「まち むら」105号掲載
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“地域の足”をみんなで守ろう
岡山県倉敷市 NPO法人地域の公共交通を守る会
 「西坂台グリーンライフ」は倉敷市の北部、総社市との境に30数年前、山を切り開いて造成された団地だ。約650戸のうち、倉敷側に約450戸、総社側に約200戸建っており、それぞれに自治会があり、両者をまとめる総合自治会もある。JR倉敷駅までは車で約20〜30分。タクシーだと2400〜2500円かかる。片道330円で、1日6往復走っていた路線バスは文字通り“住民の足”だった。


路線バスが無くなる!

 平成17年春のことだった。その年の7月に「路線バスが無くなる」というニュースが団地内を駆け巡った。当時、倉敷自治会の会長をしていた丹生朴(にぶすなお)さんのところには「何とかしてほしい」と訴える住民の声が相次いだ。造成から30数年がたち、団地の高齢化は進んでいる。お年寄りや学生などマイカーの無い人も多い。標高130メートルの小高い丘陵地であるため自転車は無理。このままでは“陸の孤島”になってしまう! 切実な思いだった。
 自治会で、倉敷市に頼んでみたが、行政ではできないという返事だった。しかし、近くの庄新町では町内会が「乗合タクシー」を始めている、と教えてくれた。そして、団地からほど近い山手村(現在の総社市)でも、路線バスの廃止後、代替交通手段として「山手ふれあいタクシー」を山手村が運行し、総社市との合併後は総社市が引き継いでいた。そこで自治会は、「“地域の足”は自分たちで確保しよう」と立ち上がった。


乗合タクシー運行へ

 「乗合タクシー」とは、セダン型のタクシーやジャンボタクシー車両などを用いて、設定されたコース(停留所)を決められた時刻に運行する相乗りのタクシーのこと。路線バスに比べて運行コストが低く、利用者のニーズにも対応しやすいため、地域住民などで便利に運営していくことが可能な公共交通である。その利用料金は、バスに比べると少し割高になるが、タクシーに比べればはるかに安く利用できるというメリットがある。
 西坂台グリーンライフではまず、倉敷自治会の中で対策委員会をつくった。乗合タクシーの稼働率を上げるためには、利用者をなるべく広域にしたいと考え、周辺の団地に話を持ち掛けたところ、生坂ハイツ(約200戸)が一緒に取り組むことになった。そこで、平成17年5月、西坂台グリーンライフ総合自治会と生坂ハイツ町内会で、「西坂地区乗合タクシー運営委員会」を立ち上げた。早速、住民アンケートを取って、公共交通の必要性について尋ねるなどしてニーズを把握した。住民の関心は高く、アンケートは1週間で約70%を回収できた。その9割が「自治会で費用を負担してでも、バスに代わる公共交通機関を確保してほしい」というものだった。
 そこで当時、JR総社駅〜旧山手村〜JR倉敷駅の区間で運行していた「ふれあいタクシー」を、西坂台と生坂ハイツにも停留所を設けるように総社市に要望し、路線バスが廃止される同7月から9月末までの暫定的な供与が認められた。いざ試行してみると、乗客が倍増したため、18年3月まで延長されることとなった。
 同4月には運営委員会に菅生団地町内会(約200戸)が新たに加わった。また、「倉敷市乗合タクシー運行事業補助金交付要綱」が制定され、「ふれあいタクシー」の赤字額を総社市と倉敷市と運営委員会で負担することとなった。しかし、「ふれあいタクシー」の運行主体はあくまでも総社市なので、料金や便数、停留所の場所などをニーズに合わせて変更したくても、総社市の了解がなければ変更できないという不便さがあった。
 そしてついに20年4月、総社市から別れて、倉敷市側の「西坂地区乗合タクシー運営委員会」の単独運営に切り替えた。そして名称も「ふれあいタクシー」から「やまびこ号」に改めた。


NPO法人「地域の公共交通を守る会」の誕生

 西坂地区乗合タクシー「やまびこ号」は、順調に運行を続けていたが、悩みは、運営母体のスタッフの強化と後継者の育成だった。運営委員会の役員は通常1年で交代するが、それでは運営が困難なので、乗合タクシーの立ち上げからずっと携わっている、丹生さんをはじめ西坂台グリーンライフ倉敷自治会の役員たちには継続してもらっていたのだ。
 西坂地区の現状に合った、地域のみんなが喜んで利用できる公共交通を、継続的に運行するためには、複数の自治会・町内会の共同体である当時の運営委員会をNPO法人化し、しっかりとした運営母体で自主独立した運営を行なうことが必要と考えた。そして、20年11月、NPO法人「地域の公共交通を守る会」(丹生朴理事長)が岡山県から認証を受けることができた。21年4月から会員を募り、現在、会員数は約100人。
 NPO法人となったことで、様々なメリットが生まれている。会費による運営費の確保ができるし、企業の協賛を募ることもできる。「中でも特にうれしいのは、若い人たちが自ら参加してきてくれたこと」と丹生さん。「かつては近所付き合いもあまりない団地だったが、乗合タクシーに取り組むうちに、地域住民のつながる力は強くなった。地域に不可欠な交通路線は地域によって支えることが基本。できるだけ多くの住民に会員になってもらい、住民の日常生活を支援してもらいたい」と話す。


現在の運行状況と今後の課題

 現在「やまびこ号」は、西坂台からJR倉敷駅を経由して倉敷中央病院までの片道11.5キロ、所要時間35分を7便、その逆も7便で、1日合計14便を運行している。停留所数は19か所。デマンド型の予約制で、利用したい便の1時間前までに、運行事業者であるタクシー会社に電話で予約。住所、氏名、利用人数、電話番号、乗降の停留所通過時刻を連絡する。タクシー会社は、予約の入らなかった便は運行しないし、予約の人数が多ければ2台走らせるなど、予約状況に応じて柔軟に対応している。運行日はこれまで平日のみだったが、21年4月から、要望の多かった土曜日の試験運行を始めており好評だ(日曜日、祝日は運休)。利用料金は大人500円、高校生以下は300円、ただし、6歳未満は1人目に限り無料としている。会員特典を設けており、会員証を提示すると料金を100円割引とした。会員の年会費は1000円なので、5往復すれば元が取れるわけだ。
 住民のニーズを反映して、より利用しやすく改善を重ねてきた「やまびこ号」。今後の課題は、9人乗りのジャンボタクシーで、バスのように定時運行したいということ。「予約の電話を1時間前までに入れるのが面倒」という住民の声が多いためだが、現状では1日当たりの稼働率は65%なので、定時運行を実施すれば35%はカラで走ることになるという。丹生さんは「利便性を上げることによってたくさんの人に乗ってもらいたいが、合理性も重要。今年中に1日3便くらいは定時運行を実現したい」と考えている。乗合タクシーは住民の知恵と工夫によって、どんどん進化を遂げている。