「あしたのまち・くらしづくり2012」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 振興奨励賞

高齢者のサークル活動や日常生活のサポートを通じて行政や団体と連携した地域活性化
熊本県熊本市 NPO法人武蔵ケ丘ご近所クラブ
 雪の舞う寒い日だった。お年寄り2人が、バス停のベンチで寒風にさらされていた。高齢者が行き場をなくしている現状を見て代表を突き動かした。これが活動のきっかけだった。
 熊本市の武蔵ケ丘団地の入居開始は1975年。「夢の箱のエレベーター」が子どもたちに人気と紹介され、「都会的な雰囲気が漂い、東京に似たあこがれの街でしたね」と住民は語る。近くには同時期に建った県営武蔵ケ丘団地(菊陽町)も広がる、そんなニュータウンがいずれも完成から40年近くが経過し、建物も老朽化、昨年、耐震強度不足指摘され1棟が解体され、残る3棟の平均入居率は7割にとどまる。成熟期、いや衰退期を迎えた団地は住民の高齢化に直面している。こうした集合住宅はプライバシーが守られる一方、近所付き合いが希薄になりがち、数年前には日本中で問題になっている孤独死が見つかった。近年は近くに大型ショッピングセンターができ、そちらに新興住宅街が広がり、近くにあった銀行はそちらに移転。また、熊本市は政令指定都市になり、区役所には遠くなり、車がない高齢者には不便な地区になってしまった。近くにスーパーはあるが高齢者が休める場所がない。代表は一時期同様の施設をつくったことがあり、ノウハウもあった。
 熊本市西区武蔵ケ丘の都市再生機構(UR)武蔵ケ丘団地1号棟1階にある食事処「よりみち」は昼食時いつものようににぎわっている、週3日は訪れるという男性(83)の指定席はカウンター席の奥から3番目、この日もいつものように定食をたいらげた。「この値段で、このボリューム。栄養のバランスは考えてあるし、年寄りにはありがたかです」
「きょうはどう? おいしかったね」男性の隣で代表が目を細める。食事処「よりみち」はNPO法人武蔵ケ丘ご近所クラブが2010年3月にオープンした。60平方メートルほどのこじんまりした店内はカウンター席とテーブル席があり、15人も座れば満席となる。日替り弁当350円、うどん200円、コーヒー100円、低価格と家庭的な雰囲気が受け、来客が40人を超える日もある。
 「よりみち」の店舗入口には、「高齢者生活サポート」の表示がある。気軽に立ち寄れて、どれだけ長居しても構わない、店内では客同士が近況を語り合う、近所に住む常連さんは「この店があるおかけで、友だちの輪が広がっています」という。カウンター席に陣取るくだんの男性は近くの市営団地住まい、妻と別れ、約30年間一人暮らし。子どもたちとの交流はほとんどない。自炊はせず、レトルトご飯とスーパーの総菜や持ち帰り弁当で日々の生活をつないできた。「よりみち」との出会いは、オープン間もないころ、「高齢者生活サポート」の文字が気になり、恐る恐るドアを開けたのが最初。いつもバスでやって来て、帰りに持参した弁当箱に料理を詰めてもらう。味噌汁なしで300円、弁当はその日の夕食になる。ある日、団地の高層階に住む夫婦宅に、食事を運ぶことがあった。妻が夫の介護をする、いわゆる老老介護。その妻が体調を崩し、SOSの電話がかかってきたのだ。
 厨房を女性たちが忙しく動き回り、客の注文を手際よくさばいていく。調理スタッフは女性8人程で月曜から金曜までを3人1組のローテーションで回している。客も高齢者なら、作る人もほとんどが70代、高齢者が高齢者を支えている。「高齢のお客さんが多いので塩分は控えめ、野菜中心のメニューを心掛けています」「羊かんと甘いものを付けると喜ばれますね」とメニューヘのこだわりを語るスタッフは全員がボランティアだ。それでも心意気は熱い。支えているのは、お金に代えられない充実感だという。「家でテレビばかりを見ていてもつまらない、店に出ればいろんな出会いがある」「ここを楽しみにしている人がいるから、頑張らなくちゃと思うんです」とスタッフはいう。スタッフの一人は2010年6月、7年介護を続けてきた夫を見送った。失意の中、誰とも話す気がおきない。家に閉じこもる日々が続いた。「悲しんでばかりはいられない」。縁があって約半年後、思い切って「よりみち」の厨房に立った。同じ経験をした人たちの話に励まされ、笑いの絶えない職場が背中を押す。
 社会とのかかわりの中で、生み出される生きがい。食事の提供のほかに、「ご近所クラブ」が力を入れるのが演芸活動だ。ウクレレ、オカリナ、フラダンス、ひょっとこ踊り・・・。メンバーの中には「よりみち」の客もいればスタッフもいる、練習を積みながら、福祉施設などを訪問している。「楽しんでもらうつもりが、会場の人からの笑顔にわたしの方が元気のパワーをもらいました」という。
 店に足を運べる人はまだいい、来られない人にはどう手を差し伸べられるか。配食サービスの充実と住民の見守りが今後の大きな課題だ。散歩のときもつい目が行くのが高齢者宅のベランダ。風に揺れる洗濯物を見上げ、「よかった、今日も元気そうだ」。
 UR武蔵ケ丘団地で今、産学官が協力して社会実験を展開している。電動カートを高齢者に貸し出し、行動範囲の広がりなどを検証する。団地内で高齢者のサポートの食事処を開く「ご近所クラブ」が貸し出し業務を担当している。高齢者に日常の足を提供し、外出してもらうことで、生活の質の向上につなげたいし、支える、支えられるという人対人の対応も大事だが、地域社会全体で高齢者が暮らしやすい住環境を整えることも重要だ。この理念のもと、同クラブは、高齢者や障害者を車で運ぶ有料移送サービスにも取り組んでいる。ただ、有料移送サービスに関しては人材不足、資金不足で、すべての要望にこたえられていないのが実情だ。
 同クラブは、さらに高齢者が自立するための料理教室も計画している。厨房施設を利用して、地域の栄養科等の大学から学生を講師に迎え入れ、高齢者と若者の関わり合いの中から、高齢者だけでなく若者の社会参加を促す様々な試みを行っていく。
 熊本市は政令指定都市になり、広大な市になったが、この地域が見捨てられないよいにオールド化するニュータウンから明日の日本に風を吹かせたい。