「あしたのまち・くらしづくり2014」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 振興奨励賞

コミュニティ協議会は地域を鼓舞する旗手!―地域力を守り育てる活動を通して―
鹿児島県薩摩川内市 里地区コミュニティ協議会
もやい精神と、新たな地域力を促進させる活動
 里地区は、鹿児島県薩摩半島の北西、東シナ海上にある甑(こしき)列島の上甑島東部にある。平成16年、列島の他の3村とともに鹿児島県薩摩川内市の合併に加わり、薩摩郡里村から薩摩川内市里町になった。人口1240人、世帯数638世帯、高齢化率45.75%の地区である。
 伝統的な「もやい(力寄せあう)精神」が機能していて、合併以前には介護率日本一の小さな自治体として報道されたことがある。
 太古の面影を宿す壮大で豊かな自然に恵まれているが、少子高齢化、過疎や経済の低迷、災害対策や航路確保など、離島であることによる課題も多い。
 合併の翌年に、市が導入した地区コミュニティ協議会制度で里地区もコミュニティ協議会(以下、協議会)を設立した。これをきっかけに、地域の全ての団体が協議会に集結した。屋台骨になったのは、五つある自治会だった。
 重要なのは、地域力を衰えさせない活動を目指したことだった。「地域ぐるみで!」というのは、ここでは単なるスローガンではない。
 合併すれば、行政組織の一本化が始まり、本土中央に集中していくことは推測される。無論、海を越えて自分の問題を共に心配してくれる家族が増えたような心強さもある。だからこそ、島の抱える問題を明確に伝えるためにも、地域の意見や思いをまとめていく必要があった。「地域ぐるみで!」は、文字通り、大多数の地域住民の暮らしそのものなのである。
 協議会には、地区内の各団体の代表が代議員として参加している。4部会に分けられ、各団体は、それぞれの活動形態にふさわしい部会に所属した。
 代議員総数78名の89%は65歳以下で、現役世代である。自治会加入率は95%を超え、ほとんどの住民が協議会の傘下にある。どの団体も自らの活動や行事を管理運営する技術を備えている。伝統的な組織力が、今も生きている地域なのだ。だから住民は、活動や行事をこなすことには長けている。しかし、待ったなしの高齢化に、このままでは対応できなくなることも明白だった。高校のない島で、進学のために島を離れた若者たちが戻ってくることは極めて少ない。仕事がないからだった。
 「地域の絆」というのは、下手をすると互いを意味なく縛りあい、関係を疲弊させるものに陥りやすい。現役世代が複数の役割を担っている地域だから、伝統的な「もやい精神」を、現代にふさわしい友愛的なものに、質的に変えていく必要がある。活動を重荷ではなく、地域を支える誇りと喜びに変えていく構造的な力学が、ことのほか、重要になる。
 地域は、「もやい精神」を、新しい状況にどう生かすのかを考察しながら、それを実践していかなければならないだろう。

若者たちがもたらした地域の輝き
 東京の美術大学に在学していた地区出身の若者が、地区の全域を展覧会場にして美大生や若手アーティストによるアートフェアを始めたのは、合併直前の平成16年夏のこと。
 彼の呼びかけに応じた学友たちが、島の空き家で共同生活をしながら作品制作をしつつ、地域の人たちと交流して、双方が地域の良さを発掘するというプロジェクトだった。滞在の最後の1週間が、展覧会。好評だったことから、翌年も開催することになった。2名の若者が、アート事務局を誕生させた。
 協議会青少年育成部会は、夏のチャイルドフェスティバルを彼らと協働で行った。思いを語りあったことで、ふる里を愛する若者の気持ちを理解して共感しあった。
 以降、毎年8月には、美大生たちが来島し、地域を巻き込んだプロジェクトが展開された。参加アーティストは、作品制作と展覧会の他、地域の清掃活動や夏祭りへの積極的な参加をした。3年目、協議会事務局は、高校生たちに送っているふるさと便りを通して、夏休み帰省時の協力を呼びかけた。
 「あなたのふる里は、今、変わろうとしています。あなたの力も、貸してください」
 5年目からアート制作をサポートするボランティアの学生たちが来島。アート事務局は、島外に「こしき応援隊」を組織。帰省中の高校生・大学生が加わり、地域に夏季キャンパスができたような賑わいになった。住民はそれぞれ必要な機材・材料などを工面し、作品制作や共同生活を個々にサポートした。
 数年のうちに、夏になると、地域はわくわくした気分に包まれるようになった。
 無論、なにも問題なく過ぎたわけではない。前例のないこの新しい動きが地域の伝統や秩序を乱すのではと、心配する人々も少数だがいた。アクシデント・トラブルに、数々のクレーム。矢面に立つのは、数人で回すしかない地元の事務局。事前の空き家確保に始まり、制作のための場所の交渉。制作から展覧会までの1か月、無報酬で、毎晩疲れ果てて泥のように眠る日々だった。若い心の内側は、悲鳴を上げそうになる時もあったのだった。
 それでも、8月のふる里の輝きを思えば心が沸き立ち、毎年、プロジェクトを支え続けた。6年目の平成21年、このプロジェクトは、日本経営協会の全国活力協働まちづくり推進団体としてグランプリを獲得した。
 その年、地元出身の学生を中心に景観復活の玉石プロジェクト。伝統芸能復興のじょうやま音楽祭。翌年スペインの美大生たちが海外から参加。その教授たちの国際トークショーも企画された。だが、こうした動きを地域全体の力にしていくためには、その活動を遠巻きに見ていた漁協や商工会の地元の青年たちと、彼らを引き合わせることが必要だった。協議会事務局は、数年前から、市が行っていた参加型学習形態をもつ「ブルー・ツーリズム」に加わっていたその青年たちを誘って、互いに語り合う場をつくった。たちまち、この地域を思う心情をお互いに理解しあい、翌年、地元の青年たちによって「里・きばらん海」が立ち上げられた。これが今、全国のエギンガーを集めるイカ釣り大会の前身になっている。新聞や雑誌・テレビなどの取材。市も、アート展を巡るバスの運行をし、インフォメーションセンターとして里町交流館や里公民館などの施設を提供。観先客も増えていった。

小中一貫教育のパイオニア
 島には高校がなく、子どもたちは15の春には親元を離れる。当然、15歳での自立を目指す。島でいう「島立ち」である。
 里中学校ではかなり以前から、毎年、生徒全員で苗から芋を育て、その芋で3年生が焼酎を造る習わしがある。年毎に、卒業生の名を刻んだラベルを張り、土産店に並べている。「島立ち」という銘柄だ。
 合併3年後、市は内閣府から「小中一貫教育特区」の認定を受け、小・中一貫教育に着手した。「既存の施設と各校の特色を生かした連携型小中一貫教育」。大・中・小、それぞれの規模のモデル3校区に小規模校として里地区も選ばれた。その後、全市規模での取り組みも始まったが、里地区は一貫教育を9年間研究継続発展させてきたことになる。一貫教育のパイオニアだ。市から要請のあった学校応援団に参加する人もいるが、協議会では、学校と協働でPTA準会員の会を作った。
 里小・中学校は2年前から、ふる里を通しての表現力をつける学習を始めている。教員は、定期異動の困難を乗り越えて、緊密に合同の研修や研究を発展させ実践にあたってきた。互いの資質と技術を高めて、子どもたちの「島立ち」という現実の課題に立ち向っている。
「個々の子どもが、どこで、なにに躓いているのかを、交流研究で理解しあえた。地域の学校への期待を、とても心強く感じている」と語る教師たちだ。
 一貫校事業9年目の今年6月、島外から120名ほどの関係者が集まり、実践発表会が開催され、交流授業や活動の模様が公開された。ふる里の良さの発見や、ふる里への提言や、CMづくり。シンポジュウムでは「島立ちまでにどんな力をつけたいか?」という会場の質問に、登壇していた小学6年生の男児が「島にいる間は、特になにか言わなくても仲良くしてもらえる。でも、島立ちしたら、自分で自分のことをちゃんと話し、相手を理解できるようにならなければいけない。だから、ここにいる間に、そういう表現力をちゃんと身につけたいと思っています」と、発言した。
 子どもたちは、冷静に自分を見つめ、自分の環境を見つめている。この発表会の背後には、蚊の駆除など会場周囲の環境整備をした人たち、休憩時間に地域の芋菓子を作って参加者に振る舞った人たち、昼食時間にカンパチ解体のアトラクションで歓待した漁師の青年たち。PTA以外に、多くの、学校への、自主応援隊が存在する。
 夏休みなど長期休暇が始まる頃、里港には「高校生の皆さん、お帰りなさい」と書かれた横断幕が、観光客に向けての「歓迎、ようこそ甑島へ」の隣に、翻る。
 地域の人たちの子どもたちに寄せる愛情は、こうした細やかな表現をごく自然に作り出す。この地域の力が、あるいは、コシキ・アート・プロジェクトを生み出す土壌になっていたのではないだろうか。どの子も「いつか里のために、なにかをしたい」と言う。「遠く離れても、忘れない」のだ。

あらたな協働・パートナーシップ
 アート展は、参加アーティスト148名、ボランティアで島を訪れた若者150名、年毎に観光客も倍増の交流活動だったフェアを、昨年10回目で終了した。惜しまれたが、これ以上の継続はマンネリ化につながると、若者たちは判断した。今、アート展の事務局や、所縁の若者たちの幾人かが定住して、観光業や農水産物の商品開発に取り組み始めた。時代は移っていく。仕事の方法もネット社会の出現で多彩になっている。仕事は、島に住んでも作り出せるものになってきている。
 次世代を育む若者の増加は、どこでも地域存続の大きな課題である。それは魅力ある地域であってこその展開だ。魅力ある地域とは、自己実現のチャンスがあちこちに散在し、それを実感できる土地のことだと、当の若者たちは言う。人が、夢や希望をもてるかどうかは、今生きている環境に、その実感が、あるか、ないかなのだ。アート展に足を運んだり、応援をしてくれた島外からの多くの人々も、アートだけに関心を寄せたのではないだろう。なぜ、そこで、それが起きているのか、が、大きな関心事だったに違いない。
 そしてそれは、一体感を大事にしてきた地域に、次々と大きな触発を与えるものになった。一見無関係にも見えるが、80年途絶えていた古い盆踊りが復元されたことも、八幡神社の祭りや神楽を守る活動が自治会活動のなかに位置づけられて、規模も内容も俄かに充実してきたことも、若い母親たちが学童クラブを設立させたことも、皆、一連のつながりある出来事である。住民自らが、それぞれ地域のかけがえのない主人公として活動を始めたのだ。青空マルシェ・映画上演・各種コンサート開催。今年は、市政10周年の記念行事として甑海峡横断レースも計画されている。じょうやま音楽祭は、「甑島ごったん(箱三味線・伝統楽器)部」という自主サークルに発展し、子どもたちを加えて総勢17人。観光客から声がかかれば、子どもたちも含めて出かけ、演奏活動をするまでになった。全て、自主的で自由な活動である。住民も、気軽にそれを享受している。
 地域住民の誰でも、いつでも、地域と自分のための活動を自由にできる、自己実現と地域の活性化が、自然に生み出されていく土地になってきたのだ。
 あらたな協働は、互いをかけがえのないパートナーとして認識しあう人間関係のうえに築かれていく。小さな関係も、大きな関係も。プライベートも、パブリックも。協議会の地域づくり部会は、その動きのなかで、6次産業化を視野に、コミュニティ・ビジネスを模索し始めた。
 こうした活動の流れは、友愛の土地の土壌づくりが、長い長いワークショップであることを教えてくれる。里地区コミュニティ協議会は、地域の思いをまとめて表明し、地域の個々の物語に加担するファシリテーターとして、地域の願いや課題としっかり向き合い、意味あるつながりを作り出せるように活動を続けるだろう。
 守られて生きる喜びと、守って生きる喜びが、網の目のように張り巡らされた地域は、里地区コミュニティ協議会の目指すところである。