「あしたのまち・くらしづくり2009」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 振興奨励賞

人よし・味よし・笑顔よし―ここにしかあらへん“田舎のコンビニ”―
兵庫県多可町 マイスター工房八千代
地域の概要

 多可町は平成17年11月1日に多可郡内3町(中町、加美町、八千代町)の合併により誕生した。兵庫県の内陸部に位置し、周囲を中国山地の山々に囲まれた多自然居住の町である。マイスター工房八千代のある八千代区(旧八千代町)の地場産業としては、江戸時代末期より製造されている「凍り豆腐」や江戸時代後期に京都・西陣から織物の技術を導入して始められた「播州織」がある。
 しかし、地域の過疎化、産業構造の変化に伴い、地場産業の衰退が目立ちはじめたため、平成2年より町の施策として、都市と農村の交流と共生を目指したまちづくりを進めることとなった。


生活研究グループ“乙女会”

 昭和50年に入り、地域では過疎化の進行や織物従事者の健康悪化が目立ち始めた。やがて、これらの問題解決をはかろうと、昭和52年に地域の女性たちが生活研究グループ“乙女会”を結成し、暮らしをより良くするための研究活動が始まった。
 当初は家庭菜園の充実や食生活改善を中心に活動をしてきたが、町が推進する都市農村交流事業において、多くの場面で農村側の受け皿として活躍をした。都市部の人たちに田舎料理を提供したり、「コープふるさと村やちよ」の厨房を任されたりしているうちに、町内でも存在が認められ、グループ員の中には調理師資格を取得する者もでてきた。
 「八千代町は都市農村交流を進めているのに、町の特産といえる土産物や加工品がない」等の声が根強くあり、グループ活動で培ってきた知恵と技と経験を結集した「ふるさと産品」の開発に向けた研究活動が始まった。これらの活動を進めていくに従い、「自分たちの加工施設を持ちたい」との夢が広がっていった。


夢の加工施設(既存施設の有効活用)

 そんな折、少子化により地域の保育所が廃園となり、同時期に農協店舗も合併により閉鎖されることとなった。空き施設の増加による地域の停滞感、過疎感を阻止するため、当該施設の有効利活用について、対象地域6集落を中心に話し合いがもたれた。
 この計画に対して、地域住民からの要望をすべて網羅した形で平成13年4月、新山村振興農林漁業対策事業を活用し、女性高齢者等活動促進施設「マイスター工房八千代」が誕生し、生活研究グループ“乙女会”を中心とした女性たちが運営を任されることとなった。
 マイスター工房八千代は加工部門とカルチャー部門とに分かれており、加工部門は元農協店舗の建物を利用して農産物の加工と販売が行なわれている。カルチャー部門は、元保育所を改築した建物で、女性専用エステやマッサージルーム及び喫茶室が設置されている。


手間や工夫、具材を「けちらない」

 開業の際の最大の課題は、持産品として何を作るかということであった。客観的な評価や地域の理解・支援を得るために、地域を代表する二つの生産品(しいたけ・高野豆腐)を生かすことにした。冠婚葬祭があればどの家庭でもつくられ、地域の食文化を代表する食べ物「巻き寿司」である。
 ご飯を少なくし、具だくさんにこだわった“ここにしかあらへん”巻き寿司。大きく切ったしいたけや高野豆腐はもちろん、きゅうりは縦半分に切って2分の1本も使う。「一度食べたらやみつきになる」と言われるその味は、風土に根ざしたローカルな食材や食文化を“伝承する精神”と、厳選した具材を大胆に使い、手間と工夫を惜しまない“けちらない精神”から生み出された。


郷土にあるものを「見捨てない」

 「けちらない一方」で「見捨てない」「もったいない」という精神を大切にしているマイスター工房八千代。施設の維持・運営は「見捨てない精神」に満ちあふれている。

(1)建物を見捨てない
 加工部門は農協店舗跡、カルチャー部門は保育所跡を再利用し、地域の空洞化を阻止。

(2)田舎を見捨てない
 地域の食文化から生まれたヒット商品の巻き寿司。地元産の米、野菜を中心に町内の特産品がふんだんに使用されており、地元の農業振興、伝統産業の復興に貢献している。

(3)人を見捨てない
 年齢や能力で雇用を限らず、意欲のある地域の人を大いに活用。グループ員の調理技術を学びたいと希望する人や、子どもが小さく働きたいけど遠くには行けない若い女性たちも参加し、現在25歳から77歳までの幅広い年齢層の女性スタッフ、28名が運営している。

(4)素材を見捨てない
 調理加工の際に出る端材も使い切り、規格外野菜も利用する。巻き寿司を作る際に出るきゅうりのヘタはからし漬けにしたり、形の崩れた高野豆腐は、粉にして小麦粉と混ぜ、ドーナツにしている。ほかにも通常なら廃棄されてしまう、干しシイタケの粉やおからなど、安価で栄養価が高く体によい素材を積極的に使用。主婦の知恵から続々と新しい商品として開発され、通称〝見捨てないシリーズ〟として販売され、人気を集めている。


モットーは“人よし味よし笑顔よし”

 マイスター工房八千代の魅力はその味だけでない。スタッフが率先して客とのコミュニケーションを楽しみ、笑顔と真心で接客をする。たとえばお客のお目当ての寿司が売り切れてしまったとき。「売り切れです」で済ますのではなく、「ごめんねぇ、せめて味見だけでも」と、残っている寿司を一切れずつ試食してもらうのだ。
 そんなマイスター工房八千代の味と接客は徐々に評判を呼び、新聞に「田舎のコンビニ誕生」と掲載されたのをきっかけに一躍有名になった。神戸や大阪からの来客も多く、静かな山里に「田舎の味」を求めて行列ができる。初年度こそ赤字だったものの、2年目からは黒字に転じ、以後年々売上は増加。オープン8年目の現在、週4日の営業にもかかわらず、マイスター工房八千代の売上は年間1億5000万円を超える。


地域に根ざした施設“マイスター工房八千代”

(1)地域住民の憩いの場
 マイスター工房八千代はオープン以来、地域住民にも都市生活者にも魅力ある場所として利用いただいている。喫茶室では、散歩のついでに立ち寄ったお年寄りが集い、語らう姿が見受けられる。また、子ども連れの母親たちは子どもが遊ぶ姿を見ながら交流を深めている。様々な方に利用いただいているため、子育ての大ベテランが若い母親の悩み相談にのるなどして、世代を超えた女性たちの交流の場になっている。今では地域になくてはならない場所となっている。

(2)地域の元気の源
 マイスター工房八千代のスタッフには、グループ員の調理技術を学びたいと希望する人や、子どもが小さく働きたいけど遠くには行けない若い女性たちも参加し、就労の揚が何もなかった中山間地域に大きな就労の場をつくった。
 また、毎月地元産のお米を3000㎏以上、ごぼう、人参、鶏肉などの畜産物、地元で古くから生産されている高野豆腐等を大量に使用している。これらの原料生産を行なっている農畜産の生産者や高野豆腐の製造業者等の活性化に寄与し、地域をトータルに元気にする源となっている。

(3)地域への感謝を忘れない
 地域の小中学校の給食に「マイスターの日」があり、子どもたちはマイスターより提供された巻き寿司の丸かぶりを楽しむ。ほかにも小学校で開催され、スタッフが指導する「巻き寿司づくり」体験などもあり、時代を担う子どもたちに、作る喜び、食べる喜びを感じてもらい、食農教育を推進している。
 また、敬老の日発祥の地だけにお年寄りへの感謝も忘れない。スタッフが一丸となり、企画・運営した交流会では、地域のお年寄りをマイスター工房八千代へ招待。美味しいお食事はもちろん、スタッフ自らが仕事の合間を縫って練習した太鼓や踊りを披露し、参加したお年寄りには大変喜んでいただいた。
 ボランティア活動にも熱心であり、台風や地震などの災害時には、お見舞いとして被災地に巻き寿司500本を届けるなど、地域に根ざした活動を展開している。