「あしたのまち・くらしづくり2015」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 振興奨励賞

公共交通を生かしたまちづくりを目指して
群馬県桐生市 2015年の公共交通をつくる会
 私たちは、自家用車無しでも生活に困らない公共交通を生かしたまちづくり活動に取り組む団体です。まず、なぜこのような活動を始めたかについて説明いたします。群馬県東部にある私たちの住む桐生地域は、古くからの産業都市として明治期以降に四つの鉄道(JR両毛線・東武鉄道桐生線・上毛電気鉄道・わたらせ渓谷鐵道)が敷設され、それが現在まで存続している人口12~13万人程のエリアとしては、それなりに公共交通が充実した地域です。しかしながら、2005年(平成17年)当時、その中の一つであるわたらせ渓谷鐵道や、市内を走るコミュニティーバス「おりひめバス」廃止の話題が俎上に上がり、このままでは、自家用車に乗れないと日常の生活に困る地域になってしまう危険が出てきたと感じました。当時、日本経済はあまり調子が良くなかったものの、高齢化率も高まりつつある中、交通弱者と呼ばれる人たちは、運転免許証を持たない高校生や、もともと運転免許証を持っていなかったお年寄りのことを指しており、市民は次々できる大型ショッピングモールの完成を楽しみにしているような状況であり、自分が動けなくなるなどの認識がほとんどない状況でした。バブル期以降広大に広がった町や空洞化した商店街のことを気にするのは、商店街の当事者くらいでした。その様な中で、これまで足尾鐵道からわたらせ渓谷鐵道へと90年にわたる歴史を持つ鉄道の存続について考えるシンポジウム開催に関わったことをきっかけに、10年後のこの地域は、今のままではどのようになっているだろうかと考える機会を得ました。当時も桐生市は、群馬県内では高齢者比率が最も高い市であり、自家用車べったりの生活をしている市民が、高齢化の進行によりその足を失い、スプロール化した広大な市域で、鉄道やバスを失って途方に暮れる姿が思い浮かんだ訳です。そこで、「今から10年後に、運転免許証が無くても日常の生活に困らない公共交通を生かした地域をつくること」を目指して、公共交通の重要性をアピールし、利用促進とそれを生かしたまちづくり活動に取り組む組織として「2015年の公共交通をつくる会」をスタートさせました。
 とはいえ、自家用車万能の群馬県では、どこから手を付けてよいかわかりませんでした。桐生市の交通事情について知ることができる桐生市が行う出前講座を受講したり、地域のお祭りやイベントなどで、地元の鉄道車両を模った実際に乗れるおもちゃの電車模型(以下「ミニトレイン」)を使って、公共交通の重要性を訴える活動などを始めてみました。
 その様な中で、実際の交通機関とのつながりをつくる手始めとして、存続の危機が叫ばれていたわたらせ渓谷鐵道(以下、地元の愛称である「わてつ」)の応援を始めることにしました。沿線最大の人口を持つ桐生市では、わてつを利用できる地域は限られ、市民の関心は低く、乗ったことが無いという市民が圧倒的という状況でした。そこで、地元企業などから協賛金を集めて、市民を対象に体験乗車を行う「市民列車」の運転を計画しました。当時のわてつには、お座敷客車「サロン・ド・わたらせ」がありました。この車両を貸し切って、乗ったことのない市民約40人を廉価で招待し、体験乗車をしてもらいました。売り出した招待乗車券は、5分で完売。入手できなかった方からクレームが出る盛況でした。運転当日の車内では、わてつの歴史や見どころのアピールの他、「鉄道が存在していることの大切さ」を話す機会を設け、鉄道やそれに続く二次交通(バス)の大切さを訴えました。
 次の取り組みとして、2006年(平成18年)6月から桐生市内で特に汚れが目立っていたわてつ下新田駅の清掃を始めました。これが現在まで休むことなく続いている月例清掃会であり、当会員のミーティングの機会ともなっています。当時のわてつは、無人駅が汚れ放題で、生活ゴミがあふれ、落書きだらけ。高校生が卒業を機に捨てた通学自転車の廃車体があふれている状況でした。毎月第1土曜日の午前8時から、早い会員は7時ころから駅に集まって掃除を始めます。当日が元日であっても、どんな悪天候でも、これまで一度も休みなく続けられています。この7月で106回を数えるまでになりました。鉄道会社と相談してゴミ箱を撤去したり自転車を片付けたり、掃除をすることで駅がきれいになり、その後は生活ゴミの持ち込みもなくなり、きれいな駅が維持されるようになりました。また、周辺で雑草が茂り放題であったわてつ所有の敷地を開墾し、駅周辺の方の参加も得て、現在ではハーブガーデンをつくり、わてつや並行するJR両毛線の車窓を楽しませています。
 それから、2008年(平成20年)3月から始めた「タブレットクッキーによる枕木寄付事業」についても触れたいと思います。この事業は、昔の鉄道で使われた通行手形である通票の形をした原寸大クッキー(厚さ1センチ、直径10センチ、本物の通票は真鍮でできています)を皆様に購入いただき、100枚購入するとメッセージ入り記念名板が着いた枕木1本がわてつに寄贈されるというものです。この活動により、今年6月までに745本の枕木が寄贈され、記念名板も69枚が取り付けられました。クッキーの製造は、地元の福祉作業所に依頼し、NPO組織の継続に寄与しています。また、名板に書かれるメッセージにも様々な物語があり、わてつを訪れるたくさんの人たちの思い出づくりにも役立っています。名板の取り付けには、寄贈者はもとより、わたらせ渓谷鐵道(株)の社長のご出席もいただき「はなもも祭」などの沿線行事の際に取付式を行っています。745本の枕木と言っても線路の長さにすれば500メートル強にしかならず、全長44キロのわてつの長さにははるかに及びませんが、少しでも鉄道の運行に貢献できたという満足感はひとしおのものがあるようで、お菓子としても遜色のない味のクッキーは、わてつの名物土産の一つとなっています。
 わてつの冬を彩り、乗車人数が落ち込む冬の利用者増を支援する「わたらせ渓谷鐡道各駅イルミネーション事業」にも第2回から参加して相老駅を担当し、駅の電飾の飾りつけとメンテナンスを担当してきました。この活動も資金難に苦しみながらも昨年第10回を迎えました。
 当会の会員は、「運転免許が無くても日常の生活に困らないまちをつくろう」という趣旨に賛同していただけば会員という仕組みです。その中で、実際にミニトレインの運行などの事業に取り組んだり交通事業者と活動に取り組む会員を実働会員(ボランティア保険に加入)として登録しています。会の活動は、現在委員会制をとっており、現在、ミニトレイン実行委員会(各地行事でミニトレインを運行し、公共交通の重要性をアピールする)、下新田駅清掃委員会(下新田駅の環境を整備するとともに当会の月例会を開催する)、下新田駅緑化事業委員会(下新田駅の緑化を行いハーブガーデンの整備を行う)、交通事業者応援グッズ制作委員会の4委員会があります。
 現在は、一般会員130名、実働会員30名になっていますが、群馬県内の他、埼玉県や東京都、遠くは関西圏からも情報を提供してくださる会員の方もいらっしゃり、ミニトレインの運行では埼玉県支部(勝手に名づけたものですが)の皆さんが大活躍してくれています。当会には、特に会則は有りませんが、以下の「会員活動心得」を守ることを条件に活動に当たっていただいております。
 2015年の公共交通をつくる会活動の心得
●活動主旨:近い将来、自家用車がなくても楽しく、豊かな生活を送るために、現在ある公共交通を使いやすいものにし、未来へつなげていくこと
●活動五箇条
1.自主性:我々の活動は、他から強制されたり、義務として押しつけられたりするものではありません。当会の活動の主旨を理解した個人の意志に基づいて行う活動です。
2.無償性:我々の活動は、金銭による報酬など見返りを期待して行うものではありません。活動での人々との出会いや、喜び、感動を大切にする活動です。
3.社会性:我々の活動は、公共交通事業者の事業範囲に入り込むことがあります。ゆえに会員個々が社会的責任を有していることの認識を持って、公共交通事業者の理解の下に、友好な関係を築きながら、活動を通して、人々が公共交通の必要性を理解し、活用することを期待するものです。
4.連帯性:会員がお互いに支え合い、学び合いながら、信頼関係を持って活動します。
5.創造性:我々の活動は、将来を見通して、今、何が必要とされているのかを考えながら、よりよい公共交通環境を市民の手で創る活動です。
 公共交通の活性化に関して取り組む市民活動は、県内では珍しい存在であり、そのせいもあって当会は、公共交通に関する活動には必ずと言ってよいほどお声掛けをいただきます。これまでに、わてつの沿線で鉄道を応援する組織の協議会「わたらせ渓谷鐵道市民協議会」の設立に参画。設立以来、同会の会長も当会長がお引き受けしています。また、上毛電気鉄道を応援する上毛電鉄友の会の設立に参画し、役員として上毛電鉄の応援にも取り組んでいます。また、会長が行政機関などの公共交通に関する委員会に参加する機会をいただき、桐生地域公共交通会議、群馬県生活交通対策協議会、国土交通省鉄道局「平成26年度地域鉄道のあり方に関する検討会」などで勉強する機会をいただきました。また、平成24年には、関東運輸局公共交通マイスターを拝命し、関東運輸局管内の公共交通に関する行事などに参加して情報交換をさせていただいております。
 このような関係諸団体の皆さんとの活動の中で、最も大きなウェイトを占めるのは、地元を走るわてつを応援する「わたらせ渓谷鐵道市民協議会」での活動です。この集まりは、協議会の名前が示す通り、この鉄道沿線で応援するために様々な活動をする組織の情報共有と活動ベクトル合わせをすることを目的とする集まりです。実際には各組織がそれぞれの活動をしながら相互の活動も支援し合う取り組みを行っております。当会も、わたらせ渓谷鐵道株式会社が行う「神戸駅はなもも祭」(鉄道会社主催のお祭り)、「わてつファンフェスタ」(鉄道会社主催の鉄道ファン向けのイベント)、「わてつ観光キャラバン」(東京などの駅へわてつのPRに出かけるキャラバン)などの行事においてミニトレインを運行したり、会員を送ったりするほか、2000本以上のあじさいの見ごろに沢入駅で沿線団体の一つ「もみじの会」が実施する行事である「あじさい祭」にて、ミニトレイン運行やハーブティーのサービスを行います。沿線は、高齢化と人口減少が進んでいて、年々設営側として参加できる人数が減少しています。そこで、当会を始め桐生地域の団体も協力することによりお祭りを盛り上げるように取り組んでいます。
 このような活動に取り組んで早くも10年が過ぎました。この間に、2010年には、活動全般について連合群馬地域貢献表彰、2012年には、下新田駅緑化事業が群馬銀行環境財団から表彰をいただきました。また、タブレットクッキーも、2008年度に温暖化対策「一村一品知恵の環づくり」事業で、ストップ温暖化大作戦優秀賞をいただきました。お陰様で、きりゅう地域の鉄道は、いずれも廃止されることなく、現在も走り続けておりますが、東武鉄道桐生線は、4両編成が2両に、わてつも車両が減ってお客様が多い紅葉時期の満員列車でも3両編成で走ることができなくなりました。上毛電気鉄道も、昭和3年の開業時からずっと維持してきた30分に1本の列車が発車するダイヤの維持が難しくなりつつあると聞きます。鉄道事業者のお祭りなどをお手伝いすると、鉄道の人気には驚かされますが、それにもましてそれを維持するために必要なお金の大きさにも驚かされます。鉄道をはじめとする公共交通の維持は、ますます難しくなってきているという実感です。しかしながら、最近の公共交通関係の会合で、一般市民から公共交通の大切さを述べる意見を聞くことが多くなってきたのも事実です。実際に運転免許証を失う状況になったり、そろそろ運転に危険を感じる年齢が近づいて、そうなったらどうしようと気が付く人たちが多くなってきたからに他なりません。10年前の高齢者は、もともと運転免許証を持っていない方々でしたが、今の高齢者は、自家用車の利便を享受してきた人たちです。ふと立ち止まって、自家用車に乗れなくなった自分の姿を想像した時、背筋が寒くなる思いをした人も増えてきたようです。これこそ、私たちの会が10年前の設立時に危惧した現実がさし迫ってきたことに他ならず、10年にわたり呼びかけを続けてきた成果が少しは現れてきたのではないかと思っているところです。これまでの活動を通じて、鉄道やバスなどの公共交通だけでは、地域の移動をまかなうことは難しいこともわかってきました。今後は、鉄道、バス、福祉交通をはじめ徒歩や自転車などの他、小型電気自動車なども含めて、生活交通を組み立てていく必要を感じているところです。当会も2015年の活動満期を迎えました。これからは、次の時代に向けて、2015年からの具体的な生活交通づくりに取り組み続けてゆきたいと考えているところです。