「あしたのまち・くらしづくり2010」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 振興奨励賞

地域通貨を活用した地域のまちづくり
神奈川県横浜市栄区 さかえ地域通貨プロジェクト・イタッチ
イタッチの活動~はじまりの経緯

 私たちの活動する横浜市栄区は、横浜市の南端にあり、鎌倉市や藤沢市に接し、福祉と文化に特徴のある地域です。平成17年度から、区内の地区連合自治会町内会(本郷中央地区、以下「地区連合」)の社会福祉協議会(以下「地区社協」)の有志メンバーで「地域通貨」の研究を始めました。本郷中央地区の活発な助け合い支え合いの活動をさらに充実させる手段として、地域通貨システムの有効性の検証をしました。
 地区連合を対象地域として研究を始めましたが、その過程で、助け合い支え合いを促すことは単位自治会町内会の範囲が実際的なこと、一方、多様な助け合い支え合いへの利用方法を工夫したり、商品流通を促すためには、もっと広がりが必要とわかり、次第に栄区全体を対象にしていきました。プロジェクトの名称も「本郷中央地区・地域通貨プロジェクト」から「さかえ地域通貨プロジェクト・イタッチ」と変えました。ひらがなで「さかえ」としたのは、生活圏や商品流通圏が行政区(栄区)の範囲を超える場合があり、区境をあいまいにするための仕掛けでもあります。


イタッチの歴史~社会実験の積み重ね

●第1期(平成17~18年度)
 月1回の研究会で実施を前提とした準備研究を行ない、文献を読んだり、地区内の類似例(「グループ桂台」の有料家事サービス支援システム、「桂台クラブ」の「社会活動券」)の調査・意見交換や、近隣の先行実施地区の視察を行ないました。年度末に「イタッチフォーラム」を行ない、地域内で研究成果を共有し、理解者を増やそうとしました。日本中の地域通貨の動向報告(講師:地域通貨研究者・徳留佳之氏)、地域通貨システムを体験するワークショップ(さわやか福祉財団開発のゲーム)を行ないました。
 平成18年度の第1次流通実験では、わかりやすい「紙券方式」を採用し、通貨単位を区のシンボルリバー鼬川(いたちがわ)にちなみ、「イタッチ(i-touch)」としました。語感としては「い~タッチ」、「タッチ=ふれあい」から「いいふれあい」を意味しています。
 活動目的は、地域で、新住民も含めた相互扶助、世代間の助け合いが活発になり、「ありがとう」の気持ちがあふれることとし、目標①「地域内で、人と人が助け合い支え合う関係を生み出すきっかけを作るツールにする」のもと、400枚を、主に社会福祉関係のボランティアに活動のお礼として配布し、使い始めてもらおうとしました。
 2年目のイタッチフォーラムでは、地域通貨を手にした人たちにお集まりいただき、体験に基づく意見交換を行ないました。身近な店で買物に使いたいとの意向が寄せられ、目的に「地場のモノを地域で消費する地産地消が実現する地域社会を育む」ことを加えました。
●第2期(平成19~20年度)
 第2次及び第3次実験では、目標①を補強するとともに、目標②「地域内でモノやサービスなどの経済的な価値を循環させる価値交換のツール」を掲げました。2つの目標を両立させるため、円との交換レート(1枚100イタッチ=100円)を明示して交換価値を保証し、住民の認知度を高めるよう努め、発行枚数(第2次:1800枚、第3次:3000枚)と、買物に使える協力店舗(第2次:40店舗、第3次:80店舗)を増やしました。
 この頃栄区役所が、イタチの公式キャラクター「タッチーくん」を作ったので、使用承認第1号を得てイタッチの券面に載せました。地域での認知度が高まり「タッチー券」とも呼ばれることもあります。
 券の裏に、イタッチをやりとりをした人の名前を書いて、流通経路や流通回数を把握することも行ないました。しかし名前の記載を徹底できず、定量的な把握ができませんでした。
 知名度があがるにつれ、入手しづらい、使ったことがない、という声が高まってきました。そこで平成21年2月の「第4回イタッチフォーラム」では、会場内に「イタッチ市/イタッチ・バンク」コーナーを設け、地場の野菜や、手作り品を置き、円をイタッチに交換して、実際にイタッチで買物をする体験機会を作りました。さらに近隣の協力店舗で買物をする「イタッチ・ツアー」を行ないました。
●第3期(平成21年度~)
 本格実施をめざした広報・PRとして、身近でイタッチを入手でき、円との交換(本格実施からは協力店舗のみ)をしやすくするため、商店街の中のある店舗の協力を得て「イタッチ情報ステーション」を開設し(月に2回、担当者が駐在)、「イタッチ市+イタッチバンク」を、町の中で定期的(2ヶ月に1回)に行ないました。ちょうど商店街が行なう「横浜開港150周年」にちなんだ「150円市」と同時開催とし、商店街との協力体制を培いました。情報ステーションはその後2軒目も生まれています。
 また協力店舗の中でも、自らイタッチを使う頻度よりも頻繁にイタッチでの購入を受け入れるところは、こまめに円との交換を望むため、メンバーの一人が出張して円に交換するサービスを始めました(通称「桂町支店」)。これでイタッチ受け入れに対する商店の不安感が薄れ、福祉活動団体などが生鮮素材を大量購入する際に使い始めるようになり、その団体がボランティアさんにお礼に渡すといった目標①に沿った動きにつながりました。
 平成21年11月1日から本格実施に入り、3年間有効とし、裏書きはやめ、色違いの500イタッチの高額券も発行しました。
 区の南部方面(野七里地域)では、近隣商店街が1軒を除いて協力店舗に参加し、自治会やサークル活動のイタッチ券の購入と相まって商品流通(目標②)が促進しています。そうやって使い慣れていくうちに、目標①に即した使い方を始める人が増えてきました。


イタッチの目標の実現~課題と対応

●信頼本位制の実現
 地域通貨システムは、交換価値の裏付けを地域の人と人の信頼に置く、いわば「信頼本位制」とでもいうものです。しかし依然、円経済に安心感を委ねる気分が強く、いつでも等価で、円に換金できるという保証が、利用者や商店から求められます。そこで、実施主体として、イタッチの発行総額と同額の円を準備するように努めています。実験当初はイタッチのPRの意味もあり無償で、第2次実験からは、公益に資する団体には無償で、主にメンバー間の共益に利用する団体には有償で配布していました。徐々に理解者が増え、イタッチを買い取る主体(自治会、イベント実施主体など)が増え、本格実施後は、その買い取り資金(円)を準備金として蓄積しています。実験段階に振り出したイタッチのうち、事務局に回収されず、市場に流通したまま(タンスに眠っている場合も含めて)のイタッチ券の交換準備金を確保しておくことは課題です。
 理想としては、所持しているイタッチを、支払いや贈与に活発に利用するとともに、「未収金の証書」ではなく、信用に裏付けられた「資産」と認め合うまでに価値が高まり、「イタッチ経済圏」が円と並行して成立すればいいのです。
●事業成立性の確保
 事業運営費(年間3~5万円程度)の調達も課題です。この2年ほどイタッチ市における、プロジェクトメンバーの手作り品の販売利益や、メンバーの仲間の手作り品や協力店舗の取扱商品の販売委託手数料を積み立て、助成金に頼らない事業構造をめざしています。
 この他にも、①イタッチを買い取る団体に事業運営費分を一定程度負担してもらう(例えば1万円で9500イタッチと交換し、5%の500円を負担)、②協力店舗がイタッチを円と交換する際に一定程度割り引く(1万イタッチを9500円と交換し、5%の500円を寄付してもらう)といったことが考えられます。
●商店の理解
 協力店舗に対しては、本格実施後も円と100%の比率で随時交換に応じています(個人の交換には応じていません)。本来は店舗にも、仕入れや商品の購入、ボランティアへの謝礼などに利用していただきたいのですが、商売上マイナスの印象を払拭できず、離脱されかねません。しかし、100円のものを売って100イタッチを得た商店が、自らの仕入れの際に、その100
イタッチで100円のものを買えるという安心感が地域単位で確立(イタッチ経済圏)できれば、円との交換も不要になります。
●今後の方向性
 グローバル経済は否応なく続く一方、よき近隣関係に支えられた手触りのある地域での暮らしを持続させることが、これからの日本社会の課題です。いわば「近所」の再生です。その実現に向けて信頼関係を築くツールとして、地域通貨システムを運用していきます。