「まち むら」103号掲載
ル ポ

母親のニーズと企業を結び付け、「子育てタクシー」で実現
香川県高松市 NPO法人わははネット
「こんにちは!」明るい声で入ってくる親子。「こんにちは!」と出迎える声もにぎやか。ここは、高松市中心部の商店街にある「わはは・ひろば」。おもに0歳〜3歳の子どもと保護者が訪れて、おしゃべりや遊び、昼食など、思い思いに過ごす“つどいの広場”だ。常時スタッフがいて、集まってくる親子が心地よく過ごせるように配慮を欠かさず、ときには子育ての悩み相談にものっている。
 このような広場を香川県内4か所で運営しているのは、活動開始から11年目を迎えたNPO法人わははネットだ。


子育て当事者による地元密着型情報発信への共感と期待

 NPO法人わははネットは、平成10年4月、育児サークル「輪母ネット」として乳幼児を連れた10人の母親たちで発足した。母親同士で情報交換をするうちに集まった情報をもとに、平成11年11月、香川県初となる地域密着型子育て情報誌『おやこDEわはは』を編集、発行した。創刊号3000部は瞬く間に完売! ちなみに現在は、約50社近い企業の広告協賛を得てフリーペーパー化。2万5000部を季刊で発行している。
 情報誌発行の反響は予想以上に大きかった。母親たちが持って行き場のない不満や不安、悩みを「わははネットなら、私と同じ子育て中のママだから、理解してくれるでしょう」という趣旨の手紙やメールと共に、毎日のように送ってくる。「子育て当事者」だからこその信頼と共感、そして大きな期待。それに応えるべく、情報誌以外にもメディアを通じた子育て情報の発信、携帯メールによる地元情報や献立レシピの配信、商店街の空き店舗での親子の広場開設など、活動の幅を広げていった。そしてサークル活動の限界を感じ、平成14年1月にはNPO法人格を取得した。


子育て広場で生まれる口コミ 全国初の子育てタクシーヘ

 「わはは・ひろば」では、良い口コミも悪い口コミも、利用者同士で盛んにやりとりされている。
 そんな中で、「出産前に破水したときに乗ったタクシーで、『俺の車を汚すなよ!』という運転手の心無い言葉に傷ついた」「子どもと荷物を両手に階段を下りていると、急げ!と何回もクラクションを鳴らされた」など、タクシーに関する辛い体験談が、わははネット中橋代表の心に突き剌さった。『社会で子どもを育てよう!』『子どもを生んで良かったと思える社会環境を作ろう!』
 このようなミッションで活動しているからには、この言葉を聞いてじっとしているわけにはいかなかった。
 タクシーという24時間365日稼動し、ドアtoドアのサービスのインフラを持つ業界が、子育てにもっと理解を持ち、親子や子どもの乗車時に理解ある行動や言動を示してくれれば、移動による不安や悩みを抱えている親子は救われるのではないか?
 そこからの行動は早かった。すぐに「わはは・ひろば」の利用者に移動やタクシーに関するアンケートをとり、企画書を書いてタクシー会社に持ち込んだ。それをきっかけに平成16年7月、高松市の1社で子育てタクシーのテスト運行を1か月実施。反応は上々で、引き続き運行することになった。このとき「子育てタクシー」が誕生したのだ。


母親の要望を軸に企業側のメリットも提案

 おもに乳幼児の母親の声を代表してタクシー会社に届け、実現した子育てタクシーだが、母親側のニーズだけではビジネスは成立しない。企業側にもメリットが生まれることを認識して、実現化を進めていった。
 子育てタクシーのサービス基準は、アンケートで明らかになったタクシーヘの不満や要望を十分に汲み取った上で決定された。たとえば、子どもの年齢に合わせてチャイルドシートやジュニアシートを設置して迎えに行く。玄関まで親子を迎えに行き、荷物を持ったり、ベビーカーをトランクに入れたりもする。当然、通常の運行より手間も時間もかかる。しかも料金は通常料金の場合がほとんど。とても営利目的だけでは導入できないサービスだ。
 ではタクシー会社のメリットは何か? 高松市という地域性から、タクシーは流しではなく電話による呼び出しが中心だが、日中は稼働率が低い。その点、子育てタクシーなら通院や保育園へのお迎えなど日中の利用がほとんど。となると、タクシー会社にとっても悪い取り組みではない。
 もうひとつの理由は、利用者からストレートに感謝され、ドライバーの士気があがること。「子育てタクシーだと子どもをチャイルドシートに乗せて、上の子どもの相手もしながら行くことができて良かった」「普通のタクシーに乗るときは、赤ちゃんを抱っこしたままで、苦労しながらベビーカーを折りたたんで乗車していたが、子育てタクシーでは運転手さんが降りてきて手伝ってくれるので助かった」など、満足の声、感謝の声がドライバーの意欲向上に貢献しているようだ。
 現在は全国子育てタクシー協会が発足。全国18都道府県、55社加盟という組織となり、その事務局をわははネットが担っている。


NPOの強みを生かして、今まさに子育て中の当事者の思いを形に

 わははネットの情報誌には約50社の企業が広告協賛している。この自主事業収入があることが、活動の強みでもあるようだ。というのも、多くの子育て支援のNPO法人が、活動資金をわずかな会費、行政からの助成金や委託金などに頼っている。助成金や委託金は使途が明確に定められており、他の活動に回す資金は捻出できない。そのため、新規事業や実現できるかどうかわからないアイデアに向かう体力に乏しいのだ。
 自主事業があることで、自由な発想で、新しい取り組みにも意欲的に挑戦できたといえるだろう。しかし、収入といっても規模は小さく十分ではない。そのため、地元企業と提携することで、資本やインフラをもたないNPO法人という存在でも、子育てしやすい環境改善への取り組みを形あるものにしてきた。
 子育てタクシー以外にも、平成17年には高松市のマンション提供会社と子育て家庭を対象とした分譲マンションを企画。子どもの成長に合わせて変更できる間取りや安全に配慮した規格など、当事者の思いを商品化した。「子育て応援マンション」と名づけられ、香川県内で4棟が販売された。
 また、平成19年度から20年度にかけては、「企業の子育て支援活動促進事業」を香川県より委託され、県内の数社へ社員の子育て支援策や子育て家庭向け事業のアドバイスをしている。
 中橋代表は語る。「このように親子を核として活動を展開してきた。さらに発展する形で、企業や行政とともに子育て支援サービスを新たに実施できるのも、われわれNPOの柔軟性、機動性、企画力によるものだと確信している。その一方で、軸がぶれないよう、常に『今』の親子を中心に活動していきたい」
 全国子育てタクシー協会 http://kosodate-taxi.com
 NPO法人わははネット http://npo-wahaha.net