「まち むら」106号掲載
ル ポ

とことん「ジモト」宣言!
北海道滝川市 たきかわ環境フォーラム
 初めての訪問者は、違和感を覚えるかも知れない。古い校舎みたいなリノリウム張りの急階段を上っていくと、ふいに濃厚なコーヒーの香りに鼻腔を刺激される。薄暗い廊下を抜けてたどり着いた部屋は、だだっぴろい理科室ふうで、カフェのたぐいには見えない。でも一隅でコーヒーメーカーがコポコポ湯気を立てていて、すでに集まっていた何人かが、行儀よく並んで自分のカップにたっぷりコーヒーを注いでもらっている。
 間もなく始まる「エコカフェ」なるトークイベントの会場がここ、北海道滝川市の市街地に建つ「森のかがく活動センター」だ。
 「古い校舎」に見えたのも道理で、もともと北海道庁の地方林務署の庁舎だった2階建てを、統廃合を機に、植栽豊かな敷地ごと同市が譲り受け、じゃっかんの補修と改装を施し、環境系市民活動の拠点として再オープンさせた。今から5年前、2004年春のことだ。


市民がフォーラム形式で企画立案

 「エコカフェ」は、毎月末の土曜午後、市民同士がカップを片手に「エコ談義」に花を咲かせる、という趣向。この日のテーマは、コメだった。
 稲作が盛んな同市内で、早くから低農薬栽培に取り組んできた農業者グループ「とんぼの会」の寺崎啓一会長が講師を務め、スクリーンに写真を映写しながら、稲作の苦労や喜びを生産者ならではの率直な語り口で聴衆に伝えた。
 友人と参加した60歳代の女性は、「都合がつく限り毎回来ています。生まれ育った地元のことでも、意外に知らないことが多いですし、反対に、ほかの若い方たちに自分の昔の体験談を話したりもできる。きょうもいいお話が聞けました。いつも勉強したなあ、という気分で家路に就くんです」と話してくれた。
 この日の参加者は18人。決して多くはないが、ほとんどが常連、数人が新顔という組み合わせもふくめ、理科室みたいな部屋の中に、老舗喫茶店みたいな雰囲気が醸し出されている。
 「エコカフェ」を主催する「たきかわ環境フォーラム」は、初めはいわば“官製”の市民グループだった。
 フォーラムの運営委員で、滝川市役所に勤務する高橋一美さん(53歳)は、同市内から営林署が撤退することになった当時、市企画課員として、旧庁舎の有効活用に知恵を絞っていた。
 無償払い下げとはいえ、古ぼけた施設である。交通の便もそれほどよいわけではない。展示館にして入場料収入で黒字化を目指す路線は早々に却下。それより地元住民が気軽に集える場になれば。湧いたキーワードは、公設民営、市民との協働、パートナーシップ……。
 環境問題に詳しい教員やOB、学芸員、自然食研究家、写真家、野鳥愛好家、演奏家など、市内からメンバーを募り、自分たちも輪に入って、フォーラム(会議)形式で企画を立てることにした。
 「役所の人間だけでやろうとしても限界がある。さいわい、滝川にはいろんなアイデアを持った人がたくさんいて、そうした人たちに施設を自由に活用してもらおう、と考えました」と、高橋さん。
 一緒に奔走した市教育委員会職員の河野敏昭さん(54歳)も「謝金を支払う余裕は市側にはありませんでした。むしろみなさんには、会費を納めてもらって、なおかつ一緒に汗をかいてくれませんか、とお願いしたんです。市職員の私が言うと虫が良すぎるんですが(笑い)、ボランティア活動って、元来そういうものだと思うんです」と振り返った。


多様な自然を手作り図鑑で紹介

 意図は伝わり、やがて多くの市民メンバーがフォーラムを舞台に「ボランティア」精神を発揮し始める。
 滝川市は、大河・石狩川と、その大支流である空知川のちょうど分岐点に位置している。明治期以降の大開発で、川沿いには広大な水田地帯が生まれたが、その内部には湿原や小規模な湖沼も点在して、開墾前のこのあたりの姿を現代に伝えている。
 いっぽう市の北西部は、険しい夕張山地から連なる丘陵地が発達し、まとまった面積の森林が維持されている。
 「水際から山地丘陵部まで、自然環境が多様なぶん、野鳥や野花の種類も豊富で、市内のあちこちでウオッチングが楽しめます。でもこれまで地域の動植物を集めた図鑑や地図がなかった。それで、自分たちで作ることにしました」と、フォーラム事務局長に就任した越後弘さん(64歳)。この地で(財)日本野鳥の会滝川支部長を長く務める自然観察のエキスパートだ。
 メンバーたちは、一般市民にも呼び掛けて、季節ごとに自然観察会を実施。生息する動植物の同定(種の名前を確認すること)作業を繰り返し、また市内の自然愛好家たちに、それぞれ自慢の生態写真を提供してもらった。
 また徒歩で回れる観察コースを独自に設定し、何度も踏査して「環境地図」を描き上げていった。
 約2年かけて完成した『丸加高原「自然観察の森」ハンディ図鑑』は、ポケットサイズながらフルカラーで動植物120種あまりを収録。環境地図作りはさらにその1年半後、市内のビューポイントなどを歩いて巡る『ECOフットパス・マップ』に結実した。


「ジモト」にこだわる活動展開

 映画上映会、討論会、野外音楽会、丸太小屋作り、星座観察会、フットパス会……。メンバーたちの発案は次々に実現化している。
 「財源は民間基金などの助成頼みなので、経済的な不安定さからは逃れられませんが、自分たちこそ楽しみながら、出来ることを着実にやっていこう、と話しているところです」と越後さんは語る。
 じっさい、冒頭に紹介した「エコカフェ」でも、著名な講師はあえて招かず、むしろ地元に根ざして活動を続けている専門家に、より詳しい話題を提供してもらう方式をとっている。
 「地元市民にはそのほうが馴染み深いですし、話す方も、地域の具体的な問題に触れられる。それに案外、長く住んでいても、地元について知らないこともたくさんあるんです」と越後さん。
 約10人の運営委員たちは目下、“旧庁舎”改め「森のかがく活動センター」で10月に開催する「エコフェスタ・イン・たきかわ」の準備作業に追われている。コメ、ナタネ、リンゴなど、滝川市特産の農作物の生産者たちをパネリストに、収穫物を盛り合わせた特製ランチを味わいながら、消費者ぐるみ、地域の農業問題を語り合おう――という趣向だ。
 「ふるさとの魅力、再発見」のキャッチフレーズの下、“ジモト”にこだわった活動が今後も続いていきそうだ。