「まち むら」106号掲載
ル ポ

母親らの「あったらいいな」をかたちに子育てサポート
福井県小浜市 NPO法人わくわくくらぶ
 福井県南西部に位置する小浜市。古くは、日本海の豊かな海産物を都に運ぶ「鯖街道」の起点として栄えた。また昨年は、「同名の縁」で、アメリカ大統領選挙でバラク・オバマ氏を熱心に応援したことで世界から注目を浴びたことは記憶に新しい。
 市郊外の田園と住宅が点在する同市生守の一角にある木造平屋建ての建物。一見すると普通の民家だが、玄関には「子育てサポート NPO法人 わくわくくらぶ」の看板。中からは、にぎやかな声があふれている。
 和室とリビングの間のふすまを開けはなって広げた保育スペース。タオルの上ですやすや眠る乳児のすぐ脇を、4、5歳くらいの幼児がおもちゃを持って元気に走り回っている。おやつの時間には年齢に関係なく、仲良くテーブルを囲んでお菓子をほおばる。公立の保育園ではなかなか見かけない光景だ。
 「パートで働いているので、週3回だけ預かって欲しい」「上の子を病院に連れて行く間、下の子の面倒をみて」など、保護者の様々な要望に応じて、0歳児から小学校低学年までの子どもを年中無休で一時的に預かる。指導員のほとんどは保育士の資格を持ち、日替わりメニューで昼食も提供する。
 市内の公立保育園の保育時間は通常、午後6時まで(1園のみ午後7時まで)だが、「わくわくくらぶ」では夜の9時半まで保育時間を延長することを市に提案し、2006年4月から実現。公立保育園ではないサービスで、閉店時間が遅いスーパー店員や看護師などの強い味方となっている。


公立では対応できない様々なニーズに応えて

 代表を務める芝美代子さん(63)は小浜市の公立保育園で約30年間、保育士や園長を務めてきた。しかし退職前の2年間、人事異動で市役所の社会福祉課に席を置くことに。窓口には小さい子どもをもつ保護者から、「急用で、1日だけ子どもを預かって欲しい」「育休が終わったら働きたいが、預けるところがない」などの相談が次々と寄せられた。子どもの定員や保育士の配置数が決まっている公立保育園では対応しきれず、言葉を濁していると、保護者からは「じゃあ子どもはどうするんですか」「私は働くなということですか」と、悲しそうな目で訴えられたり、語気を強められたりして困ったという。
 「現場にいるときは、小浜市は保育制度は充実しており、市民のニーズに応えているという自負があった。市役所の事務職になって初めて実情を知り、ショックを受けた」と振り返る芝代表。このような経験がきっかけとなり、定年を待たずに市を退職。退職金で、木造平屋の一軒家を購入。2003年7月に「わくわくくらぶ」を開設し、同年12月にはNPO法人の認証を受けた。
 「当初は、昔の同僚らに手伝ってもらって1、2人を預かる子守程度に考えていた」という芝代表。しかし、時代背景として女性の社会進出が拡大したことに加え、市が2004年11月から、利用料の半額を負担(市在住者対象、利用8時間以内)するようになり、利用者は増加。2004年度、延べ2900人弱だった年間の利用者は2006年度には約4800人、2008年度には約6400人になっている。


乳幼児と保護者のための交流広場も運営

 「わくわくくらぶ」では、たとえ1時間の短い預かりであっても必ず指導員が保育日誌を書く。体温や、排便の有無、昼寝の時間といった基礎的なデータだけでなく、指導員が「ジャングルジムから両手を離して、バランスよく立っていられました」「ニンジンとジャガ芋を食べたくらいでほとんどが残しました」などと子どもの様子で、気づいたことを細かくメモする。母親と施設をつなぐ「子どもの1日の成長の記録」だ。芝理事長によると、この日誌のおかげで、母親と施設の信頼関係の深まるのはもちろん、指導員も預かった子どもを丁寧に見守るようになるという。
 幼稚園が夏休みのため、5歳の女児を預けにきた小浜市の女性(37)は「親も近くに住んでいるが、毎日預けるのはちょっと気が引けるし、大人相手の子どもも退屈する。ここなら、同じ世代の子どもたちもいるので安心してパートの仕事ができる」と話した。
 同法人は、市中心部の別の場所で、週3回、午前9時半〜午後3時まで、「わくわく広場」を運営。滑り台やおもちゃなど遊具があるスペースを、保育園に通う前の0〜3歳までの乳幼児と保護者に開放している。少子化の影響などで、横のつながりが希薄になる母親に交流の場を提供、子育ての不安感を軽減して「育児ノイローゼ」などを防ごうという国の子育て支援策に沿ったサービスだ。芋掘りや消防署訪問などの月1回のペースで開くイベントも人気の秘訣で、多いときには約20組が訪れ、お弁当持参で半日をこの場所で過ごす親子もいるという。1歳4か月になる女児とともに毎日のように訪れているという市内の主婦(32)は「同世代の子どもを持つ母親同志なら会話も弾む。私自身、初めての子どもで、育児について知らないことについて『先輩ママ』からアドバイスをもらえる」と話す。


子どもを丁寧に見守るようにスタッフを配置

 一方で課題もある。一部を拡張したとはいえ、「わくわくくらぶ」は元々民家で、畳敷きの和室やリビングをほぼそのままのかたちで利用。ブランコなどの野外遊具はほとんどなく、遊びたい盛りの元気な子どもたちにとっては少し物足りないかもしれない。晴れの日には、遠出することもあるそうだが、行き帰りには、子どもの安全性を確保するため、職員が運転する車ではなく、タクシーを使っていると聞いて驚いた。
 また、「わくわくくらぶ」のような認可外保育施設は、国の指導監督基準で、0歳児なら子ども3人に対し職員1人、4歳児以上なら30人に1人などと職員数の最低基準が定められているが、「わくわくくらぶ」では、年齢に関係なく、15〜20人の子どもに対し、最低基準より多い5〜6人のスタッフを配置。芝代表は「大切な子どもさんを預かっている以上、1人の指導員で見守ることのできる子どもは3人が限度」と理由を話す。保育のスペースも限られることから、予約が多い日は利用者を制限する場合もある。
 一方で、多くの子どもを預かろうとすると、指導員の増やさざるをえず、人件費はかさむが、認可外保育施設の運営に対する財政的支援はまだまだ不十分で、芝代表は「うちはコンスタントに利用者があるが、運営が厳しい施設もあると聞く」とつぶやく。
 最近の利用者の傾向として、「少しでも家計を助けるため、産休明けですぐ働きたいので、その時はお願いしたい」などと仕事を理由にする子どもを預けるケースが多いという。昨年のアメリカに端に発した世界不況は小浜のような地方の小都市にも暗い影を落としており、今後も一時保育の需要は増えそうだ。
 働く母親らの「あったらいいな」をかたちにしようとスタートした「わくわくくらぶ」の取り組み。このような子育て支援のサービスが地域に根付くのは素晴らしいことだが、裏を返せば、行政が、刻々と変わる社会・経済情勢や多様な市民ニーズに対応しきれていないということだ。民家を利用した保育スペースで、無邪気に遊ぶ子どもたちの笑顔を通して、現行の公的保育制度のひずみのようなものを見た気がした。