「あしたのまち・くらしづくり2015」掲載 |
あしたのまち・くらしづくり活動賞 振興奨励賞 |
社会教育における都市農村交流の意義についての一考察―おおにし農業小学校への取り組みを通して― |
福岡県八女市 おおにし農業小学校 |
1.はじめに 現在、私たちは、福岡県八女市黒木町の一地域に於いて、農業体験を中心とした都市農山村交流活動『おおにし農業小学校』(以下「おおにし農小」)を展開している。この活動の特筆すべき点は、行政主体で展開されているのではなく、地域住人だけで企画・運営がなされているということである。 岡幸江は、社会教育を考えていく上で必要なことは、「高齢社会」だ「地域福祉」だというような個別対応の社会教育ではなく「喜びも痛みもかかえて生き続けていく人間としてともに生き・ともに学びあう、社会教育をひらいていくとはどういうことなのか」を考えることの大切さを指摘している。 今回、この『おおにし農小』の取り組みを社会教育という点から考察することで、活動の社会教育的意義と、今後の社会教育を構築していく上での一つの参考にできるところを見いだすことができればと考えている。 2.都市農山村交流について (1)都市農山村交流とは 都市農山村交流(以下、交流)とは、農山村地域を、地域資源を活用したレクリエーション(人間再生)の場として活用し、都市住民のふるさとや豊かな自然を求める動きに対応すると同時に農山村の活性化をねらって展開される交流活動のことである。交流の意義としては、交流が活発に展開されれば、外部からの来訪者が地域単位の寂しさを緩和すること、交流を繰り返し、生活の見込みが立つならばI・Uターンの定住者の増加が期待できること、地域づくりに対して、これまであまり積極的ではなかった住民を巻き込むなど、参画者を増やしながら、地域としてまとまりをもった形で展開され地域活性化につながること、既存の交流施設の活用を図り、雇用の場を守るなど、地域経済を下支えしていること等があげられている。 (2)おおにし農小の概要について ① 地域の様子 おおにし農小がある鶯西地区は、熊本県境に近い山間地に位置し、独居老人家庭が3戸、三世代家族が6戸(38人)の計9戸が点在する小さな集落である。 これまで農業で生計を立ててきた家ばかりであるが、50代以下はほとんど地区外に勤めに出ている。昼間地区内に残るのは高齢者ばかりで、村内平均年齢は、およそ50歳(60歳以上は13人)である。 ② 活動の目的 地域の高齢者の技術を生かした農業体験活動を通して、都市部からの農耕体験希望者との交流を図り地域の活性化をはかる。具体的には、以下の3点。 ・ 地域の人の意識を変える。 ・ 都会流出に歯止めをかける。 ・ 今回の取り組みが成功すれば、町内の同じような地域でも実践するところが増え、町全体が活性化させる。 ③ 活動場所、及び職員 地域の学校(鶯西小学校)が閉校し、宿泊施設を備えた「おおにしふれあいセンター」を中核に、鶯西地区の田畑や竹林・茶園など集落全体が活動場所となっている。 ④ 運営方法 毎月1回程度登校日を設定し、年間12回を通して活動を行う(H27については、年間6回)。具体的には、 ○ 農家博士(地域住民)の指導により、田んぼや畑を耕し、稲や野菜を育てる。 ○ 収穫した野菜等を調理(じゃがいもまんじゅう作り、鬼の手こぼし作り、もちつきなど)して、先人の知恵を学ぶ。 ○ 近隣の山歩き、川あそび、しめ縄作りなどを通して、地域の自然に親しみ人と交流するとともに伝統文化を学ぶ。 ⑤ 年間カリキュラム
⑥ 活動実績 平成19年度より活動開始以来、年間12回の登校日で、毎回30名ほどの都会(福岡市、北九州市、小郡市等)からの農業体験交流希望者が参加し、活発に活動を行っている。この交流をきっかけに、福岡市内からの移住者5名を初め、多くの方に地域への関心を高めることができている。 3.「現代社会教育の課題と可能性」から 松田武雄は、『現代社会教育の課題と可能性』の中で、社会教育に求めるものとして、次のように書いている。 「社会教育が社会教育施設内で完結するのではなく、社会そのもののなかから育っていくような仕掛けを、公的システムのみならず様々なチャンネルを通じてつくり上げていくことが重要」であるとしている。そして、それは①「行政的公共性を超えて市民的公共性に基づく社会教育の創造」と②「教育機能と福祉機能の融合」、③「地域のネットワークの再構築」であるとしている。以下、この3点をもとにおおにし農小の取り組みについて検証する。 (1)「行政的公共性を超えて市民的公共性に基づく社会教育の創造」について おおにし農小の立ち上げの原動力は、地域住民の熱い思いであった。その思いとは、①停滞した地域の活性化、②宝の持ち腐れ的廃校施設の有効活用の2点である。どちらも、行政からの問題提起、あるいは何らかの働きかけがあったわけではなく、地域の課題に対する、地域住民の主体的問題意識から来る解決への希求であったと言える。そしてそれは、ふるさとを愛する熱い思いであったと言える。 (2)「教育機能と福祉機能の融合」について ① おおにし農小の教育機能 おおにし農小のカリキュラムは、農作業を中心に計画されている。内容的には、その時々の作物の「植え付け」「手入れ」「収穫」の一連の流れで行われるが、その流れの中で、協力すること、きつくても最後までやり通すこと、場に応じて工夫することなどについても、農業博士とともに活動する中で学ぶことができる。 ② おおにし農小の福祉機能 おおにし農小の職員(農業博士)は、地元で農業をしてきた高齢者が中心である。50代以下の地域外へ勤めに出ている者は、農作業のアシスタントを行う。高齢者の中には、野菜作りが得意な方、稲作りが得意な方というような農作業が得意な方はもちろんであるが、それだけではなく、昔家計を支えるためにされていた炭焼きやショウケづくり、ワラ細工作りに堪能な方がおられるので、そういう活動もカリキュラムに取り入れている。これまで、農作業や炭焼きなどを行うのは当たり前のことであり、特に取り柄であるとも感じることもなかった高齢者の方々は、「農業博士」「竹細工博士」「炭焼き博士」「郷土料理作り博士」等々と生徒さんに呼ばれることで、自分が必要とされている実感を味わわれている。 しかし、時には、生徒さんからの質問に上手く答えられなかったことを反省し、専門書を読んで勉強された農業博士もおられた。そして、その後むかえた登校日には、これまでと違ったわかりやすい説明の仕方で対応されたことによって、前回納得がいかないまま帰宅された生徒さんから、「今度はすごくわかりやすかったです。」とのお礼の言葉をいただかれ、博士はさらに生き甲斐を感じられていたようである。 また、鶯西地区に在住する30代半ばの男性は、地域の集まりに顔を出すことはほとんどなく、地域の人が家を訪ねると、家にいても隠れてしまうほどであった。しかし、「おおにし農小を行ううえで、どうしてもあなたの力が必要だから」と、根気強く説得し、できることから少しずつ手伝ってもらううちに、毎月の職員会議にも顔を出すようになり、登校日には高齢者の方に自分から話しかけるまでになってきた。 一方、生徒さん方における福祉機能としては、次の例を上げることができる。60代過ぎの女性のAさんは、これまであまり外に出ることを好まず、特に、農業に関わる活動はしたことがなかった。しかし、妹に誘われるままおおにし農小に登校し、最初は活動を横の方で見ているだけであったが、数回の登校を重ねるうちに、自分から畑作業を行うまでになり、毎回楽しみで登校するようになった。 以上、おおにし農小の教育機能と福祉機能について見てきたが、この事例から一方向的なサービスの提供という形にはなっていない。ギブアンドテイクの関係、つまり融合がなされていると言える。 (3)「地域のネットワークの再構築」について 鶯西地区では、年2回ほど、地区民全員が顔を合わせる集会(祭り)が開かれていた。つまり、おおにし農小を立ち上げるまでは、この集会が、地区外へ勤めに出ている者も含めて顔を合わせる機会であったと言える。そのため、集会当日出席できない場合は、小さな集落であるにもかかわらず、1年間顔を見られないで過ごすということもあった。 しかし、おおにし農小を立ち上げてからは、登校日の反省と次回登校日の計画を立てるために職員会議を開いているため、ほとんど毎月顔を合わせることができるようになった。特に、昼間地区内にいない若中堅層の者にとっては、画期的な変化であった。そして、「おおにし農小」という共通の話題ができたことで、誰とでも話すことができるようになったとの声が聞かれるようになった。 4.まとめ おおにし農小の活動を、「今、社会教育に求められているもの」として、次の3点①「行政的公共性を超えて市民的公共性に基づく社会教育の創造」、②「教育機能と福祉機能の融合」、③「地域のネットワークの再構築」から見てきた。その成果としては、都市住民のふるさとや豊かな自然を求める動きに対応していることはいうまでもなく、指導者として活躍されている地域の高齢者も、毎回生き生きと活動を展開され、地域の活性化につながっている。さらに、これまで自分たちが生まれ育ち、生活の拠点としている地域を振り返る機会の少なかった中壮年層についても、地域のよさにあらためて目を向けるよい機会となっている。そしてなにより、このおおにし農小の取り組みによって地域が一つにまとまってきていることは大きな成果である。このことから、おおにし農小の取り組みは、3点を含んだ取り組みであると言えるとともに、今、社会教育に求められている取り組みの具体的な姿ではないかと考える。 5.おわりに おおにし農小の取り組みは、小さな地域の小さな取り組みである。今回、その取り組みが社会教育の面からどういう意味があるのかということを考えることができたことは、大変有意義であったと考える。今後社会教育を考えていく場合、「喜びも痛みもかかえて生き続けていく人間としてともに生き・ともに学びあう、社会教育をひらいていくとはどういうことなのか」を絶えず念頭に置きながら、人と関わっていきたいと考える。 【参考文献】 松田武雄『現代社会教育の課題と可能性』九州大学出版2007 末本誠・松田武雄 編著『生涯学習と地域社会教育』 大浦由美(2008)「1990年代以降における都市農山村交流の政策的展開とその方向性」,『林業経済研究』 吉岡雅光(2008)「内発的発展としての都市―山村交流-山村を持続可能にするために-」,『立正大学大学院紀要』 |