公民館が提案する事業に、老人クラブの役員らが積極的にかかわり、事業内容の調整、事前準備、当日の運営までの裏方を引き受けている。「公民館の皆さんがお膳立てしてくれる骨組みに、わしらが肉付けしていく。子どもたちは一緒に楽しむ仲間なんです」。それが、地域総ぐるみで取り組む雰囲気づくりにつながっている。
 異世代交流事業の土台ができた今では、公民館にとっても保育園、小学校にとっても、老人クラブの力は欠かせない。働き盛りで忙しい親世代を支え、次代の宝である子どもたちを、地域全体で温かく育てていこうという昔ながらの精神が息づいている。早瀬会長は言う。「ただ優しいだけでは駄目。私たちは、頼りにしてもらえるリーダーにならなければいけない。大切なのは、子どもたちに′黷驍フではなく、子どもたちと′黷驍アとです」。年老いてなお、年老いたからこそ、地域で期待される役割がある。そんな幸せを感じ続けたくて、「次は何をしようか」とメンバーたちの気持ちは前へ前へと向かっている。