「ふるさとづくり'89」掲載

ほたるを通してコミュニティの形成
岡山県矢掛町 宇内ほたるを守り育てる会
 私たちの住んでいる宇内地区は、岡山県の西南部高梁川の支流小田川のほとりに開けた宿場町で、矢掛町の西部に位置し、山林で囲まれた盆地に位置する戸数100戸、370余名の静かな集落である。赤松を有する森林を周囲に配し、地区の中央を流れる星田川の清らかな渓流、水田の緑、青い空、きれいな空気、緑豊かな自然環境が保全されており、星田川の上流には昭和20年来、いち早く水田灌漑用の星田ダムが築造され、その後県営畑地帯の総合土地改良事業が59年より実施され、62年にその下流に第二星田ダムが完成した。
 これらのダムは山間の美しい景観を創り出しており、星田川の夏は、子供達が水遊びに魚釣りにと利用しており、夜は「かじか」の声に心安らぎ、川風を満喫することができる。居住地区のなかを走る道路は県道2線と幹線町道が整備され、これに集落道で集落の機能を高めるため機能的、効率的なネットワークを形成し全線舗装されている。また早くから上水道も整備され、これを利用した防火用消火栓も全地区に配置されており、加入率も100%である。さらに農地の持つ機能を十分に発揮するため農道はもちろんのこと用水路も町の補助金を利用して整備され、農用地としてその他の土地との全体的な土地利用もうまく調整されていて、スプロール化現象は全く見られない。
 農用地は稲作が中心であるが、戦後、キュウリ、ハウス苺、ハウストマト等野菜の生産も盛んになり高収益農業も営まれている。特に周囲の山々に密生している赤松は町木であり、戦前は建設材として広く各地に利用してきたが、今では松喰虫の多発により被害を受け減少したとはいえ、いまだ建築用、割り箸生産等に広く利用されている。特に味覚の王者松茸は往年の量はないもののやはり秋の匂いを満喫するに十分であり、さらに手延べ「そうめん」は古来から、水車を利用製造されてきたが今なお地区の名産として有名である。
 地区の公共施設も美しい自然環境のなかにある公会堂、集会所、野菜集荷場、児童文庫等は、宇内財産区所有山林より木材の切り出し、運搬等部落民こぞっての労力奉仕により立派に完成し、地区内各種団体の活動の場として広く利用されており、小学校児童の習字、婦人会の編み物教室、お花、お茶等々教養を高めるとともに地区住民の交流を図り連帯感をつくりだしている。なお、ロマンと伝説を秘めた鎮守の森に囲まれた神社や寺院、荒神社、名勝雄虎滝、石槌神社、瀧山城趾、樹齢500年を越した県下第一の古さを誇る「なぎ」の老巨木があり、よく保存され、地区の人たちに愛されている。吉備津彦の命と温羅の伝説を伝える鵜成神社は毎年10月第2日曜日に祭りを行い、古くからの伝統芸能である備中神楽を奉納し知人縁者が寄り集まって酒を酌み交わし、夜の更けるのも忘れてふれあいの場として親交を温めている。特に各戸を交代でまわるお大師講行事は、弘法大師の信仰とともに最近は町内会の集会の場として行政に関すること、その他部落の諸問題の話し合いの場として重要な行事になっている。
 宇内地区は、戦後農業以外これといった産業がないことから現金収入を求めて都会志向の若者が増加、急激に人口が流出して老齢人口は全国平均を大きく上回り、65歳以上の老人は人口の18%を占める超高齢化地区となり、沈滞化しつつある地域の活性化と次第に失われつつある連帯と協調を復活していきたいと望んでいたとき、矢掛町において58年に古里メッセンジャー事業が創設された。ほたる部会が置かれ「宇内ほたるを守る会」が部落民協議の結果誕生したのである。
 古来当地区は源氏ぼたるの生息地として近郷近在で宇内の「いち」ぼたるとして有名であり、宇内地区民のみならず、ほたる狩りに訪れる人も多く見られたが、戦後の河川の改修、農薬の乱用、家庭排水の流出、畜産公害等種種の原因が重なり星田川が汚染されていった。減少の一途を辿っていた源氏ぼたるを救おうと、各町内会を通じ住民運動を盛り上げ、星田川の清流と豊かな自然を守ってほたるの生息環境を保護し、源氏ぼたるの増殖と「にな」貝繁殖を図るため、宇内地区全員が会員となり、役員には自治会、婦人会、消防団、子供会、老人会等、各種団体の代表者をもって構成し、星田川の流域にほたるの養殖場を設けた。ほたるの幼虫、にな貝の養殖を開始し自治会組織内の町内会が1か月交代で管理を行うとともに、有志20名余りが各家庭においてほたるの幼虫の養殖を行ってきたが、最初のうちは生態の研究不足のため試行錯誤を重ねて、成功までは苦労の連続であった。しかし、研究が進むにつれ、ほたるの生態も少しづつ明らかになり、細心の注意と努力を重ねた結果、飼育も順調に行われ飼育者全員で20,000匹余りの幼虫を昨年まで放流し続けられたことは、飼育者はもとより宇内ほたるを守り育てる会会員の努力によるものである。
 次第に明らかになった生態をもとにして年間のスケジュールを作成し地区民の協力を得て実施している。その一部を紹介すると6月初旬、雌ぼたるの確保採卵、7月初旬ふ化、幼虫の餌付、川になの採取、8月は水温の調整を図り成長した幼虫を9月中旬放流、2月は地区全員による星田川草刈り清掃を行い、水質検査年間2回、養殖研究会年3回実施するなどである。59年単県事業であり地域振興事業により、ほたる公園250平方メートルが星田川沿いに完成、地区の象徴である源氏ぼたるをテーマにしたドーム、にな貝便所を備え子供の遊具も整備され宇内ほたるを守り育てる会の奉仕活動により藤棚も設置、樹木の植え付け等周囲の景観にうまくマッチして整備され地区子供の遊び場として、地区民ふれあいの場として利用されるとともに、夏には他地区からも希望がありキャンプ場として広く利用され楽しんでいる。
 そして、宇内子供会では月1回第1日曜日に便所の掃除を中心に公園の管理も自主的に行い大切に使っている。さらに特筆すべきことは、宇内の源氏ぼたるをアピールしたほたる祭りである。公園設置以来6回を数える祭りの準備には、農繁期を前にしながらも舞台の組立て、会場の飾り付け、配電準備等、60名以上の地区民により前日からこれに専念、アイデアを持ち寄り祭りを盛り上げ年とともに盛大である。本年は各町内貝、子供会、婦人会等各種団体のアイデア夜店が出され、ほたるTシャツ、ほたる提灯、ほたる盆栽、おこわ、地元生産の野菜等の販売で祭り気分を盛り上げるとともに地区民による芸能大学の他、県下でも名の知られた矢掛中学校吹奏楽部の心にしみ入るような音に酔い、小学校児童は道徳教育の一環として祭りに参加するとともにほたる絵画の展示等充実した内容であり、多市町村からの観光客も数千人を数える。そのための駐車場、交通整理等事前に交通安全協会からのアドバイスを受け、地区外の交通安全協会の役員からも応援を受けているが、車の整理に追われ混雑を極める盛況が毎年続いている。ほたる鑑賞の夕べ、味わいの岡山路参加茶会等、ほたるの期間中は連日鑑賞客で賑わい物品の販売もなされている。 59年よりはじまっている古里メッセンジャー事業の宣伝と育成のため会員に送られている独創的アイデアの「ほたるカプセル」は都市会員に大変好評である。今年で4回を数える東京での矢掛のほたる展は、ソニー企業株式会社と全日本空輸株式会社の協力により銀座5丁目のソニービル前に宿場町矢掛の本陣をイメージしたほたる館が設置され、養殖したほたるの成虫1,000匹と幼虫を2回に分けて空輸するため、守り育てる会ではその準備に追われる。6月6日に岡山空港でほたる展への出発式が挙行され、県、町、守り育てる会、商工会関係者約50人が見守るなか、全日空スチュワーデスにほたるを入れたボックスを委託し、羽田空港まで空輸された。7日のオープニングには地元代議士のお祝いの花をいただき県議会議員、矢掛町長、町議会議員、県職員、町職員、町商工会役員、宇内ほたるを守り育てる会会員全員が参加し、ミス観光岡山3人と全日空スチュワーデス2人がこれに花を添え、ほたる館前に列を作っている通行人に観光パンフレット、吉備団子、手延べそうめん500個を配り終わって、ほたる館を開館する。内部はクーラーにより20度前後の涼しさでガラスで仕切られたなかに放たれたほたるは長旅の疲れも見せず光の競演を繰り広げ、ほたるを見たことのない子供たちやふるさとを離れて久しい人たちは源氏ぼたるの幻想的な淡い光、神秘的な光に、故郷の田舎の夏の夜の再現に満足し、6日間に130,000人の入館者を数え大成功であった。
 本年には新農村地域定住促進対策事業、小動物養繁殖施設整備事業による国庫補助金を受け、養繁殖施設50平方メートル及び養殖用水路80メートルがほたる公園内に完成し、旧養繁殖場は、にな貝養殖水路を残し養殖棟の水車小屋を公園内に移転、星田川よりポンプアップにより流水が図られている。養殖棟内はクーラー2基によって25度〜27度の間に温度を保ち100個の水槽も備え付けられ、酸素補給用エアーポンプ装置等全てが完成したので各水槽にほたるの餌となるにな貝を入れ始動した。6月始め東京銀座での矢掛ほたる展より帰着した直後から雌ぼたるの確保につとめ、採卵準備を完了、7月初旬よりふ化が始まったので、ほたるを守り育てる会会員に奉仕をお願いして夜業をつづけ、水槽ごとに2,000匹余りを入れ合計200,000匹余りの幼虫確保に成功し、養殖を開始、にな貝の補給、水の交換、幼虫の状態観察、水温、気温に気を配り管理育成に専念してきたが順調に成長しており、放流の時期も来ているが生育確認の問題が残されており成功、不成功につながるだけに気がかりである。
 矢掛のほたるが有名になると同時に、全国各地からの問い合わせの応対、メッセンジャー会員の招待、子供たちの都市との交換交流が実現するよう努力したい。過疎が進んでいる当地、ほたるを通じて宇内地区の活性化とアメニティ環境の創出、コミュニティの形成に役立てば幸せである。