「ふるさとづくり2003」掲載
<集団の部>ふるさとづくり賞 振興奨励賞

生活劇で因習打破
熊本県大津町  住みよい田園の郷づくり「ほりだし劇団」
はじめに

 思い起こせば、十数年前から自分の住んでいる地域を良くしようと危険箇所探し等をしてきた私たち。時代はいつの間にか、男女共同参画社会基本法が施行されるまでなりました。日頃から「どこかおかしいよね」「何か変よね」と呟いていた私たちが江村英子先生(熊本県男女共同参画活動交流協議会副会長)の講演を聴いたのは4年前のことでした。
 思いに火をつけられたこともあって「聞きっぱなしじゃなく何か私たちにできることから行動しよう」との思いはすぐに意気投合。メンバーは専業農家の主婦であり、兼業農家の主婦にパート勤めの主婦等と、結婚してこの地区に嫁いできた者ばかりの集まりでした。
 農村地区に根強く残っている因習、慣行(女性差別等)に人権を無視された苦い経験を持つ私たちは、これまで当たり前と思われてきたことを再(細)点検してみようと立ち上がったのです。「基本法なんて言葉ばっかりたい」と言われるほど周囲の意識の低さにも不満を感じ、なんとかして自分たちの力で住みよいふるさとづくりを実現させたい一心で男女共生の意識改革運動を劇で啓発していくほりだし劇団を誕生させました。
 私たちの住む大津町は周りを田んぼに囲まれた緑の美しい熊本の田園調布ともいえる町ですが、県民の特徴のひとつで話し合いは男性中心、何かすると足を引っ張る女性。そして数年前までは女性が区役(集落作業)に出ても一人前とは認められず罰金(不足金・尻助金・半未身などともいう)を持って出なければなりませんでした。


初舞台

 舞台を踏むまでにそう時間はかかりませんでした。タイミングよく江村英子先生がPTA主催で地元の小学校で講演されることを知り、先生の講演の前座を「ほりだし劇団」で務めさせていただました。
1幕、産まれる前から男の子をと願う農家の跡取りの問題
2幕、男の子、女の子の色をとりあげた母親の問題点
3幕、母親に寝込まれた時の家庭での男女の役割分担
 うまく伝わるだろうかという不安のなか、いつしか肥後弁で訴えていました。結果的にはそれが受けたようです。わずか15分程度の寸劇でしたが、初めての舞台発表はすべて手作りの大変さや喜びとともにいくつかの課題を残しまた。
 それから3か月後、行政より依頼を受けアメリカ、へスティング大学生との交流会を地元公民館でおこないました。劇と直接関係なく無駄なことかも知れないけど、折角迎えるなら楽しんでいただこうと一所懸命趣向を凝らしました。ひな人形や扇、兜を飾って迎え、書道や舞踊を一緒に体験していただきたいへん喜ばれました。
 大学生が「小さい時は厳しく躾られたけど、今は自分の好きなことをさせてくれる」と話す。彼らの言葉から、日本の伝統文化とは少し違った子育ての文化を垣間見た気がしました。変えることのできないもの、変えていかなければならないものにも気付いた有意義な一日でした。
 他にも他地区の懇話会委員さんたちとの交流学習会も持ちました。少しずつではありますが劇団員自らの意識も高まり、ほりだし劇団の旗上げ公演を迎えるにいたりました。


産みの苦しみから

 前に務めた前座と違って1時間ものの劇づくりは想像を絶するものでした。この時ほどエネルギーを使い、頭を痛めたことはないでしょう。意見はバラバラでテーマも決まらない。気があせるだけで時間だけが過ぎて行く毎日、今思うと産みの苦しみを味わった時でした。逆にそういう時だったからこそ、会話の少なかった夫とも随分話題が豊富になった気がします。いつの間にか自分のパートナーが一番の協力者であり、助言者になっていました。
 やっと“自分の殻を破り、固定観念から抜け出してみよう”と多くの女性問題をとりあげた女性たちの集会の様子を劇にすることで話はまとまりました。結婚式で互いに協力し合うことを誓い合った二人で幕開け、そこから色々な場面へと展開していく。
 結婚10年後の共働きの朝の様子の一幕や、農家の長男の嫁、キャリアウーマンに専業主婦、親を介護中の嫁に農業アドバイザーという地域の女性たちが集う場面。地域婦人会の旅行の話を中心に立場の違う嫁たちの意見の面白さ、しかも肥後弁あり、東京弁ありで観客を笑いの渦のなかに巻き込んでいました。
 劇終了後、観客にマイクを向けると「家族で見たかった。また見せてください」「私たちはおしん時代だったけど、これからは家庭内の小さな問題から努力して変えていきたい、頑張ってください」など、反応の大きさに勇気づけられました。
 公演にこぎつけるまでには寸暇も借しんで準備に追われていた頃、私たちが一番恐れていた「あすこん嫁ごたちあ・・・(あそこの嫁たちは)」のうわさが流れたこともありましたが、夫を味方につけていた私たちは、ひるむことなくこの危機を逆に地域一体化のチャンスに結び付けていきました。
 ほりだし劇団は、日常生活のなかの矛盾や不合理を笑いのなかで問題提起し、観客に考えてもらうことを目指しています。劇づくりをしていると男女共同参画社会とは生活環境の全てに当てはまることに気付きます。人権を常に念頭に置きながらセリフの一語一句に気を配る。この作業が一番難しく、かつ苦しいことも本音です。しかし、それぞれが持ち寄る家庭の話題は方言丸出しで、年配者が使っていた言葉の発掘をしていると笑いは絶えません。笑いのなかでの本音、これこそがそのまま台本となっでいるのです。
 同じ目標に向かって活動する劇団員の姿は、家族や地域へと知らず知らずのうちに浸透していったようです。


男性や子どもたちへの影響

「今、公民館に美人がいっぱい集まっとるけん、ちょっと出てこんね」の電話にホイホイ出ていったのが始まりで足掛け3年になります。“男女共同参画社会”の言葉すら知らなかった私が戸惑いも感じながら役者となり、役を演じているうちに「なるほど、なるほど」と思えるようになりました。ほりだし劇団がおこなっている活動は、周りの人々の心に「男女共生社会とは何ぞや?」を訴えており、ひいては人間育成に大きな役割を果たしていく地域おこしだと思います。
 またすばらしいと思えるのは、それぞれの観点でさまざまな意見を出し合い、それを基に手製のシナリオにユーモアを交えたアドリブを加えながら演じることで、観客の人たちに「自分も劇と同じことやっている」と気付かせていることです。自分の周りにいる“男尊女碑族”を洗脳していきたいと、ほりだし劇団の男性団員は感想を述べます。
 当初女性だけの劇団員だったのが、今では男性も加わったことで双方の視点で劇づくりができるようになりました。
 また劇団員の子どもの友人が高校の演劇部だったことで共通の話題がきっかけとなり、ある日、ホテルでの公演を頼まれた時は高校生が手伝いに来てくれました。地下足袋掛けで裏方に徹する姿は頼もしく、今でも私たちの大きな支えとなっています。
 劇を通して「おばちゃんたちはすごいことやってるね」と地域の若者が知り、男女共生がしっかりと伝わっていくことが私たちのねらいや願いであり、その実証を得ています。


活動の成果

 このようななかで、今私たちの地区ではとてつもない大きな出来事がありました。劇団員のなかから、夫の両親と養子縁組が成立したのです。大津町で初めての養子縁組は皆の注目を引きました。嫁の人権を全く無視した体験談「窓を開けて」を涙して読まれた団員のお父様が、蚊帳の外に置かれてきた農家の嫁の人権を認める、その先駆けとして養子縁組の話を持ち出されました。また女性農業委員も誕生しました。彼女も最初は「まだ先輩がいらっしゃるのに・・・」と思ったそうです。でも自分自身が「ほりだし劇団」で勉強し活動しているのにいつまでも「私なんかと尻込みしてはいけないと気付き、周りの人の力を借りながら協力していこう」と決心したそうです。
 専業農家では、家族経営協定を結ばれた家庭もあります。また町の各種委員の席を温めるようにもなりました。こうして私たちの活動は、自分自身がそして周囲が女性の人権を考えるきっかけとなり実績も生まれてきました。
 最大の成果は、地域の定期公演で地区の区長や町の教育委員長に特別出演してもらったり、男性の応援が増えたことです。これは知識が意識となり認識へと育っている証ではないでしょうか。


終わりに

 どんなに男女共同参画社会基本法ができようとも、地域の風習は簡単に変わるものではなく根深いものがあります。しかし、何人かが声を上げ行動していくことで、家庭も地域も少しずつ変わっていくのを実感することができました。集まっては呟いていたことを劇にしただけで、確かな一歩を踏み出し地域に影響を与え、よどんでいたものが少しずつ流れ始めたようです。しかし、地域全体を見た時に多くの課題が残っているのも事実です。その課題を解決するために「おかしいな」と思っていることを、仲間とともに声に出し劇を通してこれからも社会に投げかけていきます。