「まち むら」107号掲載
ル ポ

商店街店主たちの心意気
北海道札幌市豊平区 地域交流サロンぴらけし
 時代遅れの、男になりたい――
 河島英五の歌のワンフレーズが頭に浮かんで、ぐるぐる止まらなくなった。
 なぜって、この「ぴらけし」を運営している地元商店街の人たちが、姉御肌の女性店長も含め、みんな歌の主人公とそっくりに見えたから。
 「ボランティア精神」なんぞと表現しては、軽薄すぎる。しがらみをいとわない。自分より、思いやるのはまず仲間。信用第一の古き良き倫理観……。1から10まで河島ワールドの住人たちなのだ。


街の変貌に危機感

 とっかかりは、札幌市経済局の「空き店舗対策」事業だった。
 190万人都市のオフィス街に隣接するここ平岸地区は、いわば札幌版の「山の手」エリア。太平洋戦争後の復興期、日本住宅公団(現在の独立行政法人都市再生機構)によって北海道内第1号の「木の花団地」が建設された。徒歩で10分前後の範囲に3つの地下鉄駅があるなど交通の便はこのうえなく、現在は約2万3000人が暮らしている。
 目抜き通りの「平岸街道」(国道453号)沿いは古くからの商店街で、種々の個人商店が住民たちのニーズにきめ細やかに応えてきた。とりわけ1985年に平岸中央商店街振興組合(約100店加盟)を設立した後は、「平岸天神太鼓」「平岸天神ソーラン踊り」といった“新しい郷土芸能”をプロデュースするなど、地域振興に大いに貢献している。
 ところが近年、近隣に大手スーパーマーケットなどの出店が相次ぐと、バランスが崩れ出す。
「私ら地元の商店街がお祭りをやれば、お客さんもたくさん集まって喜んで下さいますが、そんなお客さんが帰りにどこでお買い物されるかというと、もっぱら大型店のほう。ガックリきますよね」と、同組合の片野吉美事務局長(73歳)は話す。自身、街道沿いで長らく宝飾時計店を営んできての実感だった。


赤字覚悟の船出

 景気後退も相まって、古くからの店舗が空き始め、街の景色が目に見えて変わってきた。
「何とかしなけりゃと悩んでいた矢先、市の助成事業に参加しないかと誘われたんです」と、同組合副理事長の勝木忠男さん(62歳)が振り返る。空き店舗を活用してコミュニティの活性化を図る、というプラン。2002年のことだ。
 でもいったい、どんな施設にすれば?  地域の500世帯にアンケートをとってみると、「年配者が気軽に立ち寄れるところ」「住民同士が情報交換できる場」を求める声が多かった。
 そこで、カフェと貸しスペースを用意することにした。むろん高級喫茶とはいかないし、最新のスタジオ設備を提供できるわけでもないけれど、料金は格安にする。子どもからお年寄りまで、だれもが無理なく利用できる店を目指す……。
「とはいえ、実は何回シミュレーションしても儲けが出るという結果にはならなかった」と、片野さんは明かした。「でも目先の利益より、地域として何かやらなきゃというみんなの気持ちが勝ったんです。とにかく3年はやろうと腹をくくりました」。組合理事会の1人が、所有物件を格安で提供しようと申し出てくれた。まさに地元店主たちの心意気。
 かつて工務店の事務所だった木造2階建ての古い建物を改装して、地域交流サロン「ぴらけし」が、こうして開店する。店名は、先住民族アイヌが使った地名――ヒラギシの語源――をそのままつけた。これもまた地域愛、である。


巧みな工夫で地元から集客

 カウンターの向こうに立って店を切り盛りするのは、パンツルックにきりりとエプロンをしめた小助川孝子さん。勤めていた会社を定年退職後、セカンドキャリアを「ぴらけし」店長として歩むことにした。
「初めてのお客さんでも入りやすいよう、店内のレイアウトや雰囲気作りに気を配っています」という通り、店内は明るく、清潔感にあふれている。
 もちろん常連客たちへの気配りは欠かさない。午前10時半の開店直後から次々にやってくる大半が、飲み物を注文する前に笑顔で小助川店長に近況報告しているのがその証拠だ。
 建物2階の「貸しスペース」運営にも余念がない。月間のスケジュール表を見せてもらった。三線同好会、ストレッチ体操、ビーズ教室、旅行英会話、就学前の子どもと若い母親たちが集まる「なかよし広場」などなど、営業日はほぼ全日、3コマから4コマの予約で埋まっている(原則として1コマ2時間)。
 地区在住の講師を探し、口説いて教室を主宰してもらう。常連たちと口コミを使って生徒を募り、集まりが悪いときは店長自ら最初の生徒になって呼び水になる――そんなふうにしてプログラムを充実させてきた。
 毎週金曜日開催のフラダンス教室は、中でも人気の高い講座のひとつ。十数人の受講生は近くに住む70歳代を中心とした女性たちばかりだが、「お洒落をして出かけてきて、素敵なドレスを着てフラを踊れるのは楽しい」「ひとり暮らしなので家にいるとついダラダラしてしまいがちだけど、ここに通い出して張り合いが出たし、若返ってます」と、次々に笑顔で言葉が返ってくる。インストラクターのエナ・アロハ・ハヤシさんも「練習後に階下のカフェで家族同士みたいに談笑できるのがいいですね」と、「ぴらけし」の環境に満足そうだ。


「商店街力」で勝負

 ほかにも、オリジナル作品展示用の棚を月額500円で貸す「玉手BOX」を設けたり、オリジナルキャラ「ぴらけし星人」の携帯ストラップや塗り絵セットを販売したり、集客・収入アップのためのアイデアを重ねている。
 その結果、初め3800人ほどだった年間来店者数は、毎年1000人ペースで増え続け、昨年は過去最高の8609人を記録した。最初の2年間で市からの支援が切れた後、しばらく持ち出しが続いていた財政も、「若干の黒字」(小助川さん)が出るまでにこぎつけた。
 「商店街振興」に明確な効果があった、とはまだ断言できない。
 でも「大勢のお客様に喜んでもらっているのは確か。思い切ってやってみて良かった」と片野さん。また勝木さんは「ぴらけしを拠点に、町内のみなさんと商店街が理解し合えるようになってきた。これからもこんなふうに“商店街力”を発揮していきたいですね」。
 間口3間(約5・4メートル)の小さな店が、同じ街に暮らす大勢をつなぐ結束点になった。