「ふるさとづくり2004」掲載
<集団の部>ふるさとづくり賞 内閣総理大臣賞

「のきさき」からのまちづくり
福島県会津若松市  アネッサクラブ
アネッサクラブの誕生

 蒲生氏郷公が入封(1590年)以来、城下町会津若松の基盤づくりが始まり、約400年以上続いた大町通りで、「自分と店とまちづくり」をテーマに商店街の姉さまたちは立ち上がった。
 この姉さま集団が“アネッサクラブAnessa Club”である。
 会津若松市がモール化する道路工事計画の中で、女性の参加のもとに自分のまちは自分たちで創ることの大切さと表現の楽しさが実感できる取り組みが始まり、65店舗の姉さまたちが参加し、1997年2月にクラブが設立された。
*「アネッサクラブ」の由来は、会津弁で商家のおかみさんを「あねさま」と呼ぶことからきている。


「のきさきギャラリー」「四つのどうぞ」などで元気な商店街を

 基本活動の一つに、「のきさきギャラリー」がある。店の一角をギャラリーに見立て、昔から伝わる家のお宝(調度品や民芸品など)を季節にあわせたテーマをもって飾り、歴史ある商人文化を見てもらい、そこからふれあいが生じ、元気で楽しい街並みづくりを行なっていく活動である。テーマは、「お正月」から始まり、2月〜3月の「ふるさとのひな祭り」と続き、その後「端午の節句」「母の日・父の日」「梅雨」「七夕」「お盆」「お月見・実りの秋」「クリスマス・師走」などと1年を巡っていく。
 二つ目の活動は、“四つのどうぞ!”運動である。
「いす」をどうぞ、お休みください。
「トイレ」をどうぞ、お使いください。
「お茶」をどうぞ、召し上がりください。
「お荷物」をどうぞ、お預かりします。
 街を歩いていると自ずと必要になってくることであり、商人として当たり前のことである。各店舗では、お客様が入りやすいように四つの中から、自店でできることだけを表示することで、無理なく続いている活動である。
 この活動は、講演会への招聘や取材などを通して広く紹介され、あっという間に近隣の県や地域の団体でも実施されている。今後もこうした“おもてなし”の心が広がっていくことを大いに期待したい。


「クリーンデー・花と緑のストリートづくり」活動も

 この他の活動として、毎月1日を「クリーンデー」と設定し、店先道路の一斉掃除を行っている。これも当たり前のことであるが、当日は、側溝の蓋を開けて念入りに掃除する。さらに、「花と緑のストリートづくり」活動がある。店先に「ケナフ」「ハーブ」「里帰りの梅」や「季節の花」の鉢植えを並べ四季の彩りをしている。これらの活動はすべて“のきさき”につなぐことにしている。
 こうしたアネッサクラブの基本活動は、「アネッサ憲章」に掲げられ、わがまちを慈しむ気持ちを表現し、また連帯感や意識づくりのためにも役立っている。
(参考)アネッサ憲章
○私たちアネッサクラブは、軒に連なる店先に四季折々、会津の歴史や文化に彩られた“のきさきギャラリー”を展開します。
○そのギャラリーを通してふれあいのある楽しく居心地のいいまちづくりをめざします。
○私たちは、会津のまちが日本の「ふる里」であり続けたいと願います


「店の中」から「社会」に向けた活動が始まる

 現在、1997年の結成から8年目を迎え、活動の幅はますます拡大化している。エンパワーメントを図るため、生活文化と経済を切り口に“おもてなしの心”を学ぶなど文化講演会や市民参加型のオープンセミナーの開催をはじめ、経営品質講座などのカリキュラムをもった「アネッサ大学」を開講し、これまで店の中にいた姉さまたちが社会に向けて活動を起こしていく場づくりや機会づくりを進めている。
 まだまだアネッサクラブの活動はさらなる進化の過程にあり、いわば街おこしへの取り組みの広がりを見せている。例えば、会員手作りのラベルを張った「ひなの甘酒」などアネッサブランドの製品化、2002年には「文明開化はいからさんに逢えるまち」を企画し、日本の改革期であった明治、大正時代に合わせた衣装に身を包み、通りを動く“のきさきギャラリー”にするなどのイベントを開催した。また民謡「会津磐梯山」の原型といわれている「かんしょ踊り」を会津の伝統芸能として復活させ、サマーフェスタの新しいイベントに定着させていく原動力となるなど、その活動の輪は約1・5キロの大町商店街の垣根を越え、周辺商店街の姉さまたちとの交流による通りの連続性、回遊性づくりに確実に根付いてきている。


シンボルマーク・マップ・制服着用でアピール

 「アネッサクラブ」活動をアピールするために、公募により「シンボルーマーク」決めた。「シンボルマーク」に選ばれたのは、高坂矩夫氏の作品。周囲は安定感を表わす卵型、顔はちょっと野暮ったくて温かいほのぼのおばさんという感じで、顔の下に英字でクラブ名を書いたもの。
 「のきさきギャラリー」を表示するため、書道家として著名な宮城教育大学の加藤豊仭氏の揮毫で会津塗りのパネルを作った。
 当地を訪れる観光客などへの案内用として、1999年「アネッサストリートマップ」を会員の手作りで作った。マップには、大町通りの店舗を一軒ずつ表示し、業種と各店の一口PRを書き込んだ。裏側には、会員自身が手書きした似顔絵を印刷し、店舗毎の「アネッサ」がマップで分かるようにした。このマップは、今年3版目1万部を印刷し、各店舗や観光案内所などで配っているが、観光客等から好評を得ている。
 1998年から始まったJR会津若松駅のSL乗入れの際、「アネッサクラブ」が行った駅頭出迎え活動をきっかけとして、イベント等の際に着用する制服を決めた。 
 制服は、着物姿に朱色の会津木綿の「前掛け」と「たすき」に「黄色い手ぬぐい」の“あねっさ”かぶり。いかにも商家の姉さまといった出で立ち。もう一つの制服は、洋服にも着物にも合う紺の上着。上着の背の上部には、「アネッサ」の紋を入れた。商売の途中でもこの上着を羽織ればたちまち「アネッサクラブ」の活動に参加できる優れもの。


8年目を迎え全国的に活動が拡大

 「アネッサクラブ」活動は、スタートしてから8年目で全国的にも知られるようになり、この活動をモデルにした取り組みが、近県はもとより全国各地に拡大しつつある。
 アネッサクラブの活動が評価されてきた背景には、女性にできるまちづくりをテーマに、肩肘張らずに様々な活動を展開していくという考え方があり、その進め方においても、商店街という単位ではなく、通りや路地なども活かした歩行者空間づくりやおもてなしによる交流が基本にあり、これが家族の支援や協力を得、地域に認知されるようになってきたことによる。
そして現在、アネッサクラブはさらに進化し、行政とも関わり、景観対策や街並みづくりの推進、観光を活かしたまちづくりへの主体的な参加、また男女共同参画づくりの推進などの面でも、その活動の役割は大きくなってきている。
 これからも姉さまたちの元気な笑顔が、ふる里会津にとっての何よりのお宝となっていくものと期待している。