「ふるさとづくり'88」掲載
入賞

地域ネットワークづくり・主体+媒体−女からの発信−
奈良県 なら女性フォーラム
胎動から組織づくりへ

 長い間胎動していた私たち奈良県内の女性も、はつらつと伸びやかに、コミュニケーションの輪を広げようと「なら女性フォーラム」が発足しだのは昭和58年5月である。働いているひと、働こうとしているひと、現在の生活に新しい未来をつなげ、新しいライフスタイルを探ろうとしているひと、地域をより住みやすくと考えているひと、豊かな知識と経験を蓄えている先輩たち、社会につながって学びたいと思っている若い主婦など、世代、性、経験、分野をこえて交流し、共に理解し合って、ふれ合って成長し、あすの奈良の文化を考えていきたい―こんな願いを込めての呼びかけであった。
 その目的として@新しいコミュニケーションによるライフスタイルを考えるA家庭・職場・地域社会での能力開発B創造的な文化と仕事を模索するの3つをあげた。


きっかけは毎日の生活の“女のうめき”

 呼びかけの趣旨は古記のようなカッコいいものになったが、令の発足のきっかけは、ありていに言えば、ふだん表面にあまり出ない毎日の家庭や職場、地域での“女のうめき”というものであった。奈良で仕事がほしい、仕事をしながら家庭生活を全うさせたいという県内でいかに女性の仕事をつくっていくか。もう一つは、家庭の老人をこれからどうみていくか、という切実な悩みである。前者は奈良婦人少年室でときどき顔を合わせて女の働く場を話し合っていたメンバーから、後者は奈良女子大学森幹郎教授の研究室で、老人を抱える主婦たちがボーヴァワールの『老い』の読書会を通じて女子学生たちと一緒に勉強をしていたメンバーから出てきたものだ。両者のメンバーの悩みは、とりもなおさず奈良県内で働き、生活している24時間市民の女性にとって共通の今日の最大課題なのである。


人口急増県と老後

 奈良県は大都市大阪と山越しに隣接し、近年そのベッドタウンとしての価値が高まり、山村の過疎化と並行して、県西部、とくに奈良市、生駒市など人口の社会増が顕著で全国でも2、3位という人口急増県である。そのため住民も10数年前に新旧が逆転。自然・歴史環境がすばらしく保存されている一方、生活様式は大きな変化のなかにある。
 このなかで、ベッドタウンの住民はもちろん、兼業農家の男性、また未婚の女性たちの多くは、大阪を職場として生活の大半を県外で過ごしている。しかし、その妻たちは、子供や老人の世話、家事を担いつつの生活は大阪への通勤は無理であり、地域に仕事を求めることになる。また消費、文化活動も県内地域がほとんどで、奈良県内の地域社会の24時間市民となる。
 また、奈良に住居を求めてきた者は、定年後の夫たちともども自然・歴史環境のよいこの上地に老後を送りたいと考えている。奈良のことをひとが「老後に住むにはいい所ね」などと言われるのを喜んではいられない。いま奈良で仕事をつくり、老後も安心して住みつづけるにはどうしたらいいか。それにはまず女性からこの自分たちの住む地域で新しい奈良を創ることしかない、ということになったのである。
 女性10人が発起人となり、当時の県婦人対策課、奈良婦人少年室、各種婦人団体、NHK奈良放送局、地元新聞社、企業家、県下大学有識者に意見を求めながらの発会。奈良市、生駒市を中心に約110名の出発となった。


四つのグループの連携プレー

 フォーラムの特徴は4つある。
@構成メンバーが多様なことだ。当初女性が中心であったが、活動のなかで賛同した男性が会員として参加していることや女性会員の職業も主婦、塾講師、公務員、建築士、弁護士、保健婦、マスコミ関係者などでそれぞれがもてる知識や体験を活かしたユニークな討論が展開される。
 A「奈良を考える」「能力開発」「家族問題」「老人問題」の4つのグループ活動をしているが、それぞれ出てきた問題を連携して方向性を見い出し提案にもっていくことだ。「奈良を考えるグループ」は、個、の地域や問題解決の提案を行うにあたって、県内の地域性や全体状況をつかむ。「能力開発グループ」は、特技や趣味、仕事をさらに磨き、社会の人材として個、の能力を登録して活用をはかり合い、就職のチャンスをつくる。「家族問題」は、核家族のなかでの子育て、老人介護に対応する方法を地域のなかでどう助け合えるか考える。「老人問題グループ」は、老人問題は婦人問題であることを読書会で学んだことから、個として孤立しがちな老人とその周辺のケアヘの実働をめざすものである。
 B活動内容のねらいは、行政と企業の諸活動の間隙に焦点をあて、地域の人材、情報、施設、組織をネットワーキングしながら、私たちがいま地域の生活で必要なものを創り出していることである。
 Cまた全員の話し合いのなかで、新旧住民といわれる区別に意味がなく、会員も発起人は奈良に住んでそんなに古くない者であったが、古くから住む人たちも増え、一緒に提案活動をしていることである。


本音の話し合いから奈良を考えるシンポジウム(I期)

 会のもっともいい点は、自由闊達に本音で話し合えることだ。仕事をもつ女性が多いことから例会や役員会は土曜の午後か夜だ。さまざまな人間が同じ土俵で話し合うとなれば、相互の理解を深めなければならない。夜遅くまで口角泡をとばして議論し、とんでもない発想に爆笑しながら、だんだんと夢が方向づけられ形になって実現させてしまうおもしろさ。それが五里霧中をかき分けさせている。
 活動がはじまってI期は例会で、講座での学習と個人の問題を出して話すことと、奈良で考えることを結びつけた。発会間もない夏の合宿で、同じころ発足した奈良地域社会研究会(現・奈良まちづくりセンター理事長)の木原勝淋氏と「奈良を考える視点」を話した。9月には奈良女子大教授の森幹郎さんから老人問題はなぜ起こったかを聞き、「老人介護等実態・意識アンケート調査」を実施した。各例会で出された個、の現象を大きく奈良全体で考えてみようと、11月に公開フォーラム「奈良を考えるパートTシンポジウム」を計画。それに先立って予備調査として『奈良について内から外から』奈良についてのイメージ、好きな所・きらいな所、これだけは改善してほしいこと、自治体、民間団体、地域社会を問わず今後の奈良に期待することを具体的に書いてもらった。(有効数77人)


地域ネットワークをつくりはじめる(U期)

 活動をはじめて3年目、大きな変化が訪れた。老人介護をどうするか、会員の切実な思いが一挙に老人問題グループを行動に移らせた。というのは次のようなことからである。
 まず、能力開発講座をするなかで、いかに能力を磨き開発しても、家族に病人、老人がいるときは、即ちそれが社会に生かせないという壁に最終的にぶち当たったこと。次に、家族問題グループでの話し合いでは、やっと子育てに一段落し、自身の生き方を見い出したときに、またしても老人介護が大きな壁になっていること。さらに、奈良を考えるグループでの話し合いでは、新しく奈良に住まいを求めた人も古くから奈良に住んでいる人も、核家族も大家族にあっても、同じように地域のなかの助け合いができにくくなっていること。
 2年間のこのような各グループの講座と話し合いの過程で、当初から熱心に議論のあった老人の介護を地域でいかに援助していくか、つまり4つのグループ活動の集大成として老人介護の地域援助システムづくりへと方向づけられたのである。
 それまで各種老人ホームの見学はしていたが、つまるところホームヘルプサービスを地域ですることだという結論に達していた。そこで、コミュニティーワーカー専門学校を設立、地域福祉サービスをしている大阪13のミード社会館を訪問・県婦人会館でもホームヘルパー養成講座を開設したいとのことで、同会館で実行委員会にも出席し、その必要性を述べた。
 一方、給食サービスの話がもち上がり、地区公民館、養護老人ホームの調理室を借りることなどの案が出たが、経費をどうするかで実行に至らなかった。また繁雑化する事務処理をする拠点がないためもその難点であった。
 そこで急を要することからと、会員の多い生駒市で、特別養護老人ホーム梅寿荘の協力で老人介護基礎講座パートT」を開講した。心理、基礎介護、施設、地域ケアなど系統的に学んだのは35人。また受講生対象にアンケートを実施したところ、地域のなかで高齢者のために役立ちたい、親が高齢になっているため世話するのに学びたい、また自分の老い仕たくと3つの理由が浮かび上がった。
 人気があって、生駒、奈良市以外の榛原町、当麻町からの参加もあり、修了生による同期会が4回開かれ、その後が話し合われた。その結果、修了生は奈良市社会福祉協議会に「なら女性フォーラム・シルバー」として登録。また奈良市ボランティア連絡協議会にも登録することにした。
 折から同市では、高齢者問題など新しい福祉課題に地域ぐるみで取り組み、在宅・地域福祉の充実をはかろうと、61年4月から奈良市社協を実施主体にボラントピア事業をスタートさせた。そこで61年4月から同事業の一環として、同市祉協と共催でなら女性フォーラム老人介護基礎講座パートUを開講することになり、名称が老人介護ボランティア養成講座となった。今回は回数も2回に増やし、日赤奈良県支部、奈良市老人福祉課などからも講師に応援を得た。
 一方、修了生たちは介護技術をさらに学び、地域での実働に向けて、奈良市にある特別養護老人ホーム平城園でボランティアとして活動をはじめた。その間、老人用おむつカバーなど介護用品の県内メーカーのモナーテ研究所、イカリトンボなどの企業とコンタクトをとって、実際必要としている人に情報提供する一方、ホームヘルプの組織づくりをめざして県内の老人ホーム、社会福祉協議会、大学、保健・医療機関、介護用品会社などとネットワークを重ねた。


わたしたちにどこまでできるか(V期)

 奈良市社協との介護講座もますます盛況になり、62年度もパートVを開講。さらに心理面にも重きを置いた専門講座も開設した。ところが、61年の秋、有償福祉サービス、ホームヘルパーとしての実働の提案が出された。
 これはフォーラムの会発足からの流れとしてむしろ当然のことながら、具体化には慎重に会員や外部の専門家の意見と見識を得て検討を重ねなければならず、2回の事前検討会では、密度の高い話し合いになった。フォーラムでは当初から働く女性、これから仕事をしようとする女性とともに私たちの住む奈良でのよりよい生活に手をたずさえていこうと考えてきた。現在の家族を考えるとき、老後はとりわけ家族の手だけでは支えきれず援助が求められており、地域に生活し主婦の体験を活かした能力開発によって出てきたのが、ホームヘルパーとしての実働の提案という形になって現れたのである。問題点、提案を整理し、当面は地域での要請があればボランティアとしてホームヘルプし、急がずに準備検討委員会をつくることになった。
 最近は地域や施設の老人や家族との関わりのなかで得た体験や知識を生かして近鉄百貨店の「お年寄りを大切にするフェア」(後援・奈良県)でボランティア相談コーナーを担当した。また、健康な老人のファッション性のある衣服はどんなものか、障害のある老人の介護する側からだけでなく老人自身から見た着やすく快適な衣服はないか、という発想から現在チームを作り研究を進めている。
 老人が活動的なヤングオールドの時期から、寝たきりなど介護を要する時期に至る過程をそれぞれの段階での快適な衣服によってみんなに見てもらいたい。そのためのショーを来年早、にしようと準備中である。一人ひとりが人生の最後まで明るく、個性豊かにありたいと願いをこめて。今後ともフォーラムは実践を通しての築きを具体的行動に移してよりよい私たちの地域を創っていきたい。