「あしたのまち・くらしづくり2007」掲載
<まち・くらしづくり活動部門>あしたのまち・くらしづくり活動賞 振興奨励賞

まちの自然や歴史にふれあい、楽しみ、学び、次の世代へつなげよう
兵庫県尼崎市 自然と文化の森協会
はじめに

 尼崎市は阪神工業地帯の中心都市として、市域のほとんどが市街地化されている。その中で、市域北東部の園田地区は田畑が残り、猪名川・藻川という二つの1級河川が流れるなど自然に恵まれ、弥生時代の遺跡である田能遺跡などの歴史的遺産も残る地域である。
 尼崎市は1996年の市制80周年にあたって、それらの自然や歴史遺産を活用し、市民が憩い、楽しみ、学ぶ場として整備しようと「自然と文化の森構想」を市民とともに策定した。そして、この構想の策定に関わる中から、市民が中心になった構想の具体化を目指して「自然と文化の森協会」を2002年に設立した。現在、緑・水辺・農業・歴史文化・交流の五つの部会に分かれて活動を行なっている。


猪名川自然林を守り、育てよう(緑部会)

 地域を流れる猪名川は大きく蛇行して流れていたため、たびたび洪水を引き起こしていた。1966年から蛇行部分のショートカット工事が行なわれ、約20ヘクタールの廃川敷が出来た。この廃川敷の旧堤防には猪名川の氾濫とともに成立したエノキ・ムクノキからなる河畔林が形成されている。この河畔林は都市部に残る貴重なものであると大阪大学の故・岡野錦弥名誉教授によって「猪名川自然林」と名付けられ、現在兵庫県のレッドデータブックにも記載されている。
 緑部会はこの猪名川自然林を中心に活動し、自然林のすばらしさを伝えようと自然観察オリエンテーリング、ヒメボタルやセミの羽化等の生き物観察会、昆虫採集会、カブトムシ飼育ボランティア等を実施し、地域の多くの子どもたちに自然とふれあうことの楽しさを伝えてきた。
 2005年からは、尼崎市と協働で「猪名川自然林サポータークラブ」を発足させ、兵庫県立人と自然の博物館の服部保先生や国際環境専門学校の石丸京子先生の協力を得て市民とともに猪名川自然林の樹木の勉強や管理作業を行なってきた。2006年には植生調査を実施し、エノキ・ムクノキからなる河畔林の姿が失われつつあることを明らかにし、再生への方策を提起した。
 今後は、貴重な河畔林としての猪名川自然林を守り育てるため、エノキを食草とし猪名川自然林に生息するタマムシを象徴に「タマムシの飛ぶ森づくり」をテーマに、より豊かな森づくりに取り組んでいくことにしている。


猪名川・藻川の清流復元をめざして(水辺部会)

 かつては川魚漁も行なわれていた猪名川・藻川も、経済発展と都市化の中で一時は「死の川」となってしまっていた。近年、下水道整備などの効果もあって水質も改善されてきている。しかし、川の近くに住む子どもたちは川で遊ぶことを知らず、川遊びの楽しさを経験した子どもたちは少ない。
 水辺部会は藻川を中心に活動し、「水辺で楽しみ隊」と名付けた藻川での魚取り・水遊び・生き物観察会を行なってきた。最初はこわごわ水に入っていた子どもたちも、しばらくすると魚取りに夢中になり、用意したライフジャケットを身に付け「川流れ」を楽しむ子どもたちもいる。何より、かつて川遊びを楽しんだ親御さんたちの嬉々とした姿が印象的である。
 猪名川・藻川の清流復元に向けて、地域の諸団体(PTA、障害者作業所、環境団体、行政)や猪名川上流部の皆さんとともに2000名規模の「水辺まつり」や「水辺フォーラム」を開催してきた。「水辺まつり」では、カヌーやEボート、手作りのいかだ・アシ船への乗船体験に多くの親子が列をつくり、藻川の生き物コーナーではミニプールに放したコイ・ウナギ・オイカワ・ヨシノボリ・モクズガニ・テナガエビなどに触れ、川のすばらしさを楽しんだ。藻川で活動されている藻川漁業協同組合の皆さんとの交流も始まり、2007年4月にはアユの稚魚の放流を協同で実施した。
 国土交通省猪名川河川事務所や企業・市民とともに猪名川クリーン作戦も実施し、年々参加者が増えている。少しでも多くの子どもたちに水辺で遊ぶことの楽しさや喜びを伝え、地域を流れる猪名川・藻川に清流をとりもどし、生き物の豊かな水辺を引き継いでいくために活動を続けている。


地場野菜・サトイモ栽培で、農地の保全へ(農業部会)

 農業は風土そのものであり、尼崎市という都市部に残る農地は景観としても貴重なものである。しかし、その農地は年々減少しマンションなどへと姿を変えている。一方、地元には「皮をむいても手がかゆくならない」という地場野菜のサトイモが農家に細々と伝えられていた。
 農業部会は、農業の継承・農地の保全・地場野菜であるサトイモの保存という三つの視点から、遊休農地を利用しての農作業体験講座・サトイモ栽培をスタートさせた。公募を行ない100名近い市民が参加して協同作業により栽培を行ない、市民が集うコミュニティの場ともなっている。
 秋に行なう「サトイモ収穫祭」には1000名近い家族連れが集まり、サトイモのっぺい汁・サトイモ創作料理を味わい、サトイモ音頭を踊り、サトイモづくしの一日を楽しむ。収穫したサトイモは販売するとすぐに完売し、地場野菜のすばらしさを多くの市民に伝えている。
 このような中で、これまで自家用にのみサトイモを栽培されていた農家が、農協などの直売所で販売されたり、障害者作業所との協同で栽培・販売され、地場野菜であるサトイモも市民の中に浸透してきている。しかし、2007年は農地の確保ができず、市民農園の活用等で市民によるサトイモ栽培を継続することになった。来年度に向けて、農業者や尼崎市・神戸大学農学部等の協力も得ながら農地確保の努力を続けていきたい。


地域の歴史と文化を活かしたまちづくりを(歴史文化部会)

 地域の歴史は古く、弥生の時代から人の営みが続いてきた。弥生時代の貴重な遺跡である田能遺跡、白鳳時代の法隆寺式伽藍配置であった猪名寺廃寺跡等、多くの歴史・文化的なものが残されている。また、庶民のくらしに直結する「水争い」の記録・記念碑、近世の猪名川通船にちなむもの、昔のなつかしさを残す街並み等も各所に残されている。
 歴史文化部会は、地域の歴史文化を再発見し、まちのすばらしさに目を向け、楽しく学ぼうと「わがまち歴史ウォッチング」を毎年行なってきた。また、万葉集に歌われた地域でもあることから、猪名寺万葉コンサートや猪名寺廃寺復元模型作りを地元自治会や子ども会と協同で行なうなど、地域の活性化も行なっている。
 今後も、地域の歴史と文化を活かしたまちづくりを進めるため、庶民の暮らしてきた生活の視点を大切にしながら、市民とともにまちの魅力を再発見し、先人の想いや願いを引き継いでいく取り組みを進めていきたい。


キッズクラブの結成で、子どもたちも主人公に

 これまで、行事には多くの子どもたちが参加していたが、継続性のない1回ずつの参加であった。そこで、継続参加して地域の自然について知ってもらおうと、2006年5月に地域の小学校の先生たちの協力も得て子どもたちに呼びかけ、「キッズクラブ」を結成した。22人の小学生が登録し、「猪名川自然林サポーター講座」に大人とともに参加して猪名川自然林で活動し、生き物探しや木の葉遊び、自然林の枯れ木を利用しての秘密基地作りなどを楽しんだ。「水辺で楽しみ隊」や「猪名川こどもネット」に参加し、水辺の楽しみにしっかりとはまってしまった子どもたちもいる。虫や魚をさわれなかった子どもたちも自分から手を出すようになるなど、自然にふれあう中で楽しみ、自然のすばらしさを知り、学んできた。子どもたち(キッズ)とともにお父さん・お母さんたち(元キッズ)の参加もあり、親子でのふれあいの場としても楽しんでもらっている。
 2007年の募集ではほとんどの子どもたちが継続参加を希望し、新たな希望者も含めて40名を超える子どもたちでスタートした。次世代を担う子どもたちの声を聞きながら、子どもたちも主人公となれる自然と歴史を活かしたまちづくりとなるよう活動を続けていきたい。


市民が中心になったまちづくりへ

 私たちは「自然と文化の森構想」の実現に向けて、市民の立場から活動を行なってきた。これまでの取り組みの中で多くの市民が活動に参加し、まちの自然や歴史にふれあい、楽しみ、学び、自分たちの住む地域への関心や愛着も大きくなってきた。また、行政(尼崎市・兵庫県・国土交通省猪名川河川事務所)や地域の諸団体との連携も深まった。
 尼崎市は「自然と文化の森構想」の達成目標年次を市政100周年である2016年としている。目標年次への中間点を過ぎた今、市民が中心になった構想の具体化へさらに大きく歩を進めるため、構想にも記されている「自然と文化の森の活動拠点づくり」を実現させたいと考える。
 市民参加で作られた「自然と文化の森構想」であるが、市民が中心になって実現させることこそが大切である。私たちは構想実現への中核組織として、地域の自然・農・歴史・文化を受け継ぎ、育み、次の世代へと引き継ぐため、「ふれあい、楽しみ、学び」を合い言葉に、学習会・調査活動・イベントの実施・地域マップ発行などの活動をさらに続けていきたい。