「まち むら」100号掲載
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若いお母さんたちが活躍する自治会
神奈川県横浜市都筑区・高山自治会
賃貸住宅中心のまちで80%の組織率

 「賃貸住宅の住人は自治会活動に無関心」。そんな風潮を覆し、賃貸住宅に住む世帯が全体の70%を超す地域でありながら、組織率約80%を誇る自治会がある。横浜市都筑区高山自治会だ。
 横浜市の北西部に位置する都筑区は平成6年に誕生した。昭和40年に始まった「港北ニュータウン開発事業」に伴って開発が進められた地域であり、人口の増加が著しく、平均年齢が市内で最も若い活力のある地区として知られている。中でも今回取材した高山地区の平均年齢は32.3歳(平成19年9月現在)で、区内の平均年齢36.8歳と比べても非常に若く、住人の多くは子育て真っ最中の若い世帯である。
 高山地区の居住形態別の世帯比率を見ると、一戸建て住宅・分譲マンションが約22%、賃貸マンション・テラスハウスが約70%、そのほかが8%という状況であり、組織率80%は驚異的な数字と見ることができるだろう。
 どのような対策を立て、どんな経緯を経て現在の高山自治会があるのか、高山地区を訪れた。地区に足を踏み入れると、道路の左右に整然と新しいマンションが建ち並び、ニュータウンならではの光景が目に飛び込んできた。住人すべてがよそから移り住んできた新たな住人で構成されるニュータウンは、昔ながらの地域コミュニティとどのような違いがあり、どんな課題を乗り越えてきたのだろうか。
 高山自治会は平成7年に産声を上げた。今年で13年目を迎える初々しい自治会だ。高山地区で9年間自治会長を務める井上晴彦さんは「その地域の平均年齢に近い人が自治会役員をやるべきだというのが私の持論」と開口一番、元気のいい言葉を発する。その言葉通り、高山自治会の役員14人中、井上会長をのぞく13人はほとんどが若いお母さんたちだ。その上、自治会発足当時から任期1年の輪番制というのが高山自治会の最大の特徴となっている。


プラスに働いた任期1年

 これは、発足当時から皆で自治会を創りあげていこう、そのためには多くの人が役員を経験して勉強していこうという考え方が基本にあったからだ。自治会の役員は輪番制で任期1年というシステムは、いちから地域社会を作り上げていくニュータウンだからこそ可能となった在り方といえるだろう。「こうでなければならない」と「従来の自治会の組織運営」に固執することもなく、会員が一丸となって新たな「高山自治会方式」を模索し、作り上げていった。同じメンバーが長期に渡り役員を務める自治会では、長年の経験が生かせるというメリットがある反面、新たな風が吹かず、活動の停滞を招く危険性もはらむ。当初、井上会長は経験や知恵が積み重なっていかないという点て、任期1年というシステムは組織にとってマイナスだと考えていたという。
「慣れたころに役員が交代となってしまう。残念だと考えていましたが、13年経ってみると今や役員経験者が住民の3割を超えている。この点では高山地区が他では例を見ない自治会組織となったということです。経験者が3割を超えるということは自治会の理解者が3割を超したということ、自治会の運営にとってこれは大きな力であり、誇りに思っていいのではないか」と井上さんは話す。


子ども連れで役員会に出席

 輪番制で任期1年という在り方を継続するために、高山自治会ではさまざまな工夫を凝らしている。役員のほとんどが若い女性であることから、仕事や子育てなどに配慮した活動の在り方を模索してきた。
 定例の役員会は毎月1回、日曜日の午前9時半から12時まで開かれ、基本的に夜間の会議はない。現在副会長兼総務を務める荒井美弥子さんは、「平成15年に高山地区に移ってきました。3歳と2歳の子どもがいるので役員の仕事が回ってきた時には正直なところ困ったという気持ちでした。今では子どもたちを会議に連れていくと、子ども同士で遊んでくれたり、他の役員さんが面倒を見てくれたりして助かります」と笑顔で話す。
 引き継ぎがうまくいかないという悩みは、総会をはさんで前後合わせて3か月、新旧の役員がだぶって活動を行なうことで解決した。新旧の役員が力を合わせて総会の準備をする中で意志の疎通が図られ、引き継ぎがスムーズに行なわれるようになった。現在は前期の役員が次の役員にきちんとバトンを手渡していく形が完成しつつある。
 18年度の会計を務めた小林慶子さんは「役員になって地域のことがよく分かり、知り合いも増えた。役員さんの苦労も十分に分かり、感謝の気持ちが湧いてきました」と話す。いいことずくめのようだが、若い役員に対する井上会長の配慮やサポートがあってこその成果といえるだろう。
 当の井上会長も現在に至るまでは、さまざまな思いを味わってきたようだ。ストレスから腸内出血を起こし、救急車で運ばれたこともある。
「みんなが1年で辞めるなら私も辞めるとごねたこともありました。役員をやってもありがとうの一言もないと思ったり」。そんな時、ある講演会で町内会の仕事に目的意識を持たないと切なくなるという話を聴き、町内会活動における自分の原点は何だろうと考えてみたという。平成8年、井上さんは平均年齢28.4歳(当時)という若いタウンに引っ越してきた。子どもたちが遊ぶ公園が汚れているのを目にし、「子どもたちの遊び場をきれいにしよう」と総会で提案したことが町内会活動との縁の始まりだった。「みんなからありがとうと言ってもらうことが自分の目的ではなかった。自分の住む町をよくしたいという思いが原点。もう少しこの町を見守っていきたいとその時心から思いました」と振り返る。


自治会のイメージが変わった

 高山地区は子どもたちの声が賑やかに響く町だ。副会長の一人森田めぐみさんは「これまで自治会は老人のものというイメージがありましたが、若い人たちも一緒になりみんなで動かしている高山自治会に驚きました。ここは子どもたちが中心の町。他のお母さんが他の子どもの面倒を見るという環境ができているので、安心して子育てができます」と町の住みやすさに太鼓判を押す。
 住人の3割が役員を経験する中で、ここで暮らす人々の意識も大きく変わっていったのだろう。人と関わりを持ちたくない、自治会に入りたくないという若い世代が増えていく日本において高山地区は貴重な存在といえる。井上会長は「その人が役員をやってよかったと思えるやり方を探せばいい。これまで通りのやり方では若い人はついてこない。工夫を重ね、年配の人は我慢も必要。若い人が育つことを待つ。子育てと同じですね」。井上会長はケータイメールを使ってのやりとり、情報の伝達など若い世代に合わせた対応もすばやく取り入れている。
 自治会が中心となった防災訓練、夏祭り、餅つき大会と活動は多岐にわたり、1年を通して活発に行なわれている。平成17年から「青パト車輛」を使って自治会による自治会内の防犯パトロールも開始したところ、犯罪被害が減少し、以来空き巣、ひったくりの被害はゼロ。安全で安心、子どもたちに優しい町が完成しつつある。
 これからの課題は?と井上会長に尋ねると、「自治会加入率をいかに維持していくか。どういう活動をしたら自治会の求心力を高めることができるのか考えていきたい。頭を柔軟に保ち、若い人の多い自治会はどう運営していったらいいのか、きちんとした方向性を示していきたいですね」と笑顔が返ってきた。