「あしたのまち・くらしづくり2009」掲載
あしたのまち・くらしづくり活動賞 主催者賞

半農半後継創業モデルを活用して地域を元気にする!
島根県大田市 旅館 吉田屋 食と農のインキュベーションのろNOLO
2005年11月〜【後継創業】

 島根県にある1300年もの歴史をもつ温泉津は古来より多くの人々を迎えてきた素朴だが伝統ある趣を残す温泉街である。しかしながら都市への人口流出や田舎の過疎高齢化という流れに逆らうことはできずに、明治創業の吉田屋旅館も後継者不在のなか経営者夫婦は旅館の廃業を視野に入れていた。そんななか、大阪で起業家支援センターを学生時代より立ち上げ運営してきた山根多恵さんは島根雇用創出プロジェクトのなかで後継者を探している吉田屋と出会った。起業を支援する立場を経験してきた山根さんは自分も起業経営をしてみたいという気持ちと代々大事に引き継がれてきた旅館をどうにかしたいという気持ちが合わさり、旅館後継の伝統では異例の何の血縁関係もない吉田屋旅館を引き継ぐことに決めた。わずか数か月のなかで先代の女将さんから旅館業、女将業の手ほどきを受け、2005年12月旅館吉田屋の若女将に就任した。大阪時代の仲間を温泉津に呼び、新生吉田屋旅館の誕生である。地域にある財産特に旅館といった伝統財は日本の文化の象徴でもあり、幾世代もの人々の努力と心が現在にまで引き継がれてきた目に見えるものだ。このような財産は日本中そして過疎高齢化の波に飲まれている田舎に数多くある。このような伝統財を若者が引き継ぎ、現代の潮流にあった新しい何かを加えることで、失われることなく引き継がれていく。この新しい何かは旅館吉田屋で言えば、ホームページの開設や館内の無線LAN整備、そして旅館営業は週末金土日のみという新しいルールであった。
 このように「後継創業」された旅館吉田屋の新しい歴史がここから始まった。


2006年〜【半旅館半地域貢献】

 吉田屋の営業は金土日の週末3日間だ。なぜこう決めたのかというと、旅館吉田屋は老舗旅館であるのと同時に田舎の問題解決をする拠点としての役割もあり、後継創業をすると決めたときから若女将塾と称して地元から全国までインターン生を受けて入れてきて、田舎で働く若者の人材育成という側面があった。平日4日間は地域貢献日となり、スタッフそれぞれが地域の問題解決をテーマに自由に動き回る。例えば山で繁茂する竹を伐採して、その竹で竹チップや竹炭、花器をつくったり、規格外野菜を仕入れて旅館の料理に使ったり流通させている。地域には後継者不足以外にも農業や森林保全、福祉といった問題がたくさんあります。特に若者が田舎から外の都市に流れ出ていく全国の流れのなか、地域はこれらの問題に対処できないでいる。そんな地域が生き残り、活き活きと再生するにはやはり若者が田舎を面白いと感じ、地域の問題解決と自身の個性が交わるところで楽しく働けるようになる必要がある。そこで旅館吉田屋のスタッフは半旅館半地域貢献という働き方をして地域再生の一点を担える人材育成のモデルを提示したいと考え、日々活動している。また同時に全国からインターン生を受け入れ、自分自身の生き方、働き方について考えるきっかけを求めて年間100名ほどの若者が吉田屋を訪れる。そのなかで実際田舎の問題を解決する意欲のある、田舎で働く若者を育てている。現在吉田屋のリーダーはそんな人材育成から育った若者で地元島根出身の三原綾子さんだ。彼女はまた山根さんとは違った視点で田舎をみることが出来、竹や規格外野菜の流通において精力的に活動している。また彼女も23歳という若さだが、さっそく次の若女将、地域再生を担う若者を育成中である。


【農地再生】

 食の農のインキュベーションのろNOLOは島根県東出雲町野呂地区にある耕作放棄地で旅館吉田屋が2006年より農地再生、農業体験受け入れなど、農業をテーマに地域再生をする拠点となっている。そこではブルーベリーや蕎麦を中心に栽培しており、2008年には「バーチャル蕎麦農民」という企画を若女将三原綾子さんが中心となって行なった。この企画は都市部住民に対してNOLOの蕎麦畑の農民を募集することからはじまり、週末や長期休暇といった時間のあるときに実際にNOLOにきて農作業をして、それ以外のときはスタッフが畑の日常的な管理をする。その過程をブログに随時アップして都市部にいるバーチャル農民たちが自分たちの畑の様子を知ることが出来る。このような仕組みを使って、都市住民を巻き込んだ農業のひとつの実験モデルをつくることが出来た。実際参加者の反応は上々で特に子どもがいる親御さんたちの反応が良かった。このような都市と田舎を繋げることで双方にとってメリットになり、同時に田舎の問題解決ができる仕組みも地域再生に有効な手段の一つである。またNOLOは農業という一国の豊かさの基礎を担う分野について学ぶことの出来る非常に良い教育施設である。スタッフ同様、インターン参加者にとってもいつも大きな学びをもたらしてくれている。このNOLOを地域貢献にもっと有効で楽しいところにしていくために吉田屋スタッフは邁進している。


2008年10月〜【田舎会社東京支店】

 2008年夏旅館吉田屋に東京の大学生30名がインターンに訪れた。吉田屋の活動のなかで彼らに特に大きな印象を与えたのは規格外野菜と農家のおばあちゃんたちの笑顔だった。スーパーで並んでいる野菜しか見たことのなかった彼らにとって、農業現場では当たり前の規格外の作物の存在は驚きだった。味は劣らないのに、形や大きさといった見た目だけで市場には出すことが出来なくて多くは捨てられてしまう野菜がたくさんあることはなんてもったいないのだろう! 吉田屋でのインターンシップが終り、東京に帰った学生たちは自分たちが東京で出来る田舎の問題解決にはどんなことがあるのだろうと考えた。そして、とびきり素敵なおばあちゃんたちが作る規格外野菜を「もったいない野菜」と名づけて、もったいない野菜の存在そしてその多くが捨てられているという現実について東京の人に知ってもらおう、同時に東京の人たちと共に田舎の問題について考えようと田舎会社東京支店を立ち上げ、東京目黒区にあるオーガニックカフェを借りて「いなかふぇ」という都市と田舎の交流イベントを開催した。そこでは、おばあちゃんたちの笑顔写真を飾り、もったいない野菜を使った食事を出して、島根とスカイプで繋いで東京の人と島根の人が直接交流することが出来た。この後、田舎会社東京支店では週2回金土にカフェの隣でもったいない野菜の販売をすることを決めた。その朝市は小規模ながら学校帰りの学生メンバーが毎週島根から仕入れてきたもったいない野菜を地元住民と交流しながら売っている。もったいない野菜市は1年目を迎える前段階で、すでに地元での知名度は上がってきており、少しずつではあるが、販売額も上がってきている。今後このもったいない野菜を使った加工品の商品開発などより幅広く活用する道を模索している。田舎会社東京支店は、旅館吉田屋の田舎の問題解決をする若者育成というミッションのひとつの成功例である。


2009年4月〜【若者の自立塾】

 後継創業から3年、旅館吉田屋の地域における働きは一つの核に集約されてきたことがはっきりしてきた。地域を再生する、と同時に現在の若者の求めている働き方と生き方を実現させる舞台としての田舎をプロデュースすること。人材育成とはそういうことなのだ。田舎の環境に若者を無理やり適応させることでもなく、田舎を都会のように変えることでもない。田舎の良さと問題、そこに若者の長所も短所も含めた個性が交わるところに田舎の活性化と若者の定着があるのだ。この考えのもと、旅館吉田屋は「来るもの拒まず、去るもの追わず」の精神のもと毎年多くのインターン生を受け入れていた。そして2009年4月からあるプロジェクトに参加することになった。このプロジェクトは、田舎で自立する若者を3年で100人つくるというものだ。これは山口や北海道、東京と広範囲に適応させた日本全体の再生を視野に入れた計画で、まずは100人の自立モデルをつくろうというものだ。このプロジェクトは「若者の自立塾」と名づけられ、旅館吉田屋からは5名の若者が入塾することになった。旅館、NOLO、もったいない野菜、竹やぶといった今までの取り組みを発展させつつ、各々の若者の個性がそこに新たな彩りを添える。具体的には、2009年3月末に吉田屋にやってきた元広告代理店勤務の若者は現在NOLOでブルーベリー栽培している。もう収穫がすでに始まっており、そこで取れたブルーベリーを東京の田舎会社に送って売ってもらったり、吉田屋のお中元として使ったりしている。自分にとって心よくて楽しい働き方と地域に対しての貢献を双方考えたいとしてやってきたその若者がどんな自立モデルとなるのかとても楽しみである。また竹については、竹の伐採と竹炭作り、商品作りの一連が地球温暖化に対抗するエコビジネスとなるのでは地域のお年寄りも巻き込んで模索中である。このように山根多恵さんの後継創業より、この明治創業の老舗旅館は一歩一歩新しい地域財へと変化してきている。お客様をもてなして元気にする「ひとを元気にする旅館」発の地域再生は引き続きやってくる若者たちが自立していくのに比例して推し進められていく、そんなビジョンのもと吉田屋は今日も営業中だ。