「あしたのまち・くらしづくり2012」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 振興奨励賞

宇津貫緑地の自然環境の保全と里山伝統文化の継承
東京都八王子市 宇津貫みどりの会
1.「宇津貫みどりの会」創立のきっかけ
 八王子市の南端、町田市との境に、ニュータウン「みなみ野シテイ」が広がっています。面積392ヘクタールに2万人を超える人口を擁する、大規模開発によって生まれた街です。この地は、開発前までは人口千人ほどの、路線バスすら通っていない、里山と谷戸からなる辺鄙な地域でした。とはいえ、JR八王子駅からわずか3キロほどしか隔たっていず、それまで開発の対象にならなかったのが不思議なほどです。1980年代、現在のUR都市機構によっていよいよニュータウンの建設が始まったのでした。
 宇津貫町と呼ばれていたこの地の山が削られ、谷戸が埋められていったのです。その過程にあって、里の人々に親しまれてきたヤマザクラなどの樹木や、アズマイチゲなどの草花も葬り去られようとしていたのです。これに驚いた地元の主婦たちが、これらの樹木・草花の移植・保存をUR都市機構に訴え、合計97本の樹木が残されることが受け入れられたのです。この運動をきっかけに、1991年10月6日、15人の主婦によって「宇津貫みどりの会」(以下「みどりの会」といいます)が創立され、植物の保存活動が始まったのでした。

2.活動の概要
①「宇津貫緑地」の保全活動
 みどりの会の主要な活動が、市の所有する緑地の保全です。緑地全体は16ヘクタールあり、そのうち10ヘクタールは、標高180メートルほどの小山と、「ホタル沢」と呼ばれている棚田・湿地です。小山はかつての里山で、コナラなどの雑木林と一部スギ・ヒノキ林から成り立っています。みどりの会がこの場所で活動を始めたころは、里山として利用されることはなく、長らく放置されていたため、アズマネザサにびっしりと覆われていて、人が立ち入ることさえままならない状態でした。里山は、人が手を加えていないとすぐに荒れてしまいます。いま月に3回を定例の作業日として、間伐・倒木の処理、萌芽更新、下草刈り、散策路の整備などを行なっています。そうすることで、植物・野鳥・昆虫の観察や散策がいつでも楽しめる環境を保持しようと努力しています。
 会員には植物に大変造詣の深い人たちがいます。その人たちを中心に、ヤマツツジの開花調査を始めとする植物調査を行なっています。この調査によって、2009年に388種の植物が生育していたのが、2011年には583種にまで増えていることがわかりました。緑地の保全活動が、生物の多様性を高める一例だといえるでしょう。
 宇津貫緑地には、東京都のレッドリストに載せられている希少植物が48種あります。有名なタマノカンアオイもその一つです。これらの希少な植物を保護するために、竹で目印をつけたり、樹木に名札を下げたりして、個体数を増やすことも行なっています。
 緑地保全の活動をより効果的にするため、みどりの今は、他の1団体と一緒に「宇津貫緑地里山保全協議会」を設立し、2008年、八王子市とアドプト契約を結びました。これにより、市の指定管理業者からの指導を受けることができるようになり、会員の技能向上に大いに役立っています。

②地域の伝統・文化の継承
 一昨年、地域の市民センター内に、「ふるさと資料室」が設けられました。全く様変わりしたみなみ野シティの新住民は、自分たちがいま住んでいる場所が以前はどのような様子であったのかに、大きい関心をもっています。それに応えるため、開発が始まったころに収集された民具の展示や、宇津貫が発祥だとされている「メカイ(竹籠)」づくり教室を開くなどの活動が行なわれているのです。この資料室の運営に、「みなみ野の街づくりを考える会」、「ふるさと資料館建設推進委員会」、拓殖大学と一緒にみどりの会も参画しています。
 資料室の壁には、開発前と開発途中の大判の航空写真が掲示されています。資料室を訪れた方々は、必ずといっていいほど、この2枚の写真に見入っています。ニュータウンが、どれほど多くの樹林と引き換えに造られたかを知り、衝撃を受けられるようです。開発と自然保護のバランスをとることの重要さを改めて考えるきっかけになっているのです。
 上に述べたメカイは、地元に繁茂しているアズマネザサの皮を利用してつくる籠です。江戸時代に宇津貫でつくられ始め、多摩一帯に伝播したといわれています。養蚕とともに、地元の重要な現金収入の手段だったのです。いまではほとんど利用されないため、業としてメカイづくりをする人がいなくなってしまいました。その技術を絶やさないため、資料室だけでなく、地元の中学生にも郷土を知る学習の中で体験してもらっています。

③他との協働
 八王子市は、自然環境と共生するまちづくりを目指しています。その業務の一端を、「エコひろば」の愛称で親しまれている「NPO法人環境活動センター八王子」が担っています。エコひろばが行なう様々な活動のうち、宇津貫緑地での市民を対象にした自然体験講座や、緑地でとれるドングリや木の枝などを使った子ども木工教室を、みどりの会が依頼されて年に数回開催しています。この活動を通じて、里山の大切さ、保全活動の楽しさを、大人にも子どもにも知ってもらっています。また、八王子市職員の研修会や、子どもだちと市長との対話集会である「こどもミーティング」の講師として市に協力しています。
 近年、多くの私企業が、自然環境の保全に貢献しています。多摩地域に店舗網をもつ多摩信用金庫(「たましん」)もその一つです。たましんは、法人としてみどりの会の賛助会員となり、原則年2回、社員とそのご家族が緑地で作業を行なっています。いまでは、たましんが担当する区画を定め、作業の効果に気づいてもらおうとしています。

3.みどりの会の刊行物
①機関紙(1992年5月第1号発行)
 宇津貫みどりの会は、昨年20周年を迎えました。それを記念して祝賀会を開くと同時に、「里山保全のあゆみ展」を地域の市民センターで開催しました。20年間に撮り溜められた数千枚の写真を見ると、まったく荒れ果てた緑地が、徐々に整備されていった様子がわかります。また、写真と並んで、20年間発行され続けてきた機関紙も会の歴史を知る資料です。先般第72号が出されました。地道に活動を続けることは、みどりの会のモットーなのです。機関紙は、会員だけでなく、市役所の関連部署、地元の町会や小中学校、その他関係のある諸団体にも配布しています。

②絵地図『宇津貫・片倉むかし道』(2002年)
 この地図には、開発前の地域の土地利用、動植物の分布や小名などが記載されています。また、いまは神社の近くに集められている石仏があった位置も示されています。この地図を見ると、一目瞭然でかつての宇津貫の姿を知ることができるのです。

③『谷戸のくらし』(2007年)
 かつての宇津貫の暮らしを、資料や古老からの聴き取りに基づいて詳細に記述した本です。谷戸や里山の地形、農業・養蚕、歳時記、民具など多岐にわたって取り上げられており、貴重な民俗資料になっています。

④小冊子『宇津貫緑地の植物』(2011年)
 会員によって続けられている植物調査の結果をまとめた小冊子です。全583種の植物の和名・学名、エリアごとの特徴、花暦、希少種リストなどが写真とともに記載されています。この地の植物相を知ることができるだけでなく、環境の変化を知るためのバロメーターでもあるのです。

4.将来に向けて
 八王子みなみ野シティは、八王子市における最後のニュータウンとなるでしょう。その開発のため、里山と谷戸が一気に現代の街区に変貌したのです。その評価は人によりまちまちでしょう。いずれにせよ、新しく移り住んだ人たちの子どもにとっては、この地が自分たちの「ふるさと」となるのです。これから新しくつくってゆく「ふるさと」が彼らを満足させるものになるかどうかは、われわれ大人世代の行動にかかっています。
 市の調査によると、「市内への定住志向は、9割を超えており(平成20年調査)、その理由として6割以上の市民が、緑が多く自然に恵まれている」ことを挙げているそうです。(『八王子市みどりの基本計画』八王子市、平成22年)しかしながら、それを保全する行動に移すことがむずかしい市民が多いのが現実です。それだけに、みどりの会のように、地味でも着実に活動をつづけることが大切なのだと考えています。
 緑地は、憩いの場、遊びの場、学びの揚です。地域の貴重な資産なのです。この資産を、できるだけ良い状態で維持することで、新しい「ふるさと」づくりに貢献できたらと願っています。