「まち むら」105号掲載
ル ポ

幅広い人をつなぎ子育て支援の輪を広げる
福岡県大野城市 NPO法人チャイルドケアセンター大野城
 特定非営利活動法人(NPO法人)チャイルドケアセンター大野城(通称:チャイケア)の活動でいつも感じるのが、大家族的なとても暖かい雰囲気だ。どの子が誰の子であっても変わりなく、大人が子どもの自主性を尊重し、その上で注意すべきこと、言うべきことをはっきりと言う。昔ながらのコミュニティにあったそんな大人と子どもの関係が、間違いなくチャイケアの現場には息づいている。
 チャイケアの活動拠点は、福岡市の南側に位置する大野城市。約10万人の人口を抱える同市は、近接する筑紫地区の3市1町(春日市、太宰府市、筑紫野市、那珂川町)とともに、福岡市のベッドタウンとして30年ほど前から急速に発展した都市で、今も人口増加傾向にある九州内では数少ない地域の一つだ。チャイケア誕生の背景には、この急速に都市化した地域の事情が大きく関わっている。


自分の悩みはみんなの悩み

 チャイケアの母体となった子連れママグループ「びぃ〜んず」が発足したのは1998年。当時、結婚で大野城市に転入したばかりだった大谷清美さん(現チャイケア代表)は、実家から離れて友人も少なく、子育ての悩みを相談する相手がいなかった。育児サークルなどの情報を探そうにも、当時はインターネットも普及しておらず、身近な情報源となる情報誌も、福岡市内のものがわずかにあるばかりで、筑紫地区の情報を掲載した雑誌やフリーペーパーはほとんど見あたらなかった。
「自分が悩んでいることは、他のママも悩んでいるはず。情報交換の場がないなら自分たちで作ろう」
 早速、保育園のママ仲間に声をかけ、グループを立ち上げた。
 勢いづいて動き出したものの、なにぶんメンバーは素人のママたち。初めての取材に初めての編集・出版作業。当初は企業広告をもらおうという考えも及ばなかったと、大谷さんは振り返る。
「初めてイベントを企画した地元ショッピングセンターの責任者がとてもよくしてくれて、企業広告を取る方法やイベントの企画・運営のノウハウをいろいろと教えてくれた。いろんな人との出会いに支えられて、ここまで10年間やってこれた」
 こうして無料配布の子育て情報誌「びぃ〜んずキッズ」ができあがった。1998年10月に発行した第1号は2000部。4年後にはNPO法人化し、チャイケアとして正式に発足。現在は隔月で毎号2万部を発行するようになり、同地区で子育てをするお母さんの強い味方として親しまれるようになった。昨年発行した10周年記念特別号では同地区の5首長から挨拶を寄せてもらうなど、行政からも一目置かれる存在となっている。


子育て中のお母さんの力に

 毎月1度の編集会議。大谷さんを含め、毎回10人以上が参加して、次号のびぃ〜んずの内容について協議する。
「このページはどうしようか」「こっちのお店の方がいいんじゃない」「このお店、取材行きたい人いる?」
 頭をつきあわせて進捗状況を確認したり割り振りを次々決めていく様子は雑誌の編集会議そのものだが、参加者は全員お母さんたち。多くは専業主婦で、ここに参加するまで取材や執筆経験など全くない人がほとんどだ。
 編集に参加するお母さんたちは、夫の転勤などで退会したり、参加しているお母さんが次の機会には別の友人を誘ってくるといった具合に、頻繁に入れ替わる。10年前、発足当初のメンバーはほとんど残っていない。大谷さんは総括編集長としてアドバイスをするが、企画内容にはできるだけ口を出さない。
「びぃ〜んずの読者は、今、子育てをしているお母さん。そのためには、今まさに子育て中のお母さんたちが中心になって、自分たちが知りたい情報を発信していくことが、読者のニーズに応えることにもつながっていく」
 チャイケアには読者はもちろん、関東や関西から同地区へ転入が決まり、インターネットでチャイケアのことを知ったお母さんから問い合わせが来ることもある。
「全く知らない土地で子育てをするお母さんは、家に引きこもって、不安を一人で抱えがち。これでは家庭の空気もよどんでしまう。そんな家庭に『もう少し勇気を出して外に出てみよう』と風を送りたい」
 そんな願いから、フリーペーパーが多く置かれている駅やショッピングセンターばかりでなく、産婦人科の医院や行政の子育て担当窓口など、妊娠中・子育て中のお母さんが必ず足を運ぶ場所で、びぃ〜んずは配布されている。
 自主イベントや長期休暇中の子どもクラブ「キートスクラブ」、子どもたちが自らの責任で遊びを楽しむ場を提供する「プレーパーク」、指定管理者として運営する市の「ファミリーサポートセンター」…。10年を経て様々な事業に携わるようになった今でも、お母さんとチャイケアを結ぶ「びぃ〜んずキッズ」の発行は、チャイケアの中核事業だ。


子育てには『地域』が必要

「おじいちゃんありがとう。またねー」「さようなら。また遊びにおいで」
 チャイケアが指定管理者として運営する、市のファミリー交流センターに元気な子どもたちの声がこだまする。視線の先には年配の男性の姿がある。親子が気軽に遊べる「ぽっかぽかひろば」として平日に開放されている同センターには、地域のボランティアスタッフが常駐。子どもと絵本を読んだり折り紙をしたりして遊んだり、保護者の相談に応じたりする。こうしたスタッフの中でも今、年配男性の人気がひときわ高い。おじいちゃんスタッフが入る日程を確認した上で遊びに来る人もいるほどだという。
「核家族で年長者が近くにいない家族が多いせいか、子どもだけでなく、若い世代の親も年配の人について回っている。そんな姿を見ると、子育てにはやっぱり『地域』全体での交流が不可欠だと感じる」と話す大谷さん。そんな考えに賛同する人たちが徐々に増え、現在チャイケアに会員として登録する約900人のうち、4割を50代以上が占める。子育てが一段落した人たちが多く、中には「地域で一丸となって活動する必要がある」と、老人会の会合でほかの人たちに参加を呼びかける人もいるという。
 幼児、保護者、そして高齢者。世代間交流は、チャイケアが今、もっとも力を入れているテーマだ。
 プレーパークのイベント実行委員会は、保護者、高齢者、それに活動に協力してくれる地元の大学生グループのメンバーと、幅広い世代で構成する。同世代で固まってしまいがちなところを、役割を明確に与えることで、意図的に世代間の交流がしやすい環境を作り出すのがねらい。結果は見事に当たり、高齢者の参加者は地域の老人会に声をかけ、大学生らは友人らを誘いと、人の輪は着実に広がっているという。
「都市化して、人の出入りが激しい地域だからこそ、誰でも気軽に出入りして交流できる場が必要。地元の高齢者、新しく転入してきた若い核家族、地域の若者、子どもたち、そして行政。みんなが協力して、一つの目的に向かって動き出す。チャイケアはその先頭に立って、旗振り役を担えれば嬉しい」
 チャイケアが産声を上げてから約10年。理想に向かう旗振り役の挑戦は、まだまだ始まったばかりだ。