「まち むら」102号掲載
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市民活動のプラットフォームの役割を担う
栃木県宇都宮市 とちぎ市民まちづくり研究所
「とちぎ市民まちづくり研究所」は、宇都宮大学の教育学部住環境・まちづくり研究室の陣内雄次教授が代表を務める任意の市民グループである。小規模ながら、市民活動のプラットフォームとしての役割を担う同事務所では、NPO法人や研究グループなど複数の市民グループが事務所を共有している。さらに一角には、子どもの居場所づくりのための駄菓子屋もある。事務所の並びではコミュニティ・カフェも運営されており、学生グループや市民グループなど地域の人たちのコミュニティ・ビジネスのためのインキュベート施設として使われている。


市民活動のプラットフォームとして

 陣内教授を中心に集まった設立当初のメンバーが、宇都宮大学と国道を挟んで真向かいにあるスペースを、事務所として地域の有志から無償で借り上げたのが2002年。当初は、政策提言系のシンクタンクを目指し、総勢10名ほどの有志でNPO法人化を検討していた。
 しかし、議論の中で政策提言系のNPOの成立が困難であるという結論に至り法人化は断念、設立当初のメンバーで残ったのは、陣内教授と荻野夏子さんを含むわずか数名となった。
 その後、同研究所は、実質的にはメンバー各自の責任性のプロジェクトに活動の場を提供する、プラットフォーム的な役割を担うようになっていく。
 最初に立ち上がったのは、市民による情報発信を目的とした非営利の出版事業「とちぎ市民文庫」である。「本来なら世の中に知らせていくべき内容でも、それが必ずしも採算ベースに乗るとは限りません。市民が草の根から情報を発信していくべきだという思いから、私が関わっていたNPO法人の解散の経緯を陣内先生と共著で本にまとめたのが最初でした」と語るのは、前出の荻野さん。


地域の縁側プロジェクト

 地域の縁側プロジェクトは、同研究所の活動の大きな柱のひとつである。
 関連するおもな活動としては、2004年に事務所のあるスペースの一角で始まった「駄菓子屋・飴ん坊」と、その隣の店舗を改装して2005年から続いているコミュニティ・カフェ「ソノヨコ」がある。「駄菓子屋・飴ん坊」は、陣内教授の教え子である宇都宮大学の学生が始めたプロジェクト。「研究室の学生が、子どもの遊びや子どもの居場所を卒業論文のテーマにしたのです。そして、駄菓子屋が子どもに人気があると知り、実際にやりたいと言い出した。なので、私が2〜3万円の出資をし、彼女はそのお金で知り合いのツテを使って駄菓子を仕入れてきて、その日のうちに駄菓子屋をオープンしてしまいました。彼女が卒業した後は他の学生たちや地域の人たちが引き継ぎ、今も週1回のペースで継続しています。地域のお祭りなどから出張の依頼がくることもあります」(陣内氏)。
 さらに、宇都宮大学の正面の空き店舗を、研究所メンバーや地域の人たち、学生などが協力し合って整備した市民の手による市民のためのコミュニティ・ビジネス支援施設コミュニティ・カフェ「ソノヨコ」は、2005年1月のオープン以来、地域の人たちによる曜日替わりシェフ・システムで、店に立つ顔ぶれを時とともに変えながら、現在も営業を続けている。
 もともとは2003年に学生の起業意識に関するアンケートを実施したところ、起業に対する関心が思いのほか高かったことから、実験的に期間限定のカフェ運営を企画し、中心市街地の踏査をするなどして検討した。しかし、賃料が高く断念し、かわりに、同研究所事務所の隣の店舗を非営利ということでオーナーから無償で借り受け、市民参加で整備したのである。
「ソノヨコ」は、単なる飲食店ではなく、地域の人たちの居場所づくりと、参加者のコミュニティ・ビジネスのための道場としての役割を担っている。当初は荻野さんも「TESIO」という屋号で1年ほど営業に関わり、陣内教授はスタート時から一貫して現在にいたるまで、月1回の割合でまちづくりの相談を行なう「まちづくりカフェ・コモン」の運営を行ないながら、地域の人たちのまちづくりの相談に乗っている。


研究所から生まれて巣立つ活動

 コミュニティ・ビジネスのインキュベートを目指す研究所から、今年の夏、はじめてNPO法人も生まれた。同研究所のプラットフォーム上で行なってきた複数の活動や人のつながりの流れが発展して、荻野氏を中心として「NPO法人もうひとつの働き方ネットワーク」が設立されたのである。
 これについて荻野氏は、「私自身シングルマザーなので、社会的排除、とくに働く場からの排除には高い関心を待っています。この法人は、子育てや介護・看護をしながら、同時に地域も大事にしながら働ける環境づくりと仕事づくりを、社会的事業をつくることを通して実現していくための団体です」と語る。もともとは、起業に関心のある女性などを中心としたメーリングリストが同法人の設立のきっかけである。
 研究所で行なわれてきた住宅資源の再生を通じたコミュニティづくりのための「あなあき長屋プロジェクト」なども、新規設立法人で引き続き行なうという。では、研究所ではこの事業にはもう取り組まないのか。「営利目的ではないので、誰がやろうと、どの団体名においてやろうと構わないのです。むしろ、社会によいことならみんなでやったほうがいい」と陣内教授は言う。


ボチボチパワーで社会貢献

 とちぎ市民まちづくり研究所の事務所の入っているビルは、今後取り壊されることが決定し、来年の12月には事務所も「ソノヨコ」も立ち退きが予定されている。今後の活動はいったいどうなるのか?
「今後のプロジェクトに関してはいろいろと考えている最中ですが、すぐに場所を移して継続できるかどうかは、まだ未定です。「ソノヨコ」に関わっているメンバーや、事務所を無料で利用している市民グループの方たちは、新たに今の場所の近くに一軒家を借りて継続することを希望していらっしゃいますが、実際に活動の中心となって動いて下さる方が出現しないと難しいでしょう」(陣内氏)。
 法人格のない市民グループのいいところは、法人とちがって無理してまでやる必要はないことだと、陣内教授は言う。「だからこそ、続くんです。これがNPO法人だったら、そうはいきません」。
「社会貢献は、本当は道楽のようなものですよ。「社会貢献道楽」というものを、みんながもっと気楽にやればいいんです。市民活動は大してお金もかかりませんし、自腹を切るだけでも大層なことができます。われわれの団体は、参加者の方たちもボランティアをしなくちゃ!というような気負いはありません。道楽パワー、ボチボチパワー。お金にならないことには、人は案外パワーを出せるものですし、人に言われてやるのではなく、自分自身のために何かをしようとする時、人は底なしに力を出せるのではないでしょうか」。