「まち むら」102号掲載
ル ポ

幼稚園仲間の母親たちから広がった多彩な活動
北海道苫小牧市 NPO法人エクスプローラー北海道
 2008年8月のある朝、北海道苫小牧市東部の新興住宅地。ランドセルを背負った女の子が元気に駆け寄り、子どもたちとオレンジ色のジャンパーを着た大人の長い列に加わる。地域のボランティアが「運転手」「車掌」を務めるウオーキングバスの運行風景だ。「今度はいつ来るの」「朝ご飯食べたかい」「眠そうだね」「手をつないで」。そんな会話が“車内”から聞こえてくる。
 小学校と保護者、地域住民で構成する「サポートボランティア」が今年7月に始めた全国的にも珍しい取り組み。アドバイザー役としてこの取り組みを提案したNPO法人エクスプローラー北海道(エクスプローラー)の佐藤一美代表理事は「ボランティアの協力も増えており、子どもと大人の交流の輪が広がっている」と手応えを語る。
 エクスプローラーは地域づくりを通して子どもたちの健全育成に励んできた「お母さん集団」だ。幾つもの葛藤を乗り越え、今に至るとも話す。活動の軌跡を振り返ってもらった。


普通のお母さんたちのはじめの一歩

 苫小牧市は北海道の南西に位置する道内屈指の工業・港湾都市。人口は横バイ状態にあり、今年7月末現在、約17万3000人。
 このまちで暮らす母親たちがエクスプローラーを立ち上げたのは2005年8月。安心なまちで健やかに子どもたちを育てたいと願い、誰もやってくれないと不満を募らせているのではなく、自らできることを始めた。
 メンバーはもともと、市内の幼稚園で、園児への英語学習のボランティアに参加して知り合った普通のお母さんたち。市民活動の未経験者だ。
 今から6年前、全国的に早期の英語教育の必要性が叫ばれていた時期で、現代表理事の佐藤さんが海外生活を経験して英語が堪能だったことから、ほかの園児の母親たちが関心を持ってくれたこともあり、幼稚園と保護者の共同で英語学習を進めることになった。
 お母さんたちが自ら英語の勉強を重ね、子どもをあきさせないように読み聞かせ、歌や踊りで創意工夫して、園児に異文化体験を教えた。お母さん自身学ぶうちに、国際交流や環境問題、コミュニケーションなどにも興味や関心が出て、今の活動につながっていく。
 現法人副代表理事の高橋順子さんは「人前に立つのは苦手な方だったけど、子どもたちとの触れ合いから得るものが大きく、ものの見方も変わった。公園とかで子どもたちが危ないことをしていたら、自然と声を掛けられるようになった」と笑顔で話す。


子どもをどう守るか−子どもの安全意識を調査

 法人を立ち上げてまず、自分たちの広がった興味関心を、子どもの健全育成をテーマにしたフリーペーパーという形で発信した。
 その矢先、広島を始め各地で小学生が狙われる通り魔事件が相次ぎ、苫小牧では子どもの安全確保の機運が高まり、各地域でパトロール活動が活発になっていった。エクスプローラーも「子どもの安全をどう守るか」に注目したが、パトロール活動のみではすべての子どもを常に見守ることは難しく、これだけでは安全確保に限界があるとも感じていた。
 そこで、市防犯協会や教育委員会の協力を得て、市内の全小学校児童約1万人を対象に安全意識を調べるアンケート調査を行ない、子どもの防犯意識の把握に取り組んだ。
 調査からは、苫小牧市が進める「SOSの家」運動でステッカーを貼った一般住宅や商店、コンビニなどの緊急避難場所は、調査時点で4000軒に上っていたものの、子どもたちの半数が通学路上でSOSの家を認識していないことが判明。また、向う三軒両隣の人をほとんど知らないなど、地域の大人と子どものつながりの希薄さも浮き彫りになった。この結果はフリーペーパーにまとめて、解説を入れて発行した。


「犯罪機会論」と地域安全マップとの出合い

 子どもの安全確保のために有効な方法を模索する中で、エクスプローラーは1冊の本に出合う。立正大学で犯罪社会学を教える小宮信夫教授の『犯罪は「この場所」で起こる』(光文社新書)で紹介されていた「犯罪機会論」に、防犯活動の活路を感じる。
 犯罪機会論は、犯罪者の犯行動機から防止策を探るのではなく、犯罪が起こる「場所」に着目して防止策を見出す考え方だ。小宮教授は、犯罪が実行される場所は周りから「見えにくく」「入りやすい」の二つの特徴があると指摘。この理論を応用し、防犯教育に地域安全マップの作成を推奨していた。地域安全マップは危険を見分ける能力が身に付く上、子どもが大人とコミュニケーションを取って、冒険感覚で楽しめることに親たちは惹かれた。
 すでに市内のほとんどの小中学校で危険箇所をまとめたマップはあったものの、いずれも犯罪機会論の観点で作られてはいなかった。母親たちはすぐに行動。2006年8月、日本財団の助成を始め、新聞社や企業の協賛を集め、市教委や市などの後援を受け、小宮教授を招き講演会を開催した。小宮教授は地域安全マップの効果を分かりやすく説き、佐藤さんは「地域のきずなを生かした防犯活動の指針を示す内容だった」と振り返る。
 しかし、当日の来場者は定員500人の会場に50人ほどで、「力不足を実感した」という。正しいマップの効果が十分に伝えられなかったのが、とても悔しかった。
 小宮教授から「行政ではなくNPOが子どもの安全に取り組むのは全国的に例がない。開催した事実はきっと将来重要になりますよ」と励まされた言葉が、メンバーの母親たちの心に強く残った。


楽しい仕掛けで、まち全体を巻き込んだ活動へ

 関心のない人にどうやって伝えるか。改めてお母さんたちの試行錯誤が始まった。
 正しい地域安全マップを普及するためマップコンテストを開催。エクスプローラーのメンバーも地域に飛び出し、マップ作成の出前講座をはじめ、マップ作成の指導ができるサポーター養成にも着手。子ども向けに紙芝居もつくって、奮闘した。
 また、地元警察に協力を仰ぎ、交番をマップの提出先にしてまちぐるみの取り組みとの機運づくりも進めた。
 作品展示は市内の大型ショッピングセンターで行ない、来店客も見詰める中で表形式や活動報告も実施した。たくさんの大人の前での発表に、「緊張した」と子どもたち。ただ、どこか誇らしげな表情を浮かべた。
 一連の活動はDVDにまとめて市内の小中学校に配布。マップ作りの参考書としてマップ作品集も作成した。あの手この手の情報発信の結果、いつの間にか市内のほか他市町からも問い合わせを受ける活動になっていた。来年1月に3回目のコンテストを開く。
 現在、防犯活動、地域コミュニティの再生、さらにはエコ活動にもつながる新たな事業を推進している。それが冒頭の「ウオーキングバス」だ。「学校への自動車送迎を減らし二酸化炭素削減というエコな要素と、何よりも子どもたちが楽しそうに大人と会話を交わし、地域に温かい雰囲気が広がる」とその魅力を話す佐藤さん。楽しく、大人と子どもがたくさん学ぶ機会をつくる。そんなポリシーをにじませつつ、お母さんたちの挑戦はこれからも続く。