「あしたのまち・くらしづくり2010」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 主催者賞

理想の農村「アグリの里」の建設を目指して
岩手県洋野町 大沢農村振興会
地域づくり活動の背景

(1)過疎化の進行による地域住民の自信喪失
 大沢地区は、町中心部から10q離れた山間にあり、地理的・経済的に恵まれない環境を反映して、昭和40年代に入って過疎化が顕著となり、住民は自信と誇りを失い、無意味な劣等感を抱くようになってきました。
 それまでは、炭焼きが生計の中心でしたが、燃料が石油やガス、電気に変わり、高度経済成長時代の到来によって出稼ぎ者が多くなり、むらに住む意味を失った地区民の多くが町の中心部や八戸市、出稼ぎ先であった都市部に移り住むこととなり、当時56戸の世帯数は10年の間に47戸にまで急激に減少し、地域全体が暗く寂しいものとなっていました。
(2)地域崩壊の危機に遭遇
 過疎化の進行により、自らが住む地域に自信を持てないこととなった住民は、将来はむらを出ていくことを考えるようになり、先達が営々と築き上げてきた大沢は、むら崩壊の危機に遭遇したのです。諦めと無意味な劣等感を抱くようになった地区民は、自らのふるさとを中傷、誹謗し、住民同士のいさかいも多くなり、伝統行事も中止され地域の連帯意識もなくなっていったのでした。


地域振興の取り組み経過

(1)集会施設の建設
 これを憂慮し、地域再興のため青年が訴えて、未組織であった自治会を結成し、住民負担により、昭和52年に地区公民館を建設しました。
(2)活性化の兆しが表れる
 地区公民館を地域活動の核として会合、研修、レクリエーション活動に活用し、地域活性化に向けた話し合いの結果、中断していた盆踊り、相撲大会、演芸会などが復活し多彩な行事が行なわれるようになってきました。青年を中心とする消防の活躍も目覚ましく、久慈地区予選を勝ち抜き、消防操法県大会にも初出場することとなり、住民が自信と誇りを取り戻し、連帯感と愛郷心が生まれるようになり、着実に活性化の兆しが表れてきました。
(3)大沢農村振興会の結成
 地域の活性化を背景として、生産面で地域の基礎産業である農業振興への関心が高まり、合理的・高収益農業展開の重要性が話し合われるようになり、昭和58年に非農家も含む全戸加入の大沢農村振興会を組織し、課題解決に取り組む体制が整備されました。その中で、合理的農業の推進のため個別完結型農業を見直し、むらぐるみ農業を推進する重要性が指摘され、昭和59年に小規模な共同育苗をはじめ、以来、規模拡大により現在に至っています。
 さらに、農家の高齢化や農業機械を個々が所有する経済的不合理性から農業機械銀行の設立により、稲作作業の一貫的受託体制を確立し、水田ほ場整備事業を導入して基盤整備したことにより、一層の農作業受託が促進されています。
(4)高収益農業を目指す
 合理的農業と合わせて高収益農業を目指すため、換金作目への転換の重要性が指摘されたことから、ヤマセ気象を活用した雨よけほうれんそうを導入することとなり、年次的にパイプハウスを増棟し、現在、農村振興会分で100棟(1棟100u)のハウス団地(アグリ農園)となっていますが、収穫体験者受け入れのため果菜類や花卉栽培も進めています。また、町から指定管理を受けているアグリパークおおさわに食材を提供するため、新たに根菜野菜を作付けし、地産地消を率先推進していますが、作業等には約40名の女性や老人がパートで働いており、交流と生きがい、雇用の場の創出にもつながっています。
(5)豊かなむらの創造
 究極の目標は「出稼ぎのない豊かなむらをつくること」であり、農産物の高付加価値化のため、昭和60年に農産物加工施設を建設しました。施設では、豆腐や手打ちそばの製造を行ない、地元販売に加え町主催行事への出店や体験受入れなどにより、地区民の意識改革に大きな役割を果たしたと考えています。
 心の豊かさも重要であり、平成元年には、地区独自の歌として「おおさわの讃歌(うた)」を制作し、毎日地区内に防災無線により放送しており、地区民の自慢となっています。交流事業の中で大きなイベントとしては、昭和61年から毎年開催している「おおさわサマーフェスティバル」がありますが、遊覧馬車の運行、魚つり大会、演芸会や花火大会、郷土のナニャドヤラ盆踊り大会など多彩なプログラムで、地区出身者と交流する催しであったものが、近年は町内外から多数の人が訪れる小さなむらの大きなお祭りとして発展しています。
 正月には「ふるさと交流演芸会」を開催しているほか、共通のふるさとづくり活動を推進しており地区名を同じくする縁をもって、東京都三鷹市大沢地区の地域づくり団体「ほたるの里・三鷹村」との交流も行なっています。
 また、平成10年にオープンしたふるさと交流館「アグリパークおおさわ」の管理運営を受託したことにより、交流事業が一層促進されているとともに、地区を含め町内から30名の職員を雇用しているほか、農産物や農産加工品の直売などによって農家所得が向上し、豊かなむらが創造されています。
(6)自らのむらは自らの手で創る
 一連の活動を通じ、地区全体に「自らのむらは自らの手で創る」意識が生まれ、地域づくり活動に対する積極的対応とともに、環境美化、消防防災活動など全てにわたって子どもから老人まで地域全体に奉仕活動が定着しています。


地域活動の成果

(1)過疎からの脱却
 崩壊の危機に遭遇した地域再興のため、自治会組織体制の整備と農業集団である「大沢農村振興会」の設立により、優れたリーダーと農業後継者も育成され、活力に満ちた地域づくりが実現し、過疎化が解消されています。
(2)地域づくりの情熱
 これら一連の活動を通じて築いた何よりの財産は、住民意識の変化にあると思います。地理的・経済的に厳しい状況から、住民は自分の故郷に対し自信も誇りも持てず、劣等感に悩まされてきたのでしたが、現在は、むら自慢談義に花を咲かせながら、みんなが生き生きとして、地区全体に活力が満ちています。
 大沢農村振興会が町から指定管理者に指定されている「アグリパークおおさわ」のオープンに続き、「おおさわ親水公園」や久慈平岳登山道も整備され、その管理も担っていますが、日々変容する地域を地区住民は深い感動をもって見ており、キャッチフレーズである「理想の農村・アグリの里の建設を目指して」地域一丸となって取り組んでいく決意を新たにしています。
(3)アグリパークおおさわの管理運営の受託
 このような経緯の中で、町では、交流促進の拠点施設として大沢地区に宿泊や大浴場、レストランなどを備えた「アグリパークおおさわ」を整備し、管理運営については、大沢農村振興会に委託されましたが、平成10年オープン以来、年間約15万人の来館者があり、好評に利用されており、独立採算によって順調に推移しています。当農村振興会は、この施設に止まらず農業、農村景観を含めた地区全体を「アグリパーク」という考え方で、シンボルである久慈平岳の登山会をはじめ、天体観測会やほたるまつりなど地区丸ごとを魅力に集客を図っているものです。農業面では、ハウスでの野菜の収穫体験を実施しているほか、ぶどう栽培をはじめその他の農作物についても先進的に取り組み、山間地域の立地条件を生かした新たなアグリビジネスの振興を図っています。


結びに

 むら崩壊の危機に遭遇した大沢地区は、現在、世帯数も増加に転じていますが、真剣な取り組みがなかったならば、農地は荒廃し、人の住まないふるさと崩壊の日が確実に訪れたものと思うとき、今日の状況には万感胸に迫るものがあります。
 これらの取り組みは、昭和60年度「岩手県活力ある我がむらづくり優秀集落表彰」、平成11年度の「豊かなむらづくり農林水産大臣表彰」受賞等とともに、平成20年には岩手県の「元気なコミュニティ100選」に選定されるなど、モデル集落として高い評価を得ていますが、本年度増築整備される「アグリパークおおさわ」の運営をはじめ、「水清くせせらぎ唄う大沢は、人の和で明日を拓くふるさとさ」の「おおさわの讃歌」の一節のとおり、理想郷の実現に地域一丸となって頑張っています。