「まち むら」105号掲載
ル ポ

お隣同士の自治会が切磋琢磨して防災まちづくり
神奈川県横浜市西区 一本松まちづくり協議会
 折しも開港150周年を祝い、博覧会で賑わう横浜。そのメイン会場「みなとみらい21」地区への玄関である桜木町駅に降り立って反対側に目を転ずると小高い丘が見える。バスで15分ほどの尾根付近に位置する野毛山動物園を過ぎると、ジェットコースターで転げ落ちるような急斜面にびっしりと戸建て住宅がはりついた街並みが広がる。
 そんなまちで「一本松まちづくり協議会」は、地域防災をテーマにしたまちの環境改善に着々と成果を上げている。協議会を構成するのは、西戸部二丁目第一自治会と羽沢西部自治会(以下それぞれ、西二と羽西と略す)である。合わせて約18ヘクタールの広がりに、西2は900、羽西は800世帯ほどが暮らすまちである。
 この二つの自治会、ある時は違う取り組みを同時並行的に進めるかと思えば、ガッチリと連携して共同で事業を進めもする。どうも、相互に刺激し合いながら、そこからまちづくりの活力を生み出しているようなのである。
 そこで活気ある活動の秘訣を探るべく、西二から斉藤明会長と杉山邦彦副会長、羽西から米岡美智枝会長と八木下実副会長にお集まり願い、足かけ6年になる協議会活動を振り返っていただいた。


きっかけは区役所がもたらした情報から

 平成16年の春、区役所の職員がやって来て「横浜市が調査したら、この地区は防災上大変危険だとわかった。木防建ぺい率が25%あたりを超えると焼失率が急激に高くなるのだが、この地区を平均すると35%ほどもある。市も支援するから防災まちづくりに力を入れないか」ということだった。
 数字付きで危険なまちだと言われて、「やっぱりそうなんだ」と思った。火事があると消防車が右往左往する経験などから、何となく不安は感じていたという。
 当時は両自治会とも会長は女性。女性同士ということで話しやすかった以上に、「両会長とも、大変だからやめようという考えは全くないんだよ」とそれぞれの副会長が口を揃えるほど、前向きな御仁たちである。さっそく同年7月、両自治会合同での勉強会発足と相成った。
 市が目指した防災まちづくり事業は「いえ・みち まち改善事業」という。横浜市独自の事業で、地域住民と行政が協働してまちの改善計画を作成し、地域の合意等が成ると公共事業メニューが適用されるものである。


お互いのまちを知らないことにびっくり

 勉強会ではまず、このまちでの暮らし方を確認してみた。二つの地区は隣同士なのに「日々の買い物に行く場所も全く違う。まさに背中合わせに暮らしている、とびっくりした」。続いてまちに出て、両方をさらにつぶさに観察した。すると、「そもそも、隣の地区にはほとんど来たこともなかった、ということに気がついた」。そして、西二には急な坂道が多く、羽西には階段が多い、といった違いがあることがわかってきた。
 それでも、まちの構成がよくわからない。道が複雑な上に全体に坂のまちなので、わかるように人に説明できないのだ。そこでまちの立体模型をつくることにした。羽西の自治会館に両者が集まり、作り方は市から派遣された防災まちづくり支援NPOのスタッフに教わり、朝から晩まで数日を要しての作業であった。
 模型作製は両自治会にとって初めての共同作業となった。両自治会は同じ連合町内会に属する上、避難所となる小学校も同じである。そのため防災訓練の時などに小学校で顔を合わせるので、お互いの役員同士、顔ぐらいは知っていたが、それ以上でもなかった。ところが、一緒に紙を切り糊で貼り付け、徐々に自分たちのまちが姿を現す共同作業は、それまでとは違う次元の親密さをもたらした。
 一緒に作業をすると人となりが良くわかる。黙々とやる人、軽口をたたきながらワイワイやる人、緻密な人、大雑把な人、様々なのだ。その上に「隣のまちにも面白い人がいる。こちらにはいない特技を持った人がいる」と気づいたのは大きな収穫だった。また、何度会議を開いても感じなかったことなのに、作業をしたら「まちづくりが動き出した感じがした」のだ。


両自治会が別個にまち普請コンテストに挑戦! その結果は…

 まちづくりはともかく時間がかかる。一本松協議会でも、勉強会の発足から市の「防災まちづくり計画」認定(平成20年8月)までに4年の歳月がかかった。
 計画策定中に、少しでも前倒しで実現できないかという声が出てきたのも、模型づくりなどで住民たちのフットワークが軽くなっていたせいかもしれない。
 そんな時、支援NPOのスタッフから「ヨコハマ市民まち普請事業」の話を聞いた。計画、合意形成、整備、維持管理まで住民自ら取り組む提案コンテストで、当選すると最高500万円までの整備助成金が得られる。
 さっそく自治会毎にプロジェクトチームを結成し、別個に計画を練って応募。結果は、西二は当選、羽西は落選した。
 その時どんな気持ちだったのか。「片方が落ちてよく一緒にやっていると言われるが、負け惜しみでもなく、実はあまりショックではなかった」と羽西の米岡会長。「こちらも羽西のことはあまり気にしてなかったなあ」と西二の斉藤会長。
 両者が結果を気にしないというのは、コンテストへの取り組みの着眼が全然違ったかららしい。西二の提案は地下水、湧き水、雨水などをうまく活用して水を溜め、手押しポンプで溜めた水を流すせせらぎなどもつくり、楽しさや日常の空間利用を前面に押し出した。「わくわくハウス」と名づけたまちかどお休みコーナー付きの防災小屋は、地下の構造物以外は全て住民の手作りだ。一方羽西は、災害復旧時に炊き出しや情報発信などの生活支援を行なう三角小広場の創出を中心に据えた切実さあふれる提案だった。現在、羽西には公園や広場が1箇所もないのだ。
 両自治会とも相手の実情を知り、その違いに気づいていたからこそ、「結果は、たまたま審査員が共感したかどうかだけのこと」と納得できたのである。


性格が違うから相性が合う

 「防災まちづくり計画」が市に認定されると、両自治会による具体的取り組みにはさらに拍車がかかった。
 「横浜市地域まちづくり推進条例」に基づいて住民自らが行なうまちの整備事業助成を受け、羽西は満を持して三角小広場の築造にとりかかった。すると西二から大挙して舗装工事の手伝いにやってきた。広場に使用したエコソイル舗装はわくわくハウスで経験済みのものであり、西二には施工技術に一日の長があった。
 西二が展開していた雨水貯留タンクを民地先に設置する事業は、現在では羽西にも広がりつつある。羽西では、使われていなかった井戸を災害時の耐久性を増しながら復活させる事業を開始した。最近では「食事会」など両自治会が合同でやる取り組みも増えてきたそうだ。
「自分たちが当然と思うことが隣のまちでは違うということが新鮮だった。隣は思っても見なかったことを始める。目から鱗が落ちることも度々だ」とお互いに言う。性格が違うから相性が合う、ということだそうだ。総じて西二は慎重、羽西はまず動いてしまう性格と相互に分析する。私には、一本気なところは両者に共通していると見えるのだが。