「ふるさとづくり'92」掲載
<個人の部>

まちの中の小さな「美術館」に
山形県長井市 有限会社やませ蔵代表取締役「竹田義一郎」さん
長井市の概要

「やませ蔵」のある長井市は、山形県の中南部に位置する、人口3万3干人あまりの地方都市です。本市は、朝日山系の南端に位置し、東に最上川、西に置賜野川、置賜白川といった一級河川に挟まれた盆地で、古くから交通の要衝として栄えたところです。
 市街地の西側にそびえる朝日山系の山並は、通称西山と呼ばれ、本々や山菜、また動物にも恵まれ、縄文の昔からひとびとに親しまれてきました。その麓では、農業や林業などを生業とする人々が、今も生活を続けています。
 長井地方の昔からの特産は米作で、米の叙景は東北一円でも群を抜いており、戦国時代の大大名、伊達改宗をして手放したくない土地ナンバーワンだったということです。その他では、漆蝋と青苧が重要な特産品として、主に関東方面に運ばれました。
 時代が下がると漆蝋や青苧に変わって、養蚕が盛んになってきます。
 養蚕といえば、蚕の繭から生糸をとるものですが、繭のままで出荷することも多かったようで、江戸時代後期(文化文致年間)の文猷にも、繭の出荷についての記述が多数見られます。
 さて、この地方の製糸業は、単に繭から生糸をとるだけではなく、店から農家に養蚕から機織までを依頼して生地の完成品のみを買い取るという、いわば反物の下請け工場のような形をとる場合が多く、そういう意味で、店側はとても大きな力をもっていました。
 養蚕や製糸業が盛んになるにつれ、地元にも多くの問屋ができました。「竹田清五郎商店」
通称山清(やませい/屋号)もその1つとして成長した店です。けじめ、繭を出荷しては反物類(主に古着、小間物など)を仕入れていましたが、江戸時代末期からは、反物(紬織物)や蚕種紙(蚕の卵を懐紙などに広げて張り付けたもの)を主に出荷するようになってきました。


「やませ蔵」の紹介

「やませ蔵」を整備した竹田さんは、この山清の子孫にあたり、現在は、山形中央信用組合の副理事長を勤めています。
 古い昔のことや書画骨董に関心のあった竹田さんは、地元長井に美術館や博物館がないことに、常々不満をもっていました。
 そこで、元々絹問屋だった自分の家と、残っている様々な養蚕や製糸関係の資料を使って、歴史博物館のようなものを造ってみたいと思うようになり、「やませ蔵」整備を思いついたのです。建設費用のねん出や法人化など、多くの難問をクリアし、今年、平成3年6月末、ようやく完成、公開になりました。
 山清では、顧客への見本として残すため、製品は必ず長めに織って端切れを残すように指導していたといわれ、これが、「やませ蔵」の養蚕製糸関係の中心的な資料となっています。現在、この見本は、大変貴重な織物資料として注目を集めています。
 また、長井地方は江戸時代には庶民文化、とりわけ俳諧や川柳が盛んで、この山清にも多くの逸品が残されており、さらに、後に金融業を始めてから、担保として預かった著名人の色紙やその他の書画骨董の中で、現在まで保存されているものも多数あります。竹田さんは、これらは、個人所有ではその価値を十分に活かせないという判断から、法人化した「やませ蔵」に寄贈し、現在、企画展示用に、展示品の中心として利用されています。
 「やませ蔵」は、元々は山清の持ち物だった敷地と蔵を利用し、その修復と景観整備を行った施設です。そのため、見所として、蔵の中の展示品と共に、蔵の立ち並ぶ景観の妙があります。これは、今までにはない、新しい試みの1つと考えられます。ここを訪れた人の多くが、たくさんの蔵が立ち並ぶ、その眺めに絶賛を送っていることからも、そのことがわかります。
 また、注目すべきもう一つの点は、この「やませ蔵」は単なる美術館ではなく、イベントホールを持つ、多目的な空間である点です。
 今までの美術館には、研修室程度の設備はありましたが、多くは市民ギャラリーか、講演会や講習会などを催す程度でした。しかし、OOでは、講演会はもちろん、ミニコンサートまでもてきるというのです。なんと大胆な発想でしょうか。もちろん、そのためには、いろいろな準備が必要でしょうが、発想のユニークさでは、ほかに例がないものです。


まちおこしへの起爆剤として

 さて、大正時代までは、この「やませ蔵」のあるあら町には、同じく養蚕で栄えた商店や問屋が軒を並べていました。長井で最も大きい商家であり、県内はもちろん、全国的にも名の知られていた「川崎八郎右衛門家」もこの並びにあり、江戸時代末期には、県内でも有数の一大商人町として繁栄していましたが、現在では、この出清を中心にして、近隣の「出回「丸吉」(いずれも屋号)などが数件、わずかに当時の面影を伝えるのみとなっています。
 しかし、この「やませ蔵」の建設整備によって、ほかの家々にも、その家並を積極的に保存、活用していこうという機運が高まりつつあり、この小さな商店街から、それは全市に広がりを見せ始めています。まち全体がひとつの美術館、博物館になるという、素晴らしい輪の広がりです。まさにその中心に、この「やませ蔵」はあるのです。
「まちの中の小さな美術館」をキャッチフレーズに、地方では珍しい個人100%出資で作られた美術館「やませ蔵」。長井で最初のこの美術館は、その収蔵品の数や品質と共に、必ずや、これからのまちおこしに有効な拠点施設になることでしょう。