「ふるさとづくり2002」掲載
<集団の部>ふるさとづくり賞 振興奨励賞

牛の心を大切に地域の肉用牛経営を支える
長崎県三井楽町 三井楽町牛心会
 三井楽町は五島列島福江島の北西部に位置し、周囲を青く澄んだ海に面した風光明媚な地域で、古く万葉の時代には遣唐使の日本最後の寄港地としてにぎわうなど当時を偲ばせる遺跡が数多く存在する。
 人口は平成3年4854人、平成13年4058人と減少しており、基幹産業である漁業、農業においても就業人口は減少の一途で、肉用牛農家戸数も平成4年に144戸であったのが平成13年には72戸と半数にまで減少し、さらに全農家人口の約30%が65歳以上と高齢化が進行している。農業では肉用牛、葉たばこ、水稲をはじめ穀類、野菜などの土地利用型農業が中心であり、農業粗生産額9億7000万円のうち約37%を畜産が占めている。


国際化の波に負けないために

 平成3年4月の牛肉輸入自由化の影響で全国的な子牛価格の低下が予想される中、農家はその不安から労働意欲も停滞ぎみとなっていた。「このままでは三井楽の牛はダメになってしまう。おいたちがぎばらんば(自分たちが頑張らなければ)」と当時、平均年齢35歳、18名の若手肉用牛農家たちは考えた。
 国際化の波に立ち向かうには、より一層の技術向上と畜産農家同士の連帯意識の強化が必要であり、自分たちの努力が三井楽町の畜産振興につながると信じ、平成3年(1991年)4月に組織を立ち上げた。組織の名称は「牛心会」。牛を心から愛し、その牛を通じて少しでも地域農業に役立ちたいという会員の強い思いからついた名称だった。


活動を決定づけた農家アンケート


 発足した当初から自分たちに何が出来るのか、みんながどういうことを求めているのか考えていた。何度目かの会合で会員の誰かが町内畜産農家全戸を対象にしたアンケートを思いついた。アンケートの内容や調査区域の担当を自分たちで決め、1戸1戸家庭訪問して調査を行った。そこで農家と話していくうちにみんなの要望が見えてきた。高齢者や女性を中心に、子牛の引き出しや除角、削蹄など労力を必要とする作業への支援要望が予想以上に大きかった。これだったら自分たちにもできる。そう強く確信して活動の主軸をヘルパー活動にシフトさせていった。
 活動内容は何度も協議を重ね、できるだけきめ細かく、互いに満足することを心がけながら中味を作り上げた。また関係機関との連携も同時に進め、全体活動の事務局は三井楽町経済課が、作業支援などヘルパー活動の事務局はごとう農協三井楽支所が担い、研修会は普及センター等が受け持つなど協力体制を整えた。


これまでの活動状況

 立ち上げた翌年の平成4年5月からヘルパー活動を実施した。ヘルパー活動は当初高齢者対策を中心とした作業支援と地域環境美化をあわせて実施した。また同時に肉用牛の飼養管理、受精卵移植、削蹄などの先進技術の研修会、肥育農家との交流による情報交換など会員の技術、意識向上に努めた。

<1>ヘルパー活動
(1)せり及び共進会での牛の引き出し、係留
・子牛の引き出しは年間平均50頭前後であり、活動開始から2年後の平成6年度には会員分も含めると264頭と町飼養頭数(879頭)の約30%を実施している。
・13年度せり市場には三井楽町全体で494頭の子牛が上場されているが、引き出し支援は会員分も含め233頭と約半数を担っている。(13年4月現在、三井楽町肉用牛農家73戸、繁殖雌牛756頭飼養)
・せり場で牛を立たせる係留は島内一円から市場に集まる約500頭の牛を一手に引き受けており、2か月に1回開かれる子牛せりごとに3名程度の会員が交代で従事している。
(2)除角、削蹄
・除角はまず会員所有の繁殖牛で行い、扱いが楽になるなどその効果を実証したことから、平成6年度までに520頭と町全体の約60%が実施され、その後は育成牛を中心に年間50頭前後行われ、町内のほとんどの繁殖牛で実施されている。
・削蹄は講習会等により技術向上を行い、会員分を中心に行っている。
(3)飼料給与補助
・冠婚葬祭や休息日への対策として、平成12年度は17・5日実施するなど年間平均5日程度実施されている。

<2>研修会等の開催
(1)女性によるパソコンでの農業簿記
・経営は女性を主体とし、既婚者の奥さんたちによる農業簿記を実施している。
(2)肉用牛肥育農家との情報交換
・繁殖農家は牛肉の素材となる子牛を育てている。肥育農家はその素材を活かし、美味しい牛肉を作り上げる。牛肉の善し悪しは繁殖農家の評価にもつながる。肥育農家とつながりを持つことで、本当に質の高い子牛生産につながる。
(3)技術向上、補助事業についての研修会
・2か月に1度開かれる定例会において引き出しなどの担当を決めるのとあわせ、研修会を実施している。その内容は牛の飼育管理技術、放牧の試験成績、改良に関する内容など多岐にわたる。

<3>先進技術並びに地域特性を活かした生産への取り組み
(1)モデル牛舎建設による飼養頭数の増加
・壁がなく開放的かつ機械で除ふん作業を行う省力的な牛舎を平成9年度より建設している。この方式が下五島地域のモデルとなっており、近年の地域全体の頭数増加のけん引役となっている。
(2)耕作放棄地での蹄耕法等による草地造成
・人口流出や農業の高齢化により耕作放棄地や未利用地が増えていたが、牛心会が率先してこうした土地を牧草地にする事業に取り組んでいる。
 今では島内各地で放牧地利用の輸が広がり、三井楽町では5ha、下五島全体で45haまで造成が進み、今後も拡大の見通しである。
(3)受精卵移植への取り組み
・受精卵移植は牛の改良速度が格段に早まる技術であり、農協や家畜保健衛生所が主体となって活動している受精卵移植研究会に積極的に参加し、三井楽町肉用牛の改良に貢献している。

<4>環境美化
(1)自衛隊施設周辺や農道での草払いの実施
・町の環境美化はこれまで町民の有志で行われていたが、高齢者が増え、作業が困難となる中、牛心会が委託を受けて年3回ほど自衛隊施設や農道を覆っている雑草の刈り取りを行っている。これらの雑草は乾草が不足する時の粗飼料として役立っている。


へルパー活動の充実に向けて

 平成10年にへルパー活動内容拡充のため普及センターが実施する農村シルバーいきいき事業を活用し、再度アンケート調査及びヘルパー内容の見直しを行った。その結果、飼養頭数が少ない農家や兼業農家において、牛の餌となる牧草の生産が重労働となることから牧草生産に対する支援も求められていることが分かった。
 牧草作りは乾燥作業の時に天侯の影響を受けやすく、数か月分を1度に収穫するので収納場所も必要となる。その点ラップフィルムを用い梱包する場合は、天気に応じた作業の調整が可能で、また畑や空き地がそのまま倉庫になるので、収納場所に困ることは少なくなる。
 こういった利点を考慮して牛心会の会員が主体となり大型機械の導入及びラップフィルムの活用を行い、これにより天候の影響を受けにくい牧草生産支援体制を整えた。量だけでなく、品質も安定した牧草の生産が可能となったため、収穫請負面積も年々増加している。
 今後のヘルパー活動の柱となっていくものと期待されている。


五島の肉用牛発展に向けて

 結成後10年を超えるヘルパー活動は町内の肉用牛農家、特に高齢者や女性に高い評価を得ており、現在では下五島地域の肉用牛振興になくてはならない存在となっている。
 このような組織的な活動が認められ、平成11年に長崎県農業賞の知事賞を受賞した。
 牛心会の影響により現在島内で二つの組織がヘルパー活動を開始している。
 会員たちは利用者から感謝されることが一番嬉しいことであり、その人たちの喜ぶ顔が見たくて、作業にも力が入る毎日である。
 昨今はBSEにより販売価格が低迷するなど、結成当初以上に厳しい問題が立ちはだかっているが、自分たちの努力が三井楽を元気づけるとの思いで前を見据え、頑張っている。
 高齢者や女性にも安心して牛飼いが続けられるヘルパー活動が三井楽だけでなく、下五島全体で行われるようになれば、牛飼いの楽しみも増え、後継者にも伝えられる畜産ができると会員は信じている。
 将来は三井楽だけでなく、下五島全体で牛が増え、草を噛む姿が自然に見られるようになることが牛心会の究極の目標である。