「あしたのまち・くらしづくり2012」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 主催者賞

お笑いと元気を届けた充実の10年間
福井県福井市 劇団「ババーズ」
1.劇団結成のきっかけ
 平成9年3月、私は38年間の教員生活を定年退職した。永年、教員としてお世話になったので、何かお返しをしたいと考えていた矢先、美山町社会福祉協議会が、「ふれあいサロン」を実施していたので、その講師を願い出た。「ふれあいサロン」は老人からが家に閉じこもらないで、最も集まりやすい各集落のセンターに集まって楽しいことをしたり、健康体操をしたりしようという計画だった。
 私はサロンの老人たちに、自分の得意な民話を話したり、絵本を読んだり、ナツメロを歌わせたり、短い法話にも似た宗教に関する話等もしていた。また、私の家内は季節に応じて雛人形や鯉幟を作らせたりする手芸を指導していた。時には料理を作って食べたり、お菓子を食べておしゃべりを楽しんだりもしていた。
 さて、こんなやり方で、数年間サロンが続いたが、もっとお婆ちゃんたちを積極的・主体的にしたいという思いがあって、考え出されたのが、芝居だった。戦後、私がまだ子どもの頃だったが、全国的に演芸会や青年演劇が流行した時代があった。私は姉が5人もあって、姉たちは、股旅物の芝居や歌や寸劇をお寺を会場にやっていたのを覚えている。勿論テレビのない時代である。私はサロンのお婆ちゃんたちにこの話をして、芝居をやってみようと誘いかけた。お婆ちゃんたちは、恥ずかしいとか、セリフが覚えられないとしり込みをしたが、私は、冬場を利用して、脚本を書いてみた。

2.初演の演目『袋の中身』
 平成14年2月24日(日)、いよいよ3か月余の稽古の成果を問う日がやってきた。会場は地元蔵作(くらつくり)蓬生寺の畳の上。寺参りの善男善女や日曜学校の子どもたち等、40余人が観客だった。初めに「正信偈」というお経を唱え、住職の法話も聞いて、遂に、出番が回ってきた。初演の演目は『袋の中身』。なぜ蔵作という集落名になったかという内容の芝居。
 ある所に、人のよい爺さんと婆さんが住んでいた。採れた野菜はみんな在所の人に分け与えてしまう。ある時、爺さんが隣町へ買い物に行った帰りに、大きな袋を拾う。中を見たら小判が一杯詰まっている。一旦は持って帰ろうと思うが、落ちていたということは落とし主がいるからだと思い、落とし主が拾いに来たときわかるように、杉の根元において帰る。家に帰って婆さんにそのことを話す。その話を外で聞いていた泥棒が、先回りしてその袋を横取りしてしまう。泥棒が袋を開けてみると、小判が牛の糞に替わっていた。怒った泥棒は老夫婦の寝床に遠慮せんと取っておけと投げ込むと、また小判に替わってしまう。喜んだ爺さん婆さんは、在所の人たちにその小判を分け与える。人々は貰った小判で、みんな蔵を建てる。在所中が蔵を建てたので、この在所は「蔵作」と呼ばれるようになった。
 観客は大笑い。拍手も一杯あって、劇の内容に満足した。翌日の福井新聞・日刊県民福井は写真入りで大きく報道してくれた。

3.劇団ババーズのプロフィール
★劇団の結成 平成14年2月
★団員数 16名(男性2名、女性14名)
★平均年齢 77歳(最高年齢89歳、最低年齢64歳)
★年齢構成 80代5名、70代10名、60代1名
★歴代演目(演目は総て爆笑喜劇ばかり)『袋の中身』(H14)『お地蔵さん』(H15)『三途の川の爺さん』(H16)『千年桜と平吉の夢』(H17)『郵政民営化と地獄民営化』(H18)『絵姿婆女房』(H19)『仏になった大泥棒』(H20)『おもち一つでだんまりくらべ』(H21)『何でも効く(聞く)ぞ!夫婦地蔵』(H23)
★各年公演数
 H14(2回)、H15(4回)、H16(7回)(この年福井豪雨で蔵作町は大被害を受けた)H17(25回)、H18(28回)、H19(34回)、H20(36回)、H21(30回)、H22(29回)、H23(18回)、H24(予約も含め17回) 合計230回
★小道具 舞台装置はなく、手作りの小道具ばかり。かつら等は玩具屋で購入。
★衣装 手持ちのものを活用したり、手作り衣装。
★輸送 県内のほとんどは2台のワゴン車と軽トラの3台でのどさ廻り。県外や嶺南地方はバスに迎えに来てもらう。
★公演日 孫守りを兼ねている団員があるので、土・日・祝日に限られる。
★出演料 劇団は営業活動をしないので、総て要請された公演のみの出演。そのため出演料は主催者の気持ち次第。(但し、昼食を頂くことは多い)
★主な出演(会場)
 京都桜の森公園NPO(京都)、FBC全国放送33局ネット「劇団ババーズ今花盛り」、愛・地球博福井県の日(名古屋)、福井テレビ「い〜ざええDAY」片岡鶴太郎と共演、関西空港10周年記念イベント(大阪)、全国老人クラブ大会(伊勢市)、福井市新市合併記念式典(フェニックスプラザ)、福井市さわやか長寿祭(フェニックスプラザ)、福井県総合文化祭メインフェスティバル(ハーモニーホール)、福井県漁連女性部50周年大会(ユアーズホテル)、NHK8マルチャンラジオ出演、福井県誕生の日記念(県立図書館)、アオッサ落成記念(アオッサ)、宇野重吉没後19年記念南風洋子トークショー(福井新聞社風の森ホール)、食育全国大会(サンドーム)、NHK全国放送「日本の底力『老いて演じて輝いて』」(堀尾正明アナ司会)1時間番組、東海北陸公民館大会(フェニックスプラザ)、富山国民保険連合協会(蔵作公民館)、JR開通祝賀記念(みらくる亭)、美浜町新庄小学校、加賀市老人会(芦原温泉)、ブッデスト フェスタ in サカイ2008(みくに文化未来館)、NHK教育テレビ高校講座出演、料亭「魚志楼」(三国町)、米原市近江地区、福井市街づくりフォーラム(響ホール)、日赤看護師会(厚生病院)、福井市公民館研修会(木ごころ文化ホール)、上海TV取材(蔵作公民館)、自然体験活動全国フォーラムIN福井(福井市少年自然の家)、中国国営テレビ取材(蔵作公民館)、金沢介護付き有料老人ホームスプリングライフ金沢(金沢市)、シルバー人材センター福井県連合会(ハートピア春江)、飛騨高山社協(高山市民会館)、福井テレビ「い〜ざええDAY」歌手ゼロ取材(蔵作公民館)、有機農業全国大会(越前市)、シニア演劇全国大会(東京池袋シアターグリーン)、ケア・ハウス・グリーンライフ大和田(老人ホーム)、第47回テレビと生涯学習研究協議会全国大会(アオッサ)、福井県女性エネの会(県中小企業産業大学)、吉崎御坊蓮如上人記念館(吉崎)、全国レクレーション大会2012in福井(アオッサ)

4.劇団ババーズ人気の秘密
 上記の公演記録のように、劇団ババーズは10年目にして公演数が200回を超えた。田舎の老人の素人劇団が何故こんなに人気があるのか、不思議な気がしてくる。今も、毎週いくつかの団体から公演依頼の電話がかかる。孫守りが仕事の一部になっているので、公演可能日は土、日または休日に限られ、日にちがぶつかってご迷惑をかけることが多い。
 さて、人気の秘密を私なりに考えてみると、いくつか理由は思いつく。
(1)老人劇団は全国的に見ても数が少ないこと。
(2)高齢化社会の中にあって、高齢者を如何に活動させるかは各自治体の課題であり、劇団ババーズは高齢化社会の生き方のモデル的存在であること。
(3)演目の内容が民話劇で温かく、毎回爆笑喜劇でわかりやすいこと。
(4)福井豪雨で壊滅的な被害を受けながら、そのどん底から立ち上がって、公演を続けていること。(福井豪雨の際は、集落全体が助け合って、1人の犠牲者も出さなかった。昔からの宗教的つながりが、強かったと思われる)
(5)福井県の西川知事が提唱している「健康長寿」という運動と合致し、それを実践していること。
(6)愛・地球博「福井県の日」の出演や、NHK総合テレビ全国放送等、テレビ・新聞・ラジオ等マスコミに何回も取り上げられたこと。
(7)小道具・衣装等総て手作りであり、方言丸出しの、いかにも素人らしく、下手な芝居がかえっていいということ。(「へたうま」という言葉かあるらしい)
(8)出演料が格安であること。
 等々が考えられる。

5.劇団ババーズ元気溌刺医者要らず
 公演数が200回の大台を超え、10年を経過して、団員がどう変わってきたか。
(1)病気が治ってきた。
 それを一言で表すと「劇団ババーズ元気溌刺医者要らず」ということである。つまり、団員の持病とも言うべき病気が治って元気になってきたことである。看板女優の松浦政子(89)は鬱病で悩んでいたが、公演を通してすっかり元気になった。しかも、アドリブをどんどん出して、観客を笑わせる喜びを心得てしまった。山本智惠子(84)はくも膜下出血で、頭を2回も手術し、見る影もなかったのが、手術以前にも増して元気になった。メニエル病で天井が舞い、起きていられなかった井上久子(76)も元気溌刺になった。
 「劇団ババーズ元気溌刺医者要らず」という言葉は、専門の医者から直接、ババーズの活動は病気を予防する力があると告げられたから使ったもので、2007年11月、岐阜県大垣市で行なわれた「日本まんなか共和国」というイベントの男女共同参画の部会で、私が発表し、会場から大きな拍手を貰ったのである。
(2)団員の声が大きくなった。
 観客数2000人の大舞台から、10畳敷きの畳の部屋まで様々な舞台での公演を経験してきて、団員はもうほとんど上がるということはなく、セリフの声も大きくなって、200人くらいの観客なら、マイクなしで公演できるようになった。
 しかも、観客の拍手や笑いが多いと、どの役者もどんどんアドリブが出るようになってきた。
(3)記憶力がよくなった。
 加齢と共に記憶力が衰えるのは当たり前だが、ババーズの場合は、最初の頃と比べて、非常に記憶力がよくなった。稽古も新作の場合は週2回だが、集会所に集まっても、たった1回の稽古で、後はお茶やお菓子を食べて、おしゃべりを楽しむのである。稽古も楽しくて仕方がないといった感じである。

6.劇団「ババーズ」の影響
 ここ2、3年のうちに県内に老人劇団が出来始めた。それは全て劇団「ババーズ」の影響である。白方町の『合掌座』、円山地区の『ひまわり座』、美山地区の『逍遥座』、市民ゼミナールから出来た劇団『幸例者』、本向寺の劇団、鯖江のコーラスグループの作った『コール頻伽(びんが)』等々活動を始めだした。私は福井市長にこのことを申し上げ、高齢者の活動として認め、定期的に保養施設や、老人ホーム、温泉等で公演できるように支援してほしいと願い出ている。また、福井市老人劇団フェスティバルを開催すべく各劇団の座長会議を招集して話し合いたいと思っている。

7.「老いとは衰弱ではなく、成熟することです」〜結論に替えて
 この言葉は、日野原重明さんの言葉である。
 劇団ババーズは、稽古も本番も楽しくて仕方がない。ほとんど休んだことがない。
 公演中、観客から拍手をもらったり、笑いをもらうと、アドリブもどんどん飛び出すほどの演技を披露し、観客と舞台が一体になる。そのとき、最高の幸せを感じるのである。観客も面白かった、元気をもらったといい、演ずるババーズのお婆ちゃんたちも嬉しくて元気をもらうことになる。つまり、相乗効果が発揮されるわけである。
 県内各地(県外からも)からの公演依頼は、毎回が小旅行気分で、各地にある様々な温泉も楽しみ、帰りの食事や喫茶店でのコーヒーも楽しみを倍加させている。
 病気が治り、若々しく元気になっているのは、別の考え方をしてみれば、お婆ちゃんたちが受身でなく、他人のために生産的・積極的・主体的に活動していることにあるのじゃないかと考えられる。笑う門には福来たる。自分たちの演技が、観客を楽しませ、元気付けているという思いは、お婆ちゃんたちの充実感・達成感になっている。
 この劇団がなかったら、ただの田舎の婆ちゃん。毎日、田畑の作物の世話をしているか、ゲートボールをしているか、テレビを見ているかしかなかっただろう。自分たちの芝居を見ていただくことで、多くの観客に喜ばれ、今まで味わったことのない楽しみに触れ、世間が広くなった。演技はうまくない。むしろ下手であり、その下手なことこそが、ババーズの売りである。劇団草創の10年前には、思いもしなかった素敵な世界が広がり、生涯に残る多くの思い出を持つことが出来た。第2回シニア演劇全国大会は、山梨県南アルプス市で行なわれる予定で、ババーズのばあちゃんたちは、それを楽しみにしている。
 人生100年になろうかという高齢化社会の真っ只中にあって、どう意義ある高齢社会を生きるかは、総ての人々の課題である。日野原重明さんの言葉を理想に、劇団ババーズは驕ることなく、これからも前進を続けたい。