「ふるさとづくり'93」掲載
<集団の部>ふるさとづくり奨励賞

「鉄のマチ」から「鯨のマチ」へ
北海道・室蘭ルネッサンス
“歓鯨”パフォーマンス

 1990年6月1日付の室蘭民報の社会面トップに、こんな見出しが躍っていた。
〔室蘭・地球岬沖 ミンク鯨の顔……初めてパチリ〕〔“歓鯨”パフォーマンス〕
 そして次のように報じていた。
〔噴火湾沖に回遊しているといわれていた鯨が“うわさのベール”を脱いて“顔”を出し、本社カメラマンが連続写真に収めた。12メートルもあるミンク鯨で、ほかに7メートルを超えるシャチが大きな背ビレで波を切り、ともにダイナミックな泳ぎで“歓鯨”してくれた。〕
 それをキッカケとして、室蘭にテレビ取材陣が大挙押しかけたものだ。STVの「北の群像」、HBCの「ほっかいどう」などの定時番組で取り上げられ、また、人気俳優の岩城滉一主演の「鯨が歌う」のロケで、この室蘭の港を中心に行われた。
 この年のむろらん港まつりの最終日に行われたフェリー外海遊覧では、鯨とシャチが地球岬沖に姿を見せ、乗り込んだ500人近い市民からドッと歓声が上がったものである。
 翌1991年には、この鯨、イルカのほかに、今度は白鯨(学名・ホワイトホエール、通称・シロイルカ)が、室蘭港の近くにあらわれ、人間になついて3ヵ月近くも居座るという願ってもない飛び入りもあって、室蘭の鯨、イルカウォッチングは最高潮に達した。
 この鯨、イルカウォッチングを仕掛けたのが、実は「室蘭ルネッサンス」というマチづくりに情熱を燃やしている市民運動。「鯨のマチづくり」というユニークな市民運動に、室蘭市役所も側面から支援、水族館内に「鯨コーナー」を設け、鯨の骨、ヒゲなど関係資料を展示するとともに、同水族館を鯨情報センターにした。
 また、室蘭市のマスコットにも鯨が登場、可愛いいシールも生まれたし、マチのあちこちに鯨やイルカのイラストが登場し、鉄のマチは鯨のマチに一変?した。
 この仕掛人の、室蘭ルネッサンスという市民運動とは、一体どんな運動なのだろう。


室蘭ルネッサンスの精神は

 今から4年前の1988年2月、吹雪の中をものともせず、社長さん、組合委員長、文化人、大学の先生、お医者さん、婦人活動家など65人が、室蘭輪西のニュージャパンに集まった。室蘭ルネッサンス世話人会の発足であった。
 企業城下町でタテ社会の室蘭で、このようなヨコの組織が生まれたこと自体驚きだった。
 そして4月に、100名の賛同者を得て「室蘭市民財団」と「室蘭再開発市民協議会」というルネッサンスの組織の設立総会が開かれスタートとなった。
 この室蘭ルネッサンス運動を提唱したのは、いま同市民財団と同市民協議会の連絡事務局長をしている田尻毅氏。地元で石油販売業を営む二代目経営者(室蘭菱雄社長)で、基幹産業の相次ぐ合理化で沈んでいくふるさとを、何とか再開発して魅力あるマチにしなければと、米国ピッツバーク・ルネッサンスのマチおこしにヒントを得て、室蘭ルネッサンス運動を市民に呼びかけた。
 戦後の高度成長で隆盛をきわめた鉄のマチ室蘭は、1969年をピークに階段から転げ落ちるように落ちこみ、重厚長大型の企業群は軒並み合理化の道をたどった。新日鉄室蘭は高炉を次々と閉鎖、第4次合理化で残りの1基も閉鎖する人員縮小を発表。日本製鋼所室蘭や楢崎造船、函館どっくも同様、合理化、人員整理を発表。企業城下町は危機感に蔽われた。
「このままでは、ふるさとは本当に沈没してしまうかもしれない。孫子のためにも奮起せねば」と田尻氏は市民に訴えた。
「市民一人ひとりが主役となって、汗を出し、知恵を出し、おカネを出して、ふるさとを魅力あるマチにしよう」と、事業計画も発表したルネッサンスに市民の多くが賛同。役員自ら100万円、200万円、300万円と惜しみなく出した。マチおこしに募金まで展開しているのは、おそらく全国で初めてだろう。
 北海道や室蘭のこれまでの市民運動というのは、行政に対して「何とかしてくれ」といった陳情型だった。ルネッサンスはそうではなくて、自分たちが主役となってこのマチを「なんとかしよう」という主体型の市民運動ルネッサンス精神の特徴はここにある。


ヒトと海と生物の触れ合い

 室蘭ルネッサンスの2つの組織「室蘭市民財団(理事長・富田嘉市氏)は、市民からの寄付、ルネッサンス基金の管理、運用にあたる(1989年に財団法人認可)。
「室蘭再開発市民協議会(会長・菊池散失氏)」は、市民の意見の広場で、事業計画を策定して実行していく。運動の目標は4つ。
 @働きやすいマチづくり
 A住みやすいマチづくり
 B文化的魅力のあるマチづくり
 C若者に魅力のあるマチづくり
 これは、21世紀の望ましいニーズ、地域住民のニーズを検討した結果の結論で、それぞれの委員会が設けられた。各委員会で議論されたものが三投合にかけられて事業が決められる仕組
みになっている。
 それでは、どんな事業を室蘭ルネッサンスは実行しているか――。
 まず、冒頭に紹介した「噴火湾の鯨、イルカウォッチング」。
 室蘭は昔から鯨のマチだった。室蘭八幡宮(慶応4年建立)は鯨八幡といわれ、鷲別神社(明治38年建立)は、鯨明神といわれる。前者は現在地に遷宮したとき寄鯨(よりくじら)を売って、後者は飢餓のとき鯨が漂着して助けられ、それぞれ建立したことから名付けられた。
 八幡宮の絵馬は、馬ならぬ鯨。そして、御神楽「鯨神の舞」がお祭りのとき披露される。
 鯨岩、鯨岬、鯨半島、鯨浜などの名前も室蘭に多く、捕鯨会社(東洋捕鯨)も明治末から大正時代に、シロナガス、ナガスを中心に捕っていた。
 このウォッチング事業は、若者委員会(古谷忠雄委員長・歯科医師)の担当だが、地球最大の生物を食べる対象から見る対象に、ウォッチングでマチおこしをと動きだした。
 噴火筒で見たという情報を確認するため、沿岸洲協、航海関係者などにアンケート調査を行なった。
 学問的裏付けをとるために、鯨博士(大隈清治・水産庁遠洋水産研究所所長、黒木敏郎・東京水産大学名誉教授)、世界の鯨ウオッチャー(原則・毎日新聞編集委員)を室蘭に招いてシンポジウムを開催(1990年2月)、会場は市民で埋まった。
 鯨博士によると、北海道を回遊する鯨は23種類、噴火筒にはたくさん分布しているという。お墨付きをいただいて早速テストウォッチングをはじめたところ、鯨がぞくぞくと『表敬訪問』、冒頭にあるような騒ぎとなったわけ。
 このウォッチングのコンセプトとはなにかと言えば、室蘭の資源をいかにして、ヒトと海と生物との触れ合いを通じて、新しい文化価値を創造し、それを新しい観光資源としてつくり出し、マチの活性化につなげようというものである。
 とかく活性化というと、カネ儲けの手段として考えがちだが、ルネッサンスの目的は地域の特性をいかし、文化的遺産を掘りおこし、マチの発展に役立てるところにある。
 そして、地域の子どもたちに「私たちの海には地球最大の生物がいる」と夢と誇りをもってもらいたい、という願いが込められている。
 さて、いまルネッサンスでは、噴火湾には鯨、イルカばかりでなくオットセイ、トド等の海洋哺乳動物や断崖に営巣するハヤブサや渡り鳥がいっぱいいることから「ネイチャーウォッチング」という新しい名称を考え、全国規模で愛好会の結成を計画中。夢はどんどん膨らむばかりだ。


希望の灯・ライトアップ

 ウォッチング以外の事業として、測量山の希望の灯・ライトアップがある。
 これは、測量山という山の頂にある6本のテレビ塔をライトアップし、マチ再生のシンボルにしようと1988年11月から始められた。
 ルネッサンスヘの寄付を含めて、点灯1回5000円の有料。誕生祝をはじめ結婚祝、入学祝、あるいは転勤でサヨナラ等、市民からの申し込みで灯され続けた。そして、今年1991年8月24日「連続1000日点灯」が達成された。ルネッサンスの寄付分は、300万円にも達した。いまも、マチおこしのシンボルとして市民に守られている。
 このほか、ルネッサンス大学というのがある。
 これは、芸術家や文化人をけじめ、この道ひと筋に生き抜いてきた人を講師に招き、豊かな話を聞き、文化の心を学んでいこうという市民大学。1990年は彫刻家・佐藤忠良氏、1991年は地元出身の芥川賞作家・八木義徳氏、三浦清宏氏を招いて、心あたたまる話に市民は満足感にひたったものだ。
 このマチをきれいに、緑いっぱいに、というクリーン・グリーン作戦も展開中だ。茶津山とだんぱら高原には桜の木を植え、日本で最も遅いお花見を夢見ている。室蘭はガス(霧)のマチで、6月、7月はロンドンを負かすほどだが、このおかげて低い山や丘でも高山植物がたくさん。桜を一番遅く咲かせて、楽しもうという狙い。来年からお花見も実現できそうである。
 以上が、これまでルネッサンスが実行してきた4大事業だが、近い将来には鉄鋼博物館、鉄鋼工芸館、多目的ホールの建設のために知恵をしぼっていく計画。
 市民からの寄付は、1991年3月31日現在、82,640,116円に達している。この中には、新日鉄室蘭からの寄付2,000万も含まれている。ルネッサンスの基金は10億円を目標にしている。