「ふるさとづくり2005」掲載
<市町村の部>ふるさとづくり賞 振興奨励賞

現代アートを素材にした広域連携の地域づくり
新潟県 十日町地域広域事務組合
広域的取り組みへのきっかけ

 新潟県南部に位置する「越後妻有(つまり)地域」は、今年4月1日に合併した新・十日町市を構成する五つの旧市町村(十日町市、川西町、中里村、松代町、松之山町)と津南町からなる面積760平方キロメートル(東京23区と川崎市を合わせたぐらいの広さ)の中山間地域です。豊かで美しい里山の自然環境に恵まれた日本有数の豪雪地の中、農業と織物業を主産業に約8万人弱の人たちが暮らしています。
 地場産業の低迷と少子高齢化や過疎化などが進み、市町村単体での地域づくりの限界は感じていました。そんな中、新潟県はまだ「平成の大合併」という言葉がなかった平成7年に地域の自立を目的とした広域的地域活性化支援策「里創プラン事業」を創設しました。
 当地域にも既に広域観光協議会がありましたが、地域づくりという観点からさらに一歩踏み込むため里創プラン事業の第1号認定地域の指定を受けました。
 これまで各市町村が別々に行なってきた地域づくりへの考えを一本化するにあたり、数多くの意見の衝突もありましたが、新潟県とのパートナーシップのもとで地域づくりの柱を「現代アートと環境」を素材とした、「越後妻有アートネックレス整備事業」に取り組むことになりました。


四つのプロジェクト

 この事業は地域の活性化、地域からの情報発信、交流人口の増加を目指しています。アート分野の専門家によるコーディネーター制を導入し「越後妻有8万人ステキ発見」「花の道」「ステージ整備」「大地の芸術祭」の四つを柱に位置づけました。
 「越後妻有8万人ステキ発見」事業は地域住民や来訪者によって、越後妻有の自然、文化に隠された様々な魅力を再発見して、地域の総資源目録をつくることを目的とした写真と言葉のコンテストです。平成10年度に実施し、日本全国から3000点を超える応募があり、その成果は「越後妻有ステキマップ」として発行されました。この事業は地域住民が自ら地域を見つめ直し、この地域の魅力は何かを知るきっかけになりました。
 次に圏域の情報発信拠点、来訪者の周遊拠点、来訪者と地域住民との交流拠点として、各市町村に、農業体験や自然観察、地場産業など市町村それぞれの特色を盛り込んだテーマに基づく「ステージ整備」をしました。公共建築物ではなかなか取り入れられづらい現代アートとの融合を図り、大胆なデザインや機能が盛り込まれ、美術界や建築業界、行政など多分野の関心を集めています。
 「花の道」事業は、当地域をめぐる幹線道路が200キロメートルにも及び、その広大な地域をつなぐ道を花で飾る事業であり、アーティストとのワークショップや専門家の講習会を通じて、地域住民と一体となって沿道に花が植えられ、ポケットパークの整備を行なったり、地域主体で「花と緑のフェスティバル」を開催しました。
 こうして情報発信ソースと受け入れ態勢を整えたうえで取り組んだのが、「大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ」です。このイベントは四つの柱の中核をなし、全世界への情報発信と交流人口の増加を目指す野外イベントです。


芸術祭の意図と来訪者

 アートトリエンナーレとは、イタリア語で「3年に1度開催される芸術祭」をあらわします。
 この「大地の芸術祭」では「人間は自然に内包される」という基本理念を掲げ、自然とアートと人間の融合をテーマに、平成12年夏に第1回展を開始しました。夏休みを含む53日間にわたって開催し、32か国147組のアーティストが圏域内の田畑や神社、商店街などに作品を展開しました。公園や施設の中ではなく、人々が普通に生活している空間に、これほど大規模な芸術展が日本で開催されたことはなく、国内外で大きな話題を集め、海外客を含め16万3000人の入り込み客を記録しました。
 第2回展は平成15年の夏に50日間開催し、23か国157組のアーティストの参加と三つの新しいステージが完成しました。また現代アートの主流になりつつある映像作品が新たに仲間入りし、国内外から公募による約400作品がエントリーされ、1次審査を通過した28作品が会期中に「短編ビデオフェスティバル」として上映されました。この他にも企画展や数々のイベントを開催し20万人を超える入り込み客を数えました。
 芸術祭作品は公共交通機関が十分でない広大な里山に点在しています。来訪者は車や自転車、徒歩など様々な交通手段を駆使して作品めぐりをしますが、全ての作品を見るには自家用車を使っても3日以上かかります。中には1か月以上滞在しながら作品をめぐる方もいました。
 炎天下での作品めぐりは非常に大変ですが、作品めぐりの途中で出会う里山の風景こそ、われわれが最もこの地域で来訪者に見てもらいたいという意図が隠れています。
 また大地の芸術祭のもう一つの特徴が「作品の地域性」です。アーティストたちは雪や農業、歴史、植生など地域の特色を作品に反映させ、ここ越後妻有でしか成立し得ない作品を作って、地域を切り取って見せました。
 こうしたアートによる地域づくりは過疎地域再生の試みとして国内外で高い評価を得ており、美術界においては「echigo‐tsumari」の名は世界中から注目され、数多くの海外旅行者が訪れるようになりました。また地域づくりの観点からも、全国の自治体や各種団体などの問い合わせを受けており視察も多数来圏しています。


地域住民と交流

 芸術祭期間中は、事務局で計画した作品やイベントの他に、参加アーティストや学生と住民がカウント外の作品を作ったり、あちこちで突発的な(芸術的突拍子もない)イベントが開催されたり、地域住民が自主的に案内所を設けるなど、事務局ですらその全容を把握できない大きなムーブメントとなっています。
 大地の芸術祭の取り組みは最初から順風満帆に行なわれたわけではありません。特に日常生活空間が作品の設置場所になることから、住民の理解と協力を得ることが最も重要なことですが、第1回展では現代アートに対する嫌悪や公的資金の投入への批判などにより、地域住民の理解を得ることが困難でした。
 しかし数多くのマスコミがこのイベントを取り上げてくれたこと、作品が設置された集落に大学生など若い来訪者が数多くあり、地域が活性化したという声が数多くあったこと、また首都圏の学生を中心としたボランティアグループ「こへび隊」が企画運営に参加し、地域住民との協働作業が数多く行なわれたことが評価され、第2回展では商工会議所や数多くの集落にも理解され、50を超える集落や商店街などから作品設置の要望があがるなど、第1回を上回る盛り上がりを見せ成功につながりました。
 特筆すべき存在である「こへび隊」の献身的な活動は、数多くの住民や来訪者に感動を与えてくれました。彼らの大多数は、この地域とは縁もゆかりもない若者たちですが、地域住民との協働作業の中で、交友が芽生え、会期終了後も地域のまつりなどに参加し、第二の故郷として地域住民と交流を続け、さらにはこのイベントをきっかけとしてIターンする者もいました。また地域住民も都会の方との協働作業でより一層の活性化が図られ、地域外の一流のアーティストたちが協働作業の中でその土地の価値を認め、さらにそこに魅力を加え情報発信してくれることで、地域への誇りを取り戻すことができました。


「ホップ、ステップ、ジャンプ」

 第3回の平成18年はジャンプの年であり、過去2回を上回るイベントにするため、準備を進めています。既存作品の有効活用とPR、受け入れ体制整備や個性ある商品開発、廃屋等の地域資産の有効活用などを目玉に第3回展を目指し、また地域ボランティアの育成や、効率的な移動手段等これまでの課題に取り組みながら、芸術祭の開催時期だけでなく年間を通した誘客や、地域資源との連携を目指します。
 合併により1市1町となりましたが、これまで広域的な連携を進めてきたことで、逆に各地区の個性を引き出し、元気な地域づくりの原動力になっているのではないかと思います。また中越地震で深い痛手を受けた地域や住民が、震災復興へ向け元気で頑張っている姿を国内外に発信できるよう、協働による地域づくりに取り組んでいきたいと考えています。