「まち むら」102号掲載
ル ポ

生ごみリサイクルで広がる人と人とのつながり
長崎県長崎市 横尾西部自治会
甘い野菜に歓声を上げる子どもたち

「このトウモロコシ、あま〜い」−。夏休みが始まったばかりの7月下旬、長崎市立横尾小学校の学校菜園。食育の一環で児童たちが育てているトウモロコシや枝豆、ミニトマトといった夏野菜が実りの時期を迎え、児童たちが楽しそうに収穫。手にした生の野菜を恐る恐るかじった児童たちは、まるで果物のように甘いその味に驚きの歓声を上げた。菜園の野菜は、生ごみを堆肥化した土で作った元気野菜だ。
 野菜作りを指導するのは、長崎県長崎市の横尾西部自治会生ごみリサイクル部のメンバーたち。児童たちが学校給食の残飯を肥料に変え、野菜を育てるという取り組みが始まって今年で3年目を迎えた。於保孝一校長は「自分たちで育てることで食材に愛着が沸き、野菜好きの児童たちがぐんと増えた」と目を細める。自治会活動の一環として同部のメンバーたちが始めた生ごみリサイクルによる野菜作りは、メンバーたちの親睦だけではなく、地域の子どもたちの食育や、地域全体の住民の力を高める役割も果たし始めた。


自治会に生ごみリサイクル部を発足

 長崎市北部に位置する横尾団地。一般住宅や県営・市営アパート群が建ち並ぶ閑静な住宅街で、計2600世帯が9連合自治会を形成している。その中のひとつ、横尾西部自治会は、2戸建て住宅や旧来からの家屋が混在する約440世帯の会員で構成する。約30年前に開発されたこの団地は現在、子どもの進学や就職で一段落ついた主婦や、定年退職を迎えたり、その直前の年齢の男性たちの姿が目立ち始めている地域でもある。
 同自治会生ごみリサイクル部が活動する拠点は、地区の自治会巣会所のすぐそばにある共同菜園だ。敷地の入り口付近に差しかかると「いのちいっぱい生ごみ利用家庭菜園」と書かれたカラフルな看板が目に飛び込んでくる。敷地の広さは約400平方メートル。メンバーたちは20平方メートルごとに整備した計27区画の菜園で、トマトやナスビ、キュウリ、ニガウリといった野菜作りを思い思いに楽しんでいる。菜園で毎日のように顔を合わせながら、作った野菜を交換したり、世間話や野菜の栽培技術などの畑談義に花を咲かせている。
 同部が活動を始めたのは2004年4月。当時の自治会長が、佐世保市を中心に生ごみリサイクルブームを巻き起こした「大地といのちの会」代表、吉田俊道氏の講演を聴いたことがきっかけだった。その講演の内容は、家庭から出る生ごみと、米ぬかに微生物を混ぜた「ボカシ」を混合、畑の土とあえると、数週間後には栄養価の高い堆肥に生まれ変わる。家庭の生ごみの減量につながり、おいしい野菜づくりも楽しめる、という趣旨のものだった。そうした一石二鳥のメリットを生かし、自治会活動の魅力を高めようと、町内で同じような取り組みをしていた岩崎信幸さんを中心メンバーに発足した。


テレビのリモコンを鍬に持ち替え

 メンバー入会を住民に呼び掛けた際、岩崎さんが驚いたのは、それまで自治会活動とは無縁だった男性の姿が多かったことだという。現在、同部のグループ長を務める出田勝義さんは呼び掛けに応じた一人で、当時は地元のバス会社を定年退職したばかりだった。「毎日、テレビで大リーグ中継の観戦に明け暮れ、家内からは粗大ごみ扱いだった。定年後の新たな居場所を見つけたいという思いで参加した」と冗談交じりに振り返る。鹿児島県出身の出田さんは、幼少時代の経験もあり農作業はお手の物。テレビのリモコンを鍬に持ち替え、第二の人生をスタートさせた。現在、出田さんは同部にとって欠かせない人物として、メンバーヘの野菜づくりのアドバイスや県内各地域から招かれ、生ごみリサイクルの指導に飛び回る忙しさだ。
 会則に基づいた年間活動は、多岐にわたっている。メンバー総出のボカシ作り、「よこお菜園ニュース」の発行、県内外で無農薬有機栽培に取り組む農園の視察、地域の保育園の生ごみ回収、ほかの自治会や市民団体向けの出前講座…。また、毎年11月に開かれる地域イベント「よこお祭り」では、菜園で収穫した野菜を販売する。住民の間にも安全・安心な無農薬有機野菜との評判は知れ渡り、出店ブースに並べた野菜はすぐに完売するほどの人気ぶりだという。多くの住民にも理解を得た同自治会の生ごみリサイクルの取り組み。その活動は食育の一環として地域の小学校の教育現場でも生かされている。
 2005年7月に食育基本法が施行され、教育現場では子どもたちが食に関する正しい知識や食習慣を身につけることができる施策を推進することが求められている。とはいえ、学校教育課程に食育という授業が単独であるわけではない。それぞれの学校では、教科や特別活動、道徳、総合学習や給食指導の中で、独自の施策をいかに進めていくかということが課題になっている。
 そこで長崎市立横尾小学校では、横尾西部自治会生ごみリサイクル部の活動に着目した。見童たちに作物を作る難しさや楽しさを学んでもらおうと、岩崎さんや出田さんら部のメンバーをゲストティーチャーとして招き、2006年度から「元気野菜作り」に取り組み出した。2年生は「生活科」、5年生は「総合学習」の時間を活用、年間計画を作成し、学校給食の生ごみや残飯を利用した堆肥作り、畑の整備、野菜の苗の植え付けから収穫までを体験してもらうという狙いだ。


疎遠だった学校とのつながりも緊密に

 こうして作られた野菜は、自校の学校給食の食材として活用する。今年も早速、1学期に子どもたちが育て、収穫したハクサイの漬物が給食のメニューとして出され、“横尾小学校産”の野菜の味に舌鼓を打った。於保校長は「自治会の取り組みは、団地の中で循環型農業を実践している好例。都市型のサラリーマン家庭の児童にとって、非常に身近で分かりやすい教材」と絶賛する。
 同校の「元気野菜作り」は、学校外でも思いがけない成果を生み出した。「あっ、生ごみのおじちゃんだ!」−。岩崎さんたちが学校に足を運ぶようになって以来、指導した児童たちから親しく声を掛けられる機会が増えたという。「自分の子どもが学校を卒業すると、地域の学校とは疎遠になりがち。授業を通して児童と知り合うことで、学校と地域との関係がより緊密になった」と岩崎さん。今年11月には、保護者が主催する生ごみリサイクルの実習も開催する計画も進んでおり、取り組みは児童たちの家庭にも徐々に浸透し始めている。
「環境や地域へ貢献しているという自信、次はみんなで何をしようかというわくわく感。生ごみリサイクルは、本当の豊かさや生きがいを与えてくれた」と岩崎さんは語る。生ごみリサイクルを通してつながる地域の人たちの豊かな人間関係。横尾西部自治会生ごみリサイクル部の取り組みは、人や学校、地域を結ぶ大きな力として、地域の人々の生活の中に広がり続けている。