「あしたのまち・くらしづくり2013」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 振興奨励賞

横浜初!住民運動から公共バス路線誘致成る
神奈川県横浜市港南区 日野ヶ丘町内会 交通問題研究会
1.公共バス路線誘致活動の開始
(1)住宅団地の生い立ちと現状
 横浜市港南区の日野ヶ丘団地(490世帯)は、京急上大岡駅の周辺では、民間業者が造成した戸建ての住宅団地第1号であった。(昭和40年頃)この初代住民は当時35歳~45歳の人たちであり、高度成長期の企業戦士であった。以来50年元気だった人たちも、よる歳並みに勝てず鎌倉街道でバスを降りて、かなりの急坂を上ってくるのが大変になり、息切れのため坂の途中でひと休みしている姿が随分目に付くようになっていた。買い物帰りの大きな荷物を持った主婦もまたしかり。
(2)日野ヶ丘町内会交通問題研究会の発足
①当時横浜市では、平成17年に施行された「横浜市地域まちづくり推進条例」に基づき、各地域での交通問題について積極的に相談相手になるという「地域交通サポート事業」なるものが道路局内に組織され、活動を開始していた。
②町会でも何とか現状打破を図るべく道路局の指導を受けることとし、平成19年9月25日、日野ヶ丘町内会とは別組織の「日野ヶ丘町内会交通問題研究会」を正式に発足させた。「研究会」としたのは、当地では海のものとも、山のものとも全く先行き見通しの立たない状況にあったので、まずいろいろと勉強してみようというところにあったためである。
 これにより研究会の活動が「横浜市地域公共交通会議」の議題として取り上げられるようになり、他グループの活動状況についての情報も入手可能となった。
(3)交通問題研究会の目的
 研究会の目的を左記のとおりとした。
①日常生活の利便性を高めることは基より、山坂の厳しい地形で高齢者や体の不自由な人たち、若年者等の望んでいることを踏まえつつ、福祉向上の視点でこの問題に取り組む。
②時節柄バス会社を誘致するには、採算性を前提とした路線であること。
③住民から幅広い支持を受けた形での誘致活動であること。
④誘致活動は、この先どれくらいの時間がかかるか不明であるが、上記を確固たる信念として実現まで「ぶれない活動」を続けて行く体制を確立する。
(4)誘致活動の推進体制
①原則として月1回町内会館で、横浜市道路局・港南区区政推進課と定例の打合せ会議を持つこととした。話が進むにつれ、バス会社からも担当者が出席するようになった。
②過去の町会三役経験者を中心に60名を選抜し、「公共バス路線新設推進会議」を組織し、進捗状況の詳細報告や忌憚のない意見交換を行ない、町内世論の喚起にオピニオンリーダーとしての役割を期待した。
③一方町内会の常設機関である「分区長会議」(班長会議)や「わかば会」(老人会)にも毎回出席して情報交換・意見交換を行なうことにより、推進状況の浸透を図った。
④また、直接町内会員に働きかける術として、平成19年1月に創刊した町内の広報紙「ひのがおか」をフルに活用した。バス問題につき毎回大きく紙面を割き、情報提供を入念に行なった。
 各アンケートの結果についても然りである。アンケートについては、計4回対象・時期を替え行なった。結果は打合せ会で協議し、その後の推進に活用した。広報紙等でも内容を必ずフィードバックした。

2.バスルートの選定・採算性と他団体との協調体制の確立
(1)ルートの選定とアンケート調査
 当地からのルートとしては、①京急上大岡駅、②市営地下鉄上永谷駅、③根岸線港南台駅の3ルートが考えられた。それぞれ地域の中心地として重要な役割を担っているが、町内の全世帯を対象にアンケート調査の結果、「京急上大岡駅」となった。横浜市内では横浜駅に次いで乗降客が多く、様々な都市機能が他2地点に比し断トツに抜きん出ているところから、圧倒的な支持を得た。
(2)バス誘致活動を「日野第一連合」の共同事業に
 バスルートが決定したので、ルート上の大半が当町内会の加盟する「日野第一連合」のエリアとなるため、本件を日野ヶ丘町内会単独の事業ではなく、連合の共同事業とすることの了解を取り付けた。実際の作業は当研究会で主に推進するが、情報の共有が大切と考えたためである。月1回の会長会(港南区からも職員が出席)でこまめに進捗状況の報告を行ない、意見交換を行なった。
(3)折り返し方式から循環方式への転換と下野庭町内会の協力
 当初、終点予定地点でバスをUターンさせる構想であったが、バス会社から「Uターンは罷りならない。循環ルートが不可欠である」との強い発言があり、急きょその奥の下野庭町内を通過する案に変更。急ぎ交渉開始となったが、同町会は、隣の連合町内会所属であったため、最初は双方の連合町内会長を通して紹介を受け交渉が始まった。
 因みにこの下野庭町内会長は、十数年会長を務めている人で、地元のオピニオンリーダーでもあるという。説明に訪問した折曰く「この地にバスが走るなんて大革命だ」と感慨深そうに呟いておられたのが強く印象に残っている。その後この地域のバス問題について大変前向きに協力を頂き心から感謝している。
(4)採算性確立のため、マンション群4管理組合への説得
 採算性の確立のため、乗客数確保の方策として、バスを隣接する大きなマンション群(4グループ、860世帯、約3000名居住)の中を通過させることが必要であった。そこで各マンションの理事会(うち3グループは管理組合のみで自治会は存在していない)に出席して説得に努めた。彼ら役員は毎年交代するため、年度初めには「最初からの経緯」の説明が欠かせなかった。

3.バス停留所の位置決定と命名
(1)停留所の位置決定と関係者との話し合い
 バス停の位置決定については、バス会社から各論に入ると周辺から様々な意見が出てくることが多いと忠告を受けていたが、これが一番の問題点だなと予てより覚悟していた。また当ルートは、坂道が多いので、その解決のためということが要点であるにかかわらず「停留所は、安全上坂道には設置不可。…特に前上がりの坂では、お客様が降りる時危険なので難しい」と言われ、設置場所の再検討も迫られた。
(2)停留所の命名
 大切な停留所の名前は、利用者に愛着を持ってもらうためにも該当の各町内会に提案してもらった。江戸時代に大きなお屋敷の門のあった前になるので「吉原前」やはり江戸時代からの名残でその地域の「字」の名前をとった「吉原下根」「下野庭三田」など新しい住宅団地には真似のできない名前が加わり、味のあるものとなった。

4.「試験運行(平成23年10月11日)へ向かっての諸施策(運行の安全確保と環境整備)
 何と言っても住宅地の中を初めて大きなバスを通すことになるため、交通事故だけは絶対に起こしてはならないという強い信念の下、次の施策を実施した。
(1)子供見守りボランティア活動隊の編成
 子供の登下校時の対応については、対応策を関係の各町内会でそれぞれ考えてもらうこととした。当町内会では、日頃から登下校時の立ち番制度はあったものの、期間中より強化すべく見守りポイントを増やすこととし、参加募集をしたところ、48名の応募があった。日頃町内会活動にあまり関心のなさそうな人からも応募があり本当に有難かった。
(2)関係の3小学校訪問・安全問題の話し合い
 バスルートに関係する3小学校を訪ね、各校長、父母会の校外指導委員数名に集まってもらい詳細に説明会を開催した。委員は毎年交代するので、その都度進捗程度に合わせ協力を依頼した。各町内会と協力しての通学路の表示や交通標識の見直しを含めて。
(3)一般運転者への注意喚起と協力依頼
①初めてバスが通る道路が多いため、一般運転者にバス路線開設の啓蒙と事故防止を呼びかける立看板を要所要所に立て掛けた。
②当地域を日常的に通行している各種営業車(幼稚園・介護施設・水泳教室・宅配業者・日本郵便社)のボディに書いてある社名をメモしてリストを作成。バス運行への協力依頼と事故防止への注意喚起の文書を50社の運行管理責任者宛送付した。また路線上の事業者を訪問し、出入り業者へ手渡す同様の趣旨を認めた手紙を委託した。
(4)町内クリーンデーを設け大掃除の実施・交通標識の見直し
 近隣の人たちが、町内を訪れる機会が多くなるので、これを機会に町内クリーンデーを設け、一斉に町内の徹底した大掃除を行ない、すっかりきれいになった。植栽の剪定、不在地主、不在家主、駐車場の管理者、東電・NTTの電柱の保護カバーの取替や土木事務所に対して一部交通標識の整備、区役所には一部見にくくなった住居表示板の取替などなどである。
(5)PR効果と利用促進のため、停留所毎に2種類の時刻表の作成と配布
 時刻表は、家庭内に貼り出して皆で利用しやすいようにA4サイズのものと携帯用に名刺サイズの2種類を作成した。A4サイズのものは各戸配布し、名刺サイズのものは停留所にぶら下げて持ち帰り自由とした。年配者の中には、A4サイズの時刻表は活字が大きいので、コピーをとりハンドバッグに入れて今も愛用している人が多い。両方共に帰りの上大岡発の時刻も一緒に入れてあるので多くの人に重宝されている。

5.2か月間の「試験運行」の実施と正式認可
(1)試験走行(平成23年9月5日)
 実際に走らせる予定のバスを使って試験走行が行なわれた。所謂ミニバスではなく普通型バスである。数か所の急坂や住宅地内で直角に曲がる交差点などの無事通過にホッとした次第。私ですら「このような大きなものが走って大丈夫かな?」というのが本音であった。
(2)試験走行(平成23年10月11日~12月10日)の開始と新聞報道
 2か月間の試験運行の開始。バス会社からは、我々に対してしっかり売り上げの目標値が示された。横浜市から正式に記者発表が行なわれ、朝日新聞・神奈川新聞その他地域新聞に大きく取り上げられた。
(3)第4回 アンケートの実施
 運行開始から1か月経過したところで、路線上の関係者全員にアンケートを行なった。乗客のさらなる掘り起こしと、バスに対する住民の感触を得るためであった。
(4)試験運行の結果…目標値を余裕を持ってクリア
 住民もこの頃は、熱心に協力してくれ、街中至る所で「バス」が話題になっていた。試験運行の結果は、バス会社もびっくりするくらい大成功を収めた。言うまでもなく売り上げ目標値は、充分クリアした。
(5)バス路線に正式認可
 平成23年12月26日、バス会社から「翌年4月からのバス路線運行が正式に認可された」旨の連絡があり、道路局で記者発表が行なわれた。直ちに「広報紙の号外」を発行し、役員を総動員して年内に各戸配布した。一刻も早くこの喜びを分かち合いたかったからである。他の町内会に対してもポスターを作成し掲示板に貼り出した。

6.バス路線の「正式運行」に備えて
(1)事前準備の再確認(「試行運行」から「正式運行」まで3か月半もの空白期間)
 折角町中盛り上がったムードであったが、3か月半の空白期間は厳しいものがあった。が関係先へ改めての挨拶・最終決定事項の説明・安全運転へ協力依頼・停留所毎の新しい時刻表の作成・配布・バス停ポール設置の立会等試験運行時の準備を参考にしながら、再び目の廻るような忙しさが始まった。
(2)祝賀会の開催とマンション群住民への告知の徹底
 5年間に渡る誘致活動のけじめとして、是非開通を祝って祝賀会を開き、皆で喜びを分ち合いたい。本来であれば中心になって進めてきた日野ヶ丘地区で開催すべきであるが、「今後大きく乗客として見込んでいるマンション群の3000人の人たち全員に、バス開通を是非知ってもらい利用してほしい」という切なる観点から、マンション群の中心にある大きな広場を借り切って会場とした。住民の多くが在宅しているであろう4月1日(日)10時を開会とした。
 心配された前日の大嵐も、当日は素晴らしい快晴に恵まれ、関係町内会が手分けして模擬店を出し、地域住民による太鼓の乱打芸や大道芸人による呼び物。バスの前でのテープカット、希望者による試乗会など会場一杯に大勢の人々が集まり盛大に繰り広げられた。この様子をJCN横浜が現場でカメラ取材を行ない、「デイリーよこはま」で放映された。

7.バス路線の「正式運行」(平成24年4月2日)とその後の街の様子
(1)黒字路線としての確立
 平成24年4月2日(月)6時11分始発バスが関係者多数の見送りを受けて正式にスタートした。以来1年間大変順調に推移し、バス会社から示された売上目標値を充分にクリア、完全に黒字路線としての見通しが立った。バス会社では現在当路線の増便を検討中である。
 バス会社としても競争の激しい横浜市内にあって、まだまだ黒字路線の新設候補が隠れているのではないかと、改めて路線企画部門が経営陣からハッパをかけられていると聞く。
(2)その後の街の様子と平成25年4月5月の嬉しい実績
 バスの運行は、急坂のため、家に閉じこもり気味だった年配の人たち・育児中の若い母親・買い物帰りの主婦・福祉関係の人たち等々多くの住民にとって、いろいろな面でメリットをもたらしている。
・さしたる用事がなくても、散歩を兼ねて上大岡へ。行きは歩きで帰りはバスで。
・出歩くことが多くなり、毎日の生活のペースをバスダイヤに合せた結果健康増進に大いに役立っている。因みに70歳以上の敬老パス利用者数は、年間平均23.3%である。
・日常の買い物の店を上永谷から上大岡に変更し、序にウインドウショッピング、映画見物、バスの中での会話を楽しむなど、毎日が本当に楽しくなった。…以上大勢の住民
・バスに乗るので、タクシーの利用がめっきり減り、交通費だけでも大助かりとほくそ笑む人
・雨の日大助かり…バス会社では、雨天の時は、乗降客が多くなるので、通勤時間帯に2台並べて走らせ、積み残し防止に大変な配慮をしている。大変有難い。…多くの通勤客
・子供連れでの買い物になるので大助かり…若い母親
・塾通いの子供の帰りが安心…若い母親
・勤務帰りの娘さんの帰りが安心…年配の母親
・近いバス停までの孫の迎えで済み大助かり…年配の母親
・交通が便利になったので、孫たちが気軽に遊びに来る頻度が増え楽しみが増えた。(これは夏休み中も乗客が減少しなかった理由の一つでもあった)…多くの祖父母
・不動産の広告にも、バス停1分の表記が見られるようになってきた。若い人たちの流入に効果がありそうである。
・バスルート通行の一般車輛による予想外の協力があり、その後のスムーズなバスの通行を助けている。
・平成25年4月5月の実績によれば、スタート直後の応答同期に比し、乗降客は大幅に増加している。安定した乗降客確保の目途が確実となった。