「あしたのまち・くらしづくり2008」掲載
<子育て支援活動部門>あしたのまち・くらしづくり活動賞 内閣総理大臣賞

赤ちゃんから高齢者まで世代を超えてふれあい暮せる「まち」をつくりたい
東京都品川区 NPO法人ふれあいの家―おばちゃんち
おばちゃんちが生まれるまで

 「おばちゃんちって良い名前ですね」と出会うほとんどの方にいっていただいています。それというのは「おばちゃんち」という名前を聞いたみなさんが「あたたかーい」という感情を持ってくださるからだそうです。図々しくって、恥も外聞もなくした女性の総称としても使われるこの名前をあえて団体名につけた由来は、地域に野放し状態で育った戦中派の代表(渡辺)がこれまでに出会ったおばちゃんに感謝をし、自分もおばちゃんが持つ人への旺盛な好奇心をいつまでも持ち続けていたいと強く願って提案しました。隣のおばちゃん、親戚のおばちゃん、駄菓子屋のおばちゃん、八百屋のおばちゃん、かつての品川の町にはたくさんのおばちゃんがあふれていました。親切な、やさしい他人に見守られて育ったことが今も懐かしく思い起こされるのは代表だけではありませんでした。この幼少期の育ちが成人しておばちゃんになった今、人に寄せる強い信頼に繋がっていると設立メンバー全員が確信し、次世代にも確実に届ける責任があると任侠心が突き動かされたのでこんな名前にしました。
 連想ゲームというのがありますが、おばちゃんたちにとっての地域は『地域→まつり→笑い声→ひだまり→子ども』となります。公園から子どもの声が消えたと言われるようになって久しく、日本の少子化はとどまるところを知らず、とうとう少子・高齢化は世界一という国になってしまいました。この少子化時代に育った今の親たちは自分の子どもを産んで初めて小さい子どもに触れるという結果となっています。過去のどんな時代の親も初めてのわが子にはハラハラドキドキとしたものでしょう。でも、どこかで触れたり世話したりの経験があるとないとではそのドキドキ感は天と地ほどの差があるといっても良いのではないでしょうか。加えて、隣近所で子どもが産まれたことさえ気づかないほどの孤立した密室での子育てに、誰が「大丈夫よ。初めての子はみんなそうなのよ」と声をかけてあげられるのでしょう。かつては地域の多くのおばちゃんやおじちゃんに声をかけられ育てられた子どもたち。たまたま一人っ子であっても隣近所の商いに忙しいお店の赤ちゃんを背負わしてもらい、放課後を過すこともできました。両親が働いていてもその寂しさは地域の温かさに解けていきました。子育ては家族や、隣近所や職場の同僚などのたくさんのおばちゃん、時にはおじちゃんの手に助けられ進みました。こんな原風景を持ち、孤立した今の状況下での子育てが楽しいものにはなり得るはずがないと胸を痛めていた仲間10人が集まってワイワイとNPO法人が何たるかも手探りに始めたのがおばちゃんちです。


思いは一つ、このままではいけない「地域」を実感

 集まったメンバーは現役の児童センター職員や幼稚園教諭であり、退職後の保育士であり、チャイルドラインを立ち上げたばかりのおばちゃん、地域のダンススクールの先生などでした。それぞれが日ごろから子どもを取り巻く地域環境の悪化にやきもきし、母親の苦しみを身近に見聞きし、何かできることはないかと模索していました。
 地域の変化は著しく、自分の子ども時代の面影はわずかしか残っていません。・神社の境内は駐車場と化すなど遊び場が奪われ・公園から子どもの声がしなくなった・時間が小刻みに管理され遊び込む時間が失われている・友だちと遊ぶにもスケジュール調整が大変(スケジュール帳を持ち歩く子ども)・外で遊ばなくなった子どもの身体と心の変化・冷暖房完備で戸は閉まり、まちで働く人々とのかかわりがなくなった・子どもたちが防犯ベルを持ち歩く時代になった・知らない人に声をかけられたら逃げるようにと教えられる子ども・深夜まで起きている乳幼児。
 一方、親たちは・団地やマンションでは隣人と顔を合わせないように気を使う・匿名性の付き合いを求めて集まるイベントの賑わい・ブロック塀は高く、居間や食堂を2階に上げたことで他人の子どもへの育ちの関心が薄れる・紙おむつやサッシの普及でどこで赤ちゃんが生まれているかを見えなくした住環境・孤立した育児に戸惑い、追い込まれる親たち・子育て仲間同士の気を使いすぎて疲れ果てている母親・社会から断絶されていると思わざるを得ない状況下での子育てに悩む母親。
 こうした現状を話し合う中で、自分たちの活動は「子育て支援」という分野ではなく、「ともに生き、ともに暮らすまちづくり」ということになりました。赤ちゃんから高齢者までがこのまちで生きていることが楽しいと感じられるようなそんな「風」を小さなおばちゃんちから送り続けたいねと思いは一つになりました。引きこもらざるを得ない子どもや大人たちの苦しみ、自殺者は後を絶たず、肉親への殺意の行動化など、人としての「生きる力」を蝕んでいるとしかいいようがない現代社会に屈することなく生きていくには人と人がつながるぬくもりあるまちづくりだね、ということになったのです。


面白いようにつながり、ひろがる活動

 地球規模の恐ろしい未来図に暗澹とし、地球の未来を背負うであろう若者たちに子どもを産む素晴らしさを伝えかねてしまうのですが、すぐに、これではいけない、未来を創る責任を最後まで私たちは負わなければならないとおばちゃんは奮い立つのです。
 いつの間にかよそ様の子に気軽に声をかけられなくなってしまった現代社会を「できることを、できるだけ、楽しく」をモットーに、気負わず、せめてわがまち「しながわ」の地域再生の一助になればと始めたおばちゃん・おじちゃん・じいちゃん・ばあちゃん・にいちゃん・ねえちゃんの活動を報告します。
@2003年3月に内閣府の認証を得て初めにしたことは居場所づくりでした。「ホットほっとHOT」という居場所は主に若者と乳幼児の出会いを大切にしました。かつて、近所の幼い子の子守をさせてもらったように現代の若者にもふにゃふにゃの赤ちゃんを抱っこして欲しかったのです。親になって「わが子が初めて触れる赤ちゃん」なんてことのないように親準備が知らず知らずにされる場所になりました。高じて保育士になり仕事にしてしまった若者もいます。
A次の年はマンションの一室だったけど限りなく脱日常の世界をおかあさんたちに用意しました。そこには甘甘のおばちゃんたちが昼食の用意から、おチビちゃんの抱っこや離乳食の世話まで子どもをお母さんから取上げ、側で子守りをやって見せました。お母さんたちは熱いスープに舌鼓を打ち、自分から離れてもご機嫌なわが子をいとおしそうに見つめるそんなひとときを提供する「みこおばちゃんち」を演出しました。
B第3の居場所「ニッコリータ」は現役ママたちと手を組んで運営に当たりました。ここではおばちゃんは完全にサポーターに回りました。自分の子どもの世話はもちろん側にいる他人の子どもにも目線や気配りをする活動はなれないうちは大変です。でも、次第に慣れてくるとわが子と同じように他人の子がかわいくなってくる経験をし、今では仲間同士で「預かりあい」もできるようになりました。もうおばちゃんは時々いればよいくらいになったので、おばちゃんちはニッコリータを子育て仲間*はらっぱというおかあさんグループに任せることにしました。
Cそして、2006年11月20日に第4の広場をオープンしました。ここはあずかり広場です。今までのおばちゃんちのコンセプトは残しつつ、短時間働く人や少しの時間でもわが子を安心して預けられるおばちゃんが側にいたらと願う人たちのための預かり施設です。まちの活性化をミッションに活動するNPO法人「東海道品川宿」とこころの元気なまちづくりを目指すおばちゃんちが手を組みました。仲人は品川区のまちづくり振興課、保育課です。店先はコミュニティ・カフェ「街猫」、奥は横丁の玄関から入る預かり広場「品川宿おばちゃんち(愛称ほっぺ)」、2階の4畳半は学びの広場「らーん」です。2階を含めて61平方メートル足らずの狭い1軒家ですが旧東海道筋に位置し、まちの景観にも一役買って江戸調に改築されました。この狭さになじみ、おばちゃんちならではの家庭的な雰囲気満載の居場所です。この居場所は今では若者が月1回集う、しゃべり場「なんくるないさー」、母親がファシリテーターを務めて語り合う場「お産バンザイ」の開催、保育士の研究会に使用する、などにも有効活用されています。活動3年目にして得た活動の一つの拠点となっているほっぺからたえずおばちゃんがお預かりしたお子さんをバギーに、おんぶに、抱っこにと町に繰り出しています。また、おばちゃんちに集まってくる若者やお母さんがおばちゃんと心地よい人間関係を繰り広げている姿がまちを歩く人々から丸見えの場所にあることにちょっぴり気負いながら頑張っています。
 おばちゃんちはこの【ふれあい広場】、【預かり広場】のほかに、気持ちを楽にして子育てに向き合えるような力をつける親支援プログラム「ノーボディズ・パーフェクト」、若者が赤ちゃんに初めて出会う時のための「こんにちは赤ちゃん(親準備教育)」、おばちゃんちのスタッフを見つける「保育サポーター養成講座」などの【まなびあい広場】、「子育て・子育ちにやさしいまちづくりネットワークINしながわ」の開催や児童センターを拠点に活動を行なっている自主グループの活動交流会への参加などの【つながりあい広場】、今では100人を超えるおばちゃんはどんな人たちか、どうやって集まってきたかを楽しく読んでもらいながら「あなたも101人目のおばちゃん、おじちゃんになりませんか」と呼びかける本の出版、品川中の子育て家族に参加を呼びかける「しながわ子育てメッセ」の開催といった【きかく(つくる)の広場】といった五つの広場活動を柱に毎年新規事業も加えながら概ね10本前後の事業を実施しています。今は一人立ちしている品川子育てガイド「SKIP」や子育て情報ポータルサイト「てとてとねっと」もこの【つくる】広場から生まれました。


現在までの活動の評価

 今おばちゃんちには一声かけると30人くらいはおばちゃん、おじちゃん、おにいちゃん、おねえちゃんがスタッフとして集まってきます。そこの中心には子育て真っ最中の親子がたくさんいます。2006年度福祉医療機構の助成金で行なった子育て・子育ちにやさしいネットワーク事業は同年助成金をいただいて実施した事業の中から特に優れた事業として選ばれ、その後品川区より助成金を頂き引き続き実施しています。あずかり広場「品川宿おばちゃんち」は行政と地元商店街を中心としたまちづくりNPOと子育て系のNPO法人との協働事業として全国から注目され、視察や見学が相次いでいます。また、2007年度はメディアにも多く取りあげていただきました。まだそれほど多くはありませんがおばちゃんちを始めましたというお知らせもいただいております。そんな広がり、つながる活動のお礼にと、先日おばちゃんちは地域の財団法人「六行会」のご協力によりホール、ホワイエとラウンジをお借りして5歳のお誕生会を開催いたしました。あいにくの豪雨の中大勢の方々が参加し、それぞれの催しを楽しんでくださいました。1部から3部までの長い時間でしたが常に150人くらいの方々で賑わっておりました。予算は思いがけずにいただいたアサヒビールの社員の方々のボランティア活動から生まれた寄付金を使用させていただきました。1部は若者のブレイクダンスに、地域のママグループによるマリンバ演奏、ホワイエではスタッフや利用者ママのワークショップに手作り工作、ミニステージと盛りだくさん。2部のティーパーティーは保育サポータースタッフが保育ならず手作りパウンドケーキとデコレーションフルーツでおもてなし、3部のリレートークでは5年間のあゆみを参加者とともに確かめ、お祝いの言葉をいただきました。終了後「おばちゃんちらしい、手作り感いっぱいのあたたかい会でしたね」と参加者の方々から感想が寄せられています。
 自分たちが育ってきた時代が当たり前と思って暮らしてきたおばちゃんが、少し、注意して周りを見渡すとまだまだ隠居するには早い、なすべきことがたくさん転がっていることに気がついたといって良いと思います。そして、自分たち高齢者だけが気負っておこなうのではなく、そこには若者をはじめ様々な世代の人たちが自分のできることで関わるような仕掛けを考え、ともに暮らす町の営みを編み上げていくことの大切さを知りました。「支援」という姿勢ではない「ともに暮らす」というおばちゃんちの姿勢が多くの方の共感を呼んでいます。水平な関係でお付き合いが始まると地域は豊かな人生の学びの場と変化します。そして、人は人とのかかわりの中で大きな喜びを見出す動物だと実感することができます。おばちゃんちは「できることを、できるだけ、楽しく」をモットーに仲間に出会い、つながり、広がる、暮らしを紡ぎ続けていける地域の小さな居場所として評価を受けています。