「まち むら」101号掲載
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災害時高齢者助け合いネットワーク
東京都世田谷区・桜丘1丁目町会
 災害が発生した時、高齢者や障害のある方など、「災害時における要援護者」の安全を確保することが地域防災の大きな課題となっている。そうした中、町会や自治会が区など行政と協力して取り組む「災害要援護者支援事業」の動きが活発だ。これは、災害発生時に援護を必要とする人々を見逃すことがないよう、「災害要援護者名簿」を作成し、名簿の使用目的や管理等に関して自治体と協定を締結した町会や自治会にその名簿を提供、そうした情報を活用して、災害時の助け合い活動を支援するもの。現在、東京都世田谷区では、区内16の町会や自治会と協定を締結している。こうした活動を、平成17年から先駆的かつ独自に取り組んで東だのが、世田谷区内の桜丘1丁目町会である。


まずはサポート員を集めよう!

 桜丘1丁目は、区のほぼ中央にある閑静な住宅地。地域の南半分を東京農業大学が占め、西に桜丘小学校が控えている。町の人口は2071(平成20年3月末現在)1066世帯が暮らしいる。この町に代々暮らして来た桜丘1丁目町会長の大木重永さんは、平成17年秋に立ち上げた「災害時高齢者助け合いネットワーク」の背景について、こう述べている。『町会の仕事のひとつに、助け合いと信頼ということがあります。ある時、町会で意識調査をしてみたら、みんなが共有している問題が、防災であり、危機管理問題でした。それで、町民参加と防災とを結びつけようとしたんです。当時、75歳以上で介護の必要な人とそのサポート員を集めよう!ということで始まったんです』。このネットワークを構築する上で、不可欠だったのは、防災意識が高く要援護者支援の目的意識を共有出来るサポート員を見つけ出すことだった。結果的に、その体制作りに1年の歳月を費やしている。要援護者1名に対してサポート員1名、それも傍らに住み信頼出来る人でなければならない。こうした両者の初顔合わせなどの機会には、大木町会長が自ら出向き、必ず立ち会ったと言う。


「災害時助け合いマップ」の作成

 桜丘1丁目町会が立ち上げたこのネットワークは、75歳以上で、介護が必要な独り暮らしか、夫婦のみの世帯の人を「災害時要援護者」として町会の名簿(災害時助け合いマップ記載承諾書)に登録、地域に住むボランティアのサポート員が、災害発生時に、要援護者たちの安否確認を行ない、必要に応じて救出や救護、避難誘導などを行なう仕組みで、平常時でも要援護者が、困っていた時には、その相談に来るという体制を言う。当初は、要援護者1名にサポート員1名の体制でスタートしたが、より密度の高い支援体制を築くため、今では3名から5名で1グループを編成。そして、桜丘1丁目全体の状況をネットワーク化した「災害時助け合いマップ」を作成した。平成20年6月現在、13名のサポート員を支援担当として登録し、複数での対応を図るために、三つのグループに分かれて活動中である。
 実際に、マップを見せてもらってわかったことだが、要援護者とサポート員が各々色分けされていて、とてもわかりやすい。それと両者の間が隣の家同士といったケースもあり、とても近い距離で結ばれていることに目を見張った。このマップによって、要援護者とサポート員両者の居住する場所や位置関係が明確になり、サポート員が不在の場合でも、チームの他のサポート員でカバーすることが出来る。このマップは、ネットワーク活動を進めていく上での基礎資料であり行動の基準となるものだ。なお、最近では、家族で高齢者を介護している世帯のなかにも、この助け合いマップヘ要援護者として記載、登録(5件)するケースも出始めている。また、サポート員のほとんどが、60代のため、若い力を借りようと、平成19年秋、同じ桜丘1丁目町会の一員でもある東京農業大学と「覚書」を調印、相撲部と柔道部の学生、28名がサポート員として登録している。


このシステム推進に当たっての苦心

 このシステムの立ち上げ当初、最も苦労したのは、プライバシーや個人情報に対する配慮である。世田谷区と昨年6月協定を結んだ下馬2丁目北町会でも、要援護者への対応方法や取り扱いに苦労している。「近隣に住む方との連携を図ろうとしても、近所に知られたくない要援護者もいるなど、要援護者の方への気配りをする必要がある」と指摘する。桜丘1丁目町会の要援護者の場合、そのほとんどが女性である。しかし、サポーター員は男性が多く、そのため、民生委員をしていた女性の方に町会役員になってもらい、要援護者宅のフォローを行なっている。
 ちなみに世田谷区と協定締結後に町会や自治会に提供される要援護者の名簿は、活動区域内の民生委員・児童委員との連携や協力のために、現在は共有の情報として活用されている。この名簿は、年に1回区で更新している。病を持ったお年寄りが、突然亡くなってしまったり、施設等に入所する場合も多く、それゆえ最新の情報をいかに正確に掴むかがとても難しく、課題ともなっている。


災害時助け合いのシミュレーション

 6月28日の土曜、地区内にある桜丘小学校で「サポート員連絡会議」を開いた。今まで支援を行なうサポート員の会議は、年に4回程実施し、訓練や意見、情報の交換を行なってきた。ネットワークの運用からほぼ3年が経過し、サポート員や要援護者にも多くの変更が見られ、東京農業大学と連携するなど状況も大きく変化したため、このシステム及び災害時に当たっての動き等を確認するために開催されたもの。町会のサポート員や農大のサポート員あわせて30名余りが出席した。その席上で、サポート員や要援護者の名簿の確認、助け合いマップをもとに地区別ゾーンの確認、さらにサポート員と要援護者の居住位置の確認等を行なった。今回初めて、災害時での実際の動きのシミュレーションも行なった。その動きは、次の通り。
 サポート員自宅→グループごとにサポート員集合場所への集合→要支後者宅への安否確認に急行→本部への状況報告及び支援要請→長大サポート員による要援護者宅への援助急行→一時避難場所への搬送。
 この模擬訓練を見学した世田谷区総合支所地域振興・防災担当の高田聡係長は、「災害時には若い人材が大きな力になる。町会が主体的に訓練を企画し、町内にある大学と連携した意義は大きい」と述べている。町会の防災部長大江亮一さんは、「模擬訓練とはいえ、動きを入れたシミュレーションを行なうことによって、イメージをつかむことが出来たし、当システムヘの理解をさらに深めることも出来た。次は、実際に町内で訓練を行なうことを検討したい。長大サポート員の参加も、連携を確認するという意味でも大きな効果があった」と言う。
 桜丘1丁目町会が取り組んでいる「災害時高齢者助け合いネットワーク」は、「向こう三軒両隣」という言葉にあるように、地域の助け合いや連携、その原点に立ち返ろうとする、着実な動きである。