「ふるさとづくり'91」掲載
<集団の部>ふるさとづくり奨励賞

渡良瀬ネットのまちづくり
群馬県 渡良瀬ネット運営委員会
渡良瀬ネット(以下、「WAN=ワン」)のおいたち

 私達のまち桐生は昭和30年代まで繊維産業を中心に発展してきましたが、時代の波に押され、人口は減少傾向、新幹線や高速道路からも遠く、どことなく停滞の重苦しさが漂っています。しかし、歴史と伝統文化が随所に息づき、渡良瀬川、桐生川、3方を囲む山々には豊かな自然が残されています。
 そんなふるさとを子供たちにどう伝えていくか、若者が帰ってきたくなるようなまちづくりはどうあるべきかをワーブプ・パソコン通信(以下、「パソコン通信」)を利用して考えようと、昭和63年11月、渡良瀬パソコン倶楽部を組織すると同時にWANを開局しました。平成元年7月にはWANの活発な活動が認められ、桐生市は通産省よりニューメディア・コミュニティ構想応用発展地域に指定されました。これを受けて地場産センターは桐生広域情報デザイン研究会を創設しました。WANはこの研究会が主宰し、渡良瀬ネット倶楽部(パソコン倶楽部を改称)運営委員会が運営する市民のネットです。


WANのまちづくり

(1)パソコン通信の世界……私達は感性をぶつけあい、学び、そして、変わることにより成長していきます。しかし通常の直接的なコミュニケーションには時間や場所に限界があり情報の大量迅速な伝達ができません。この限界を超越する方法として双方向通信機能を持ったパソコン通信が注目されています。パソコン通信は、ワープロ等にモデム(変換器)を繋ぎ、電話線からホストコンピューターに接続し、意見を書き込み、書き込まれた情報を読んだりするニューメディアです。自宅が文字放送局になってしまうのです。
(2)WANの役割……現在、パソコン通信ネットワークは1,000以上あり、まちづくりや住民間の双方向コミュニケーション手段として活用する自治体も増えてきました。WANも地域ネットのひとつですが、「地域振興」の役割りをはっきり掲げるユニークなネットとして注目されています。会員数は現在940人余、2年足らずで1,000人を突破する勢いです。郷土を愛する、意欲と自発性を持った、意識の高い会員が参加し、活発、多彩な活動を続けてきたことが急成長の最大の理由であり、会員一丸となってネットを育ててこられたのは市民主導のネットとして運営を続けられたことによります。情報をやりとりするだけでなく、人材を発掘し育てる仕組みを創り、組織を創っていったことも見逃せません。
 WANは地域の人びとの意識と産業構造に作用し、意識と行動に主体的変化を起こすカルチャーショック的な経験の引き金役です。行かなければ利用できない図書舘・公民館等の施設と異なり、蓄積された情報を居ながらにして利用できるので、高齢者や身障者にこのうえない利便性を提供します。筋萎縮症で寝たきりの轟木敏秀さん(入院中の鹿児島の病院でネットを主宰)は「世の中が手に取るように分かり、生きる支え」と言っています。この特性に着目してサテライト・オフィス実現の可能性を検討する会員も出てきました。
 WANは、運営を徹底して会員の自主性に任せることにより成長しました。会員各自の自前のメディアなのです。スポーツ同様プレーするのはあくまで参加者自身なのです。WANの各部屋に毎日書かれる面会話や資料が実はまちづくりそのものなのですが、書き込みが種々雑多で展開が速いため、遊びと思われがちです。しかし、その多様性こそ激変する時代に生きる私達にマッチしているのです。WANに学び、変わることにより生活環境は急速に拡大し、生き生きとしてくるのです。
(3)WANのまちづくり……WANには目的別電子掲示板が29、電子会議室が内部用5、貸し出し用15部屋あり、24時間いつでも利用することができます。各部屋の運営は渡良瀬ネット運営委員会(52名のボランティア)が当たります。各部屋はそれぞれ個性的に活発にまちづくりをしています。階層・年齢(7歳から83歳まで)・性別(会員の30パーセントが女性)を越えて、話すように書き、聴くように読む、普段の行動と異なる新鮮な感覚がこのメディアの魅力です。また、県内各地、北海道他1都10県、そして、アメリカ他3ヵ国からも利用されています。本年6月1日から23日まで、シンガポール建国25周年記念「シンガポール2000プロジェクト・電子ペンパル・未来への挑戦」に協賛し、世界中の国々と時間や場所を越えてやりとりできるパソコン通信の利便性をPRしました。
 桐生出身の会員は「心のふるさとがWANの中に甦った。年をとったら帰ろうか」と親身になって桐生を応援してくれています。
 WANの各部屋のまちづくりは次のように様々な形で進行しています。
・ガイドイン桐生広域――文化・職業・スポーッ・観光・教育等の催し物、宝くじや市の広報等広域圏の情報を提供します。
・地場産情報&ショッピング――WANの拠点・地場産センターの活動と市民の反応を「地場産業だより」等で紹介、地場産品のオンラインショッピングができます。
・テーマ討論室――ジャンルを問わず「ちょっと変だな」と思ったことをテーマ別に討論、忌揮なく発言して自分を磨きます。
・雑記帳――誰もが参加できなくては本当のまちづくりはできません。気楽に書き込めるよう用意された落書き帳です。悩み、主張、PTA、大川美術館、星野富弘氏に関する記事等日常的なものから教育的、文化的なものまで多彩な記事が実況放送的に飛び交い、時代のスピードを実感します。
・オイコット(TOKYO)を逆に読む――時事問題から地方色豊かな話題まで東京と地方とが交流し文化の共有を図ります。
・渡良瀬ホットネット――パンセ(先駆的ネットワーク)との交流を通じ、中央官庁の関係者や大学教授等がWAN発足に当たり惜しみない協力と各方面へのPRをしてもりたててくれました。WANのまちづくりは先ず地域外から評価され、行政も本格的に検討を始めるに至りました。
・行政にひと言――WANは市民主導型の官民ネットです。行政についての提案や質問に桐生市が月2回答えます。全国初の試みが各地から注目されています。ゴミ処理熱の利用で健康ランドを、不用乾電池・人工の海を作ろう・川に水辺道路を・桐生の色を決めたら・大学誘致問題・信号機設置要請などユニークな提案のほか、救急医療・林道工事・踏切遮断機・図書館のコピー代・ゴルフ場開発等厳しい指摘もあります。市長自ら市広報の新年号用に「21世紀の桐生の夢」を募集したところ、40件近いアイディアが寄せられました。
・すこやかな村――通産省と厚生省が支援するメディネット(医師800人)が健康相談に答えます。記事は自動転送です。
・つくし誰の子――山野草の食べ方等の食生活の智恵、七草の由来等の季節の話題、躾、オゾン層破壊・酸性雨問題等の自然保護の観点からまちづくりをしています。
・喫茶おりひめ――女性専用おしゃべりルームです。最近、男性客が目立ちます。
・一行の部屋――初心者が気軽に書けるように用意した一行メッセージの部屋です。
・イベントルーム――会員誰でも企画ができるオフラインイベント(水泳、ソフト、ボーリング、スキー、バーベキュー等)の相談所です。「この指とまれ」でやっています。ふれあいのチャンスをつくります。
・売ります買います――まだ使える資源を有効利用するためのリサイクル市場です。さらに、毎年第1・第3土曜日には初心者講習会も兼ねて、本音で語り合える仲間づくり、血の通ったネットづくりのために例会を開催し、ワイワイガヤガヤやっています。


WANの末来

 まちづくりには市民のネットワーク、地域の横断的な交流が必要です。市民自ら、共有する文化を増やし、質をあげ、産業を結び着けていく。WANはそのための道具です。
 WANのまちづくりは始まったばかりですが、既に書き込まれた情報に加え、地場産センターの布のデータ・ベースや図書館の図書目録、そして桐生市老人会がワープロ編集した『あすへの遺産』など散在するディスク化された多様な情報を収集し、ジャンル別に整理してライブラリー(ふるさと事典)化することを企画しています。また、企業組合の受発注VANの情報準備も始まりました。こうした活動が地域外の人びとの興味を桐生広域圏に向ける誘因になれば効果も倍増です。
 足の指でキーボードを叩く脳性小児麻痺の詩人やまもと雄大(「大和路ねっとわ−く」を主宰)さんは「どうせ言ったって無駄だ」と思わずに一生懸命に心をこめて書こうと言っています。苦労して文章を綴り発信する一人ひとりのエネルギーがネットの工ネルギーであり、まちづくりの工ネルギーです。
 21世紀にむけて情報のインフラストラクチャーの整備が大きな課題となっています。その中で、今もっとも実用・普及型のネットワークであるパソコン通信を支えることは、地域に新しい息吹を生み、次の時代を用意する基礎づくりとなるのです。そして文化都市的住環境と企業が欲する人材の提供が可能となったとき、桐生広域圏はアーバン・リゾート・オフィスとして活性化します。
 パソコン通信は、人材を発掘し、育てていく機能を内在しています。この自然成長性こそまちづくりを支える基盤であり人を育てる力となるのです。
 そのまちづくりを担うのが渡良瀬ネットであると確信しています。