「あしたのまち・くらしづくり2007」掲載
<まち・くらしづくり活動部門>あしたのまち・くらしづくり活動賞 振興奨励賞

高齢者防犯劇団による顔の見えるまちづくり
東京都多摩市 特定非営利活動法人夢のマネージメント社
 15年前に、多摩市で地域の7000世帯を対象にコミュニティセンター「トムハウス」が出来、私たち住民は運営協議会を作ってボランティアで運営を始めました。私たちは福祉部をつくり高齢者や障害を持つ人を受け容れる地域のホスピタリティ向上を目指して、70歳以上の人700人を対象として、50人のボランティアが交代で食事を作る毎月の食事懇談会、病気で退院した人のリハビリの高齢者カラオケ、習字教室、手話、バス旅行、高齢者ファッションショーヘのモデルの派遣などの施策を実施してきました。
 当初の高齢者は、若い世帯主に付いてきた父母などで、「甥の家に住まわせてもらっているが、朝6時に御飯を食べてから晩の6時まで家から出ていなくてはならない」等の話を聴くことができました。近頃は700人のうち400人が亡くなり、新たに世帯主自身が高齢化して70歳以上が2300人に増加し「いつも一人で御飯を食べている」、「妻を亡くして寂しい」と泣き出す元大学教授、「階段の昇降が困難なので低階に引越そうとしたが、70歳を過ぎると誰も相手にしてくれないので中国の上海にアパートを買った」など、子どもが独立して出て行って支える世代のいない高齢世帯の特徴が出てきて、地域のホスピタリティの低下が目立ちます。これを支えるボランティアも多くが高齢化しまた亡くなり、まちづくりの活動も低下をしてきています。
 現在の問題は犯罪と健康で、訪問販売に狙われて、何度にもわたって500万円を盗られた元保健師のお婆さん、「オレオレ電話にかかる奴は馬鹿だ」と言っていた男性が娘の交通事故の話で一発でお金を盗られるなどの事例があり、多くの人がオレオレ電話を受けています。
 多摩市のオレオレ詐欺の年間被害は7500万円で、全国250億円で3300市町村平均の750万円の10倍となっています。泥棒は高齢で相談相手が近くに居ず、ある程度お金を持っている多摩の住民に目標を絞っており、高齢者の独居を執拗に狙う訪問販売の犯罪も多発しています。
 私たちは、2003年の6月に障害を持つ人の「バリアに立ち向かう夢やアイデアを知的財産にする支援と、誰もが社会に貢献しているのだという自信と誇りを持てるまちづくり」を目的に「NPO夢のマネージメント社」を創りましたが、障害を持つ人や高齢者を狙う犯罪の多さに直面して2004年「住民のつくる安全なまちプロジェクト」を、セコムの研究所長の杉井さん、警察政策学会の元内閣広報官の宮脇さん、厚労省の障害者犯罪プロジェクトリーダーの堀江さんなどの協力を得て始めました。
 防犯対策には、自分で自分を守る「自助」、警察に依存する「公助」、仲間で助け合う「共助」がありますが、被害に遭う人を仲間が救う「共助」に挑戦をすることにしました。
 「共助」の核心は「皆の目」で、犯罪現場に複数の目が行き届くと犯罪は完成しないという原則があります。この状況を作り出せるのは、顔の見える仲間と、仲間を前提とするIT通信の活用です。通信システムや機器の普及で人の群れの生活形態が一変して新しい「共助」の可能性が広がっています。
 私たちは、オレオレ電話が掛かってきたときに電話機のフックボタンを押して第三者の参加を求め、犯罪現場に仲間が入って複数で話を聴く対策、及び訪問販売が来たときに玄関にライブカメラを置いてインターネットで仲間に映像が送れるようにして、犯罪現場に仲間が参加できる対策をまとめました。これらの開発の経過の一部は2005年の内閣広報テレビ番組で紹介されました。
 今度は、これを普及する方策の開発に取り組みました。普及対策は、住民が直接関与するものが望ましく、「まちづくり」を基本理念とする2000年前のローマの劇場や米国のブロードウェイのように演劇にするのが判りやすいと考え、私たちは寸劇公演で仲間づくりと防犯対策を普及することにしました。
 まず、現在85歳の独居老人の湊さんに寸劇のシナリオを書いてもらい、「ホワイトアウト」という名作が出来ました。俳優は食事懇談会のボランティアを中心に、音響やポスター作りはカラオケや切り絵や書道のボランティアスタッフなどで構成しています。更に、一般からも募集して50名を目指して「ワクチン劇団」を結成しました。練習日を設けて定期的に練習をすることは、仲間との親密な交流が生まれ、声を出すことで脳や喉の筋肉を活性化して元気になります。
 この公演事業は、毎月60人が参加する高齢者食事懇談会や多摩市の安全シンポジュームなどでも実施しており、年間10回以上の公演を目標にしていて、平成19年度多摩市市民提案型まちづくり事業にも決定しています。
 この活動の意義については、仲間の一人が「金木犀の鉢植えが春になっても元気がないので植木鉢を思いっきり大きくしたら新芽が出て、古い葉が落ちた」と話しましたが、土中に命を育てる命の素がなければ種も芽を吹きませんし、花も咲きません。この話をヒントに、生物は命と知のバトンランナーで、まちはランナーが群れで走るグラウンドですが、住民の心の中にある「命の素」を活性化して引き出さなくては命の芽は吹かないということを発見しました。
 マネーとの関係を見ると、命が目に見える花や種はマネーになりますが、落ち葉が蓄える土の中の命の素はマネーにはなりません。しかし、土中の命の素を捉えなければなりません。
 それでは、この土壌の豊かさを見る評価基準は何でしょうか。それは「何でも受け容れて命を与えていく力・ホスピタリティ」です。温暖な気候や便利な建物や道路も、生まれてくる子どもから死に行く人までを受け容れるまちの機能も、人の心もホスピタリティの尺度で見ることが出来ます。
 また、世界の国々の人たちにもホスピタリティの尺度は理解されます。
 そこで、われわれは、ホスピタリティを尺度として地域の活動を再編成してゆくことにしました。
 寸劇のシナリオは、防犯だけでなくいろいろな内容を予定しています。また、ホスピタリティを高める具体的な場作りの活動をいろいろと実施して住民の顔の見えるまちにしていくことにしています。
 これらの活動を通して感じることは、「亡くなった人のマンションの部屋の後に全く縁もゆかりもない人が入居して、何事もなかったように日々が過ぎていく顔の見えないヤドカリタウン多摩」では文化の発生や伝承の余地がないように見えます。しかし、人類の歴史を見ると、マザーテレサが生き地獄のカルカッタで死に行く人の体を洗い始めたように、優れた業績は全て地獄の環境で行なわれています。
 私たちは「人は地獄の仕事人」という認識に立って、崩れていく多摩のまちの住人の生気を活かす場をつくり、多くの高齢者の皆さんと一緒に新たな文化を創る仕事を進めていくことにしています。