「まち むら」100号掲載
ル ポ

おしゃれを楽しんで環境を守る
東京都中野区・手作り工房
 大きなガラス窓から差し込む春の日差しを受けながら、20人ほどの女性たちが、思い思いに洋服づくりに取り組んでいる。東京都中野区で活動する「手作り工房」が月に1度、区の環境リサイクルプラザで開く講習会には、区内はもちろん、遠く埼玉県や千葉県からも会員がかけつけ、小物や洋服づくりを楽しむ。彼女たちが手にしている布はすべて和布。それも、古い着物をほどき、洗って汚れを落とし、あるものは染め直して再生させた古布である。


着物に宿るリサイクルの知恵

 手作り工房代表の渡辺和子さんと副代表の磯崎潤子さんは、2001年に、区民のなかから選ばれた同プラザの運営委員として出合った。やがて運営委員の有志は「エコライフ中野」というグループを結成し、区民を対象にリサイクルの講習会を開始する。
「バザーに出したり、ごみに出したりする前に、自分で古い衣服を生かす技術を広めようとしたんです」
 磯崎さんはその目的をこう語り、渡辺さんは講習の内容を次のように話す。
「傘布からエコバッグ、ネクタイからポーチ、ワイシャツからエプロン――と、いろんなことに挑戦しました」
 取り組んだ作品は多岐にわたるが、やがて作品づくりの中心は着物へと収斂されていく。洋服は体に合わせて布を裁断するのに対し、和服は可能なかぎり反物に鋏を入れず、着付けによって布を体に合わせる。手縫いの糸をすっと引けば、ふたたび1枚の布に戻り、何度でもくり返して仕立て直すことができる。リサイクルのための知恵が随所に生きていた。
 渡辺さんと磯崎さんは、そんな日本古来の着物を大切にしたいと、和布で小物や洋服を作る活動に専念するため、2004年に手作り工房を立ち上げた。


古布が生まれ変わる

 講習会の会場には、色も文様もさまざまな、色とりどりの和布が並ぶ。いずれも織りや染め、絞りや刺繍など、どの技も日本各地の風土に育まれた工芸品でもある。十分な長さがない布は、傷みが激しく、汚れがひどいため、生かせる部分だけを再生したもの。すべての布は、7人のスタッフの手でよみがえった。
 環境リサイクルプラザは、中野区の古布の回収拠点でもある。区民が回収かごに持ち込んだ古着や古布は、手作り工房を含め、この施設を活動拠点にする団体が、再利用を図ると同時に活動資金を捻出するため、まずバザーで販売する。
 そのため、各団体は交代で、古着としてバザーに出せるものと古布問屋に送るものとを選別する。バザーに出せない服のなかからも、ダンボールコンポストのカバーにするTシャツや、布ぞうりの材料にする端切れまで救い出し、できるだけ生かす努力をする。回収された古着のほとんどは洋服。手作り工房が利用する浴衣や和服は、1割にも満たない。
「まず着物として売れそうなものをバザーに出します。なるべく着物のまま生かしたいので、何度も何度もバザーに出します。それでも売れ残ったもの、また傷みや汚れがひどいものを、今度は布として生かすんです」(渡辺さん)
 その着物を和田和子さんがほどき、渡部孝子さんが自宅に持ち帰って洗い、宮本清子さんがアイロンをかける。手を尽くして生まれ変わった布に、スタッフが話し合いながらささやかな値段をつけ、作品づくりの材料として会員に供する。


古布を生かして環境を守る

 衣料は食料とともに生活に欠かせないものでありながら、どこでだれがつくったのかが問われることは少ない。しかし、繊維の大量消費は世界の環境問題と深く結びついている。世界で生産される繊維は綿、羊毛、合成繊維にほぼ三分される。合成繊維の原料である石油はもちろん、綿と羊毛の全量を輸入する日本の繊維原料の自給率はゼロ。海外の資源をもとに糸の8%、布の9%、衣服の19%が、国内で製造されているにすぎない。
 このうち綿は、世界の農地の2%で栽培されている。綿花畑には、綿花を食い荒らす害虫を殺し、綿花が収穫しやすいように枯葉剤を散布して葉を枯らすため、膨大な農薬が投下される。その量は世界で生産される農薬の25%に達するといわれ、栽培地帯に深刻な環境破壊と健康被害を引きこしている。
「20世紀最大の環境破壊」といわれるアラル海の縮小は、綿花栽培によって引き起こされた。中央アジアのカザフスタンとウズベキスタンにまたがる塩湖は、かつて世界で4番目に大きな湖だったが、上流の綿花栽培によって流量が激減。海面が縮小して漁業が壊滅しただけでなく、干上がった海底から塩や農薬が舞い上がり、周辺の住民に深刻な健康被害をもたらしている。世界中から綿花や絹製品を輸入する日本は、生産国で起きている環境破壊と無縁ではない。
 それにもかかわらず、購入された繊維のほとんどが数年のうちにごみになる。経済産業省の「繊維リサイクル懇談会」が2001年にまとめた報告書によれば、日本では年間229万トンの繊維が消費され、171万トンがごみとして排出されている。このうち古着、反毛原料やウエス原料として再商品化されるのは9.5%にすぎず、90.5%にあたる155万トンが焼却や埋め立て処分されている。古布の利用には、ごみを減らし、繊維原料の生産や輸送にともなう環境負荷を軽減する大きな意義がある。


環境活動と創作活動の融合を

 一般に、リサイクルした作品は、リサイクルそのものを目的とするため、実用性や機能性のないものや、デザインや作品としての完成度を深く追求しないものが少なくない。だが、手作り工房では、古い着物を再利用する環境活動と同じくらい創作活動に力を入れ、多くの人が使いたいと思う小物、身につけたいと思う洋服を考案し続けてきた。
 そのため、7人のスタッフは月に一度、第1木曜日に研修会を開き、アイデアを持ち寄り、みんなで試作しながらデザインや作り方に工夫を加えていく。こうして吟味された作品が月に一度の講習会で会員に紹介され、作り方が伝えられる。これまでデザインし、完成させた見本は約60点。そのすべての型紙も起こした。
 講習会の参加者は1回500円の参加費を払うと、見本のなかから好きなデザインを選び、300円の型紙と、ほどいて再生した古布を購入する。これが会の運営費になる。久しく針を手にしていない、ミシンに触ってもいないという人でも、ひとりひとりの技術に応じた指導を受けながら、世界にひとつしかない自分だけの服づくりを楽しむことができる。
 すぐれた作品づくりが古布を生かし、環境を守ることにつながるとして、代表の渡辺さんはこうほほえむ。
「おしゃれでいいものをつくらないと、せっかくの古布が生きません。これからはよそいきよりも普段ちょっと羽織ろうと思える作品づくりに力を入れ、古布の魅力を伝えていきたいと思います」