「まち むら」101号掲載
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千代の子どもを千代で育てる
長野県飯田市・千代自治協議会/社会福祉法人千代しゃくなげの会
 地域の住民が、社会福祉法人を設立して保育園を運営するという全国的にも珍しい取り組みをしている地区がある。長野県飯田市千代地区で平成17年秋に設立した「千代しゃくなげの会」である。若者が定住する活力ある地域づくり、多様な福祉サービスの提供、利用者の健やかな心身育成などを活動目標として掲げている。将来的には高齢者福祉施設の開設とその運営も準備中である。法人立ち上げの発端は、園児減少によって公立として存続することが不可能となった保育園を地域ぐるみで守るためであった。


廃園して統合か、民営化して分園か

 千代地区は、飯田市を流れる天竜川沿いの山間部にある自然に恵まれた地域である。棚田や畑、果樹園が散在している。人口は1968人(平成20年5月現在)で世帯数は633戸。「千代」(ちよ)と「千栄」(ちはえ)という二つの地区に分かれており、それぞれに小学校と保育園がある。しかし、平成15年度から千栄保育園の園児数が2年連続して10人未満となった。そのため、飯田市から地元の自治協議会に次の提案があった。一つは、千栄保育園は廃園し、千代保育園に統合する。もう一案は、存続するなら千代保育園を民営化し、その分園とする。平成16年初めから、保育園のあり方に関する住民と市側との協議、さらに、地域内でも説明会や勉強会を度々開催した。当時、千代保育園の園長だった松島淑子さんは、こう振り返る。「保護者との会合は、多いときには週に3回、夜の12時過ぎになったこともよくありました。『千栄』も『千代』も一つの地域だという意識が、みんなにありましたね」。また、保護者の一人、林由美さんは、「保育園が民営化すると、直接どういう影響が出てくるのか、わからなかったし、保育の質が変わりはしないかといった不安もあった。でも、地域が守ってくれるという安心感はあった」と述べている。度重なる会合を開いたが、民営化すると保育園はどう変わるのか。経営は誰が行ない、成り立つのか。保育の質が低下しないかなど疑問や不安が住民の多くにあることから、自治会としても早急に結論を出すべきではないと判断。保育園や小学校の保護者や自治会役員などの団体関係者17名による、「千代地区保育園問題特別委員会」を5月に設置。1年余りの時間をかけて民営化について検討を重ねた。そして平成16年11月、定例自治会において、千代保育園を民営化、千栄保育園をその分園とすることを決定、社会福祉法人を設立することを全員一致で決議した。


1000万円集め千代しゃくなげの会設立

 社会福祉法人の設立には、1000万円の基本財産が必要である。千代地区の全戸から1万円を徴収して、およそ600万円。残りは篤志による寄付で賄うことが出来た。その中には、東京など地域外に住む千代出身者からの寄付もあったと言う。飯田市役所の自治振興センター菅沼利和所長は、こう述べている。「千代という地域は、昔からみんなで一緒にやろうとする結束力の強い地区なんです。例えばお孫さんがいない老人の世帯でも、地域の保育園を守ろうとする篤い気持ちがありましたね」。こうして「千代の子どもを千代で育てる」という地域の願いを共有する社会福祉法人「千代しゃくなげの会」が、平成17年秋に誕生した。


民営化された保育園の運営

 民営化すると保育園の運営はどうなるのか。人件費や食料費、維持費などの運営費用は市内の市立保育園と同様、市民税の中から園児数に応じて各園に分配される保育料が充てられる。しかし、公立でないため、保育料のみで運営していかなくてはならない。一方、飯田市は、将来に渡って保育園運営の手助けを行なうことや、保育園の施設である土地や建物、備品などは無償貸与し、大規模な改修は市が行なうことなどを法人との間で取り決めている。千代保育園の園児数は28名、千栄保育園は16名である(7月現在)。そして、来年度の卒園者は、千代で10名。千栄で5名。入園者数は、それぞれ6名、5名。千代保育園の園長で千代しゃくなげの会の理事長でもある北澤三彦さんは、「毎年園児の数は、減少傾向をたどっており、少子化は、保育園の経営面においても深刻な問題となっている」と述べている。その一方で、先々の園児数の増減をある程度見込めるため、職員の数を制限したり調整が可能なため、計画的な経営がしやすい面もあるとも言う。北澤園長や職員たちが興味深い話をしていた。「地域のお母さんに第三児が授かった」話であり「この地区に移り住む予定の家庭の引っ越しが延期になりそう」といった話だった。そして次の言葉が印象に残った。「これからは、1人の入園児が来るか、来ないかは、保育園の経営にとっても、とても重要な事なんです」


民営化で保育の質やサービスが向上

 民営化で保育園の中身はどのように変わったのか。就学前の1・2歳児にも保育対象を拡大した未満児保育、さらに、朝の7時半から19時まで(民営化前は、8時から16時まで)保育時間を拡大した延長保育、地元の小学生が放課後の時間を過ごす学童保育などを実施し、保護者の働きやすい環境を支援している。民営化前に千代保育園の園長、民営化後も副園長をこの春まで務めた松島さんは、こう述べている。「民営化ならではのサービスを提供したい、保育の質も向上させたい、という一心でやって来ました。未満児保育や延長保育なども大切ですが、なによりも日々の保育を充実させる事が重要です。例えば、千代の地域の豊かな自然と触れ合い、千代という地域の良さを学び、感性豊かで、心身ともにたくましい千に育って欲しいですね」。


「地域を知る」保育活動

 千代保育園では、保育活動のなかに「地域を知る」ことをねらった活動を積極的に取り入れている。そのひとつが「良育」。穀物や野菜、肉、果実などを生産する地域の農家21戸と契約し、地元で収穫された食材を給食に使っている。月に1回の「食育の日」には、地域の食材だけで給食を作る。そして、良材の生産者を園に招き、子どもたちと一緒に給食を食べることでお互いの交流を図っている。また、地域の「棚田保全会」と連携して行なう、棚田の保全や畑づくりに園児たちが参加、そこで農業を体験するなど、千代地区を知る上で貴重な機会となっている。「地域を知る」もうひとつの活動が、地域の「散歩」である。通常の保育で散歩に出掛けるのはもちろんのこと、年に2回は、お弁当を特って、1日がかりで地域を散策する日を設けていると言う。「食育」も「散歩」も千代地区の特性を十分に活かした「地域を知る」上でこの上ない保育活動である。「千代の子どもを千代で育てる」という共通の願いを特って地域住民が立ち上げた社会福祉法人「千代しゃくなげの会」は、誕生から間もなく3年目を迎え、着実な歩みを続けている。