「あした通信」212号掲載
ル ポ

「住民の幸せづくり」が自治会の役割
愛知県名古屋市緑区 森の里荘自治会
一人暮らしの高齢者の玄関キーを預かる

 一人住まいの高齢者宅の新聞受けに、2、3日分の新聞が溜まっていた。それを見たご近所の住民の通報で、自治会役員たちが駆け付けた。窓ガラスを割って、家に入り、脳梗塞で倒れているお年寄りを発見。すぐに救急車を呼び搬送した。
 この経験から、この自治会では、「一人暮らしの高齢者安心サポート事業」として、玄関のキーを預かり、いざというときに助ける活動が、平成16年からスタートした。この自治会に住む65歳以上の高齢者は、現在、500人ほどで高齢化率は14%と低く、まだまだ若い地域だが、それでも一人暮らしの高齢者世帯は70世帯を数える。近くに身内の人などがいる高齢者を除き、28人の高齢者が自治会にキーを預けた。これまで、預けられたキーは3回使用され、救急車の出動を仰いだこともあったという。
 この玄関キーを預かる活動をしているのが、愛知県名古屋市緑区にある「森の里荘自治会(会長・小池田忠さん)」。紡績工場跡地に作られた10棟の市営住宅を活動の場としている自治会である。現在の世帯数は1,252、人口3,500人の自治会。また、同自治会と森の里町内会(108世帯)、大高南町内会(110世帯)の三つの自治会町内会で大高南学区連絡協議会(1,470世帯、4,000人)を結成している。


荒れた自治会を立て直す

 この市営住宅には、1979、80年から人々が入居し始め、早々に自治会が結成された。しかし、自治会の運営は一部の実権を握った人たちの専横により、荒れに荒れたという。会費が不当に使用され、集会所が勝手次第に使われ、役員会では灰皿や怒号が飛び交った。危機感を募らせた住民たちは、「自治会正常委員会」を結成し、自治会の改革を訴え、役員選に立候補した。委員会のメンバーは、住民の支持を得て、全員が当選した。新しいメンバーによる役員会では、これまでの苦い経験を活かし、運営は「ガラス張り」を基本とした。あわせて自治会のありようを探る討議をしていった。そこで出されたのが、「祭りやレクリエーションなどのイベントだけではなく、そこに住む人々の生活を守ることこそが自治会の役割」という考え。この考えのもと、前述の玄関キーを預かる活動をはじめとして、幾多の活動が生まれていった。
 その中の活動の一つが、「なんでも生活相談所」の開設。近隣の住民とのトラブルや悪徳商法に遭った高齢者からの相談ごとから、家賃減免、生活保護、就学援助などの個々人が抱えている悩みまで踏み込んで相談に応ずるというもの。この相談に応ずるのが、役員、児童委員、保健委員などに加え、専門家にも指導を仰いでいる。もちろん、そこで話された内容の秘密保持に努めるということは言うまでもない。
 もう一つの活動が、生活安全調査票の作成。災害、あるいは不慮の事故に対処するため、世帯ごとに家族構成、家族の勤め先、電話番号、かかりつけの病院などを記入してもらうもの。2年ごとに更新され、現在は、実に97%の世帯からこの調査票が提出されている。


夏・秋まつり、高齢者支援、中高生の居場所づくり……

 もちろん、個人の生活を守るという自治会の使命を果たす活動とあわせてイベントも多彩に行なわれている。8月の夏まつりや10月の秋まつりでは、メンバーが趣向を凝らした手づくりの模擬店、フリーマーケット、舞台でのショーが催され、住民の親睦、交流をはかっている。大人だけでなく、中高校生が夜店を出店したり、まつりの裏方も努めたりもしている。夏まつりでは、森の里町内会、大高南町内会の人たちも参加する。二つの町内会の人たちにも招待状を配るとともに、大高南町内会は、人口が増えている地域で、アパートやマンションも多く、まだ、町内会に入っていない人たちには、町内会への加入をも呼びかけている。
 さらに高齢者支援では、先の玄関キーを預かる活動以外にも、保健所と協働で開くシルバーサロン、小学生や保育園児との会食をするふれあい会食会。子どもを対象にした活動では、中高校生の居場所づくりということで、名古屋市を中心に活動する「こどもNPO」の協力を得ながら、子どもの自主性を育むためのワークショップを開いている。そこから中高校生をメンバーとした「絆の会」というグループが生まれ、集会所で卓球を行なう会に定着している。そのほかに地域ウォッチング、「知は力」との考えから、コミュニティづくりの大切さを学ぶ学習会や講演会の開催、元気な高齢者による花壇の手入れ、一斉清掃活動などなど、その活動は枚挙にいとまがない。






▲子どもへのふるさとの思い出づくりと住民のふれあいと親睦を目的に開催。600人以上が「縁の下の力持ち」として準備や当日の運営にかかわる



▲危険箇所や問題点のあるところをチェックする「地域ウォッチング」


小学校区単位の住民組織は、地域政府的な発想を

 このような広汎な活動がなぜできるのだろうか?
 「家庭の台所事情までは除かれたくはない」「ご近所とはあまりかかわりたくない」という風潮が広まる昨今。玄関キーの預かり、なんでも生活相談所、生活安全調査票などにみられるような、いわば個人の生活領域までに踏み込んだ活動が実行され、それに多くの人が共感をし、参加するのだろうか?
 ひと言で言えば、「住民と自治会の信頼関係」だと小池田さんは言う。もちろん、成功事例ばかりではないとも言う。さらにどこまで地域が介入できるかとジレンマに陥ることもあるとも言う。地域力の限界を感じることあると言う。しかし、それを差し引いても、97%の家庭から生活安全調査票が出されていることが物語るように、その活動は驚嘆に値する。
 多くの声を出してもらうために、会議の数を多くしたり、自治会の運営・活動に200人を超える人たちが関われる組織づくり、自治会を中心に民生委員、児童委員、保健委員などとネットワークを組んだり、さらに言えば、発足当初のトラブルを乗り越えた連帯意識、さらにそこでの経験から基本とした民主的な運営とガラス張りの財政。さらに言えば、こんな話もある。小池田さんは、今年の2月体調を崩し2週間ほど入院した。この間、役員や事務局長が会長不在の中、自治会運営を担ったのだが、その中には、「会長に聞かなければ実行できない」という事柄もいくつかあったという。役員の中から「会長の入院で、問題点がはっきりしたことは良いことだ」という声が聞かれたという。そこからさらなる動きが生まれるのだろう。また、棟長に就任したある男性。最初は、就任を拒み、「団地を出て行く」とまで言ったが、活動に携わる中で、自治会活動の大切がわかり、共感しのめり込んでいったという。まさに「実践が人間を変えていった」ということであろうか。これらもろもろの積み重ねが、住民と自治会の信頼関係を生み出していったと言えよう。
 そして、小池田さんは、小学校区単位の住民組織が、自ら自治の精神を持って「地域政府的な発想」を持つべきだと主張する。このような組織が専従の事務局を持って活動することにより、これまで、防犯・防災、交通安全、高齢者支援など市町村行政が担っていたかなりの部分を地域コミュニティでこなせることができるのでないかと続ける。そして、自治会の役割の行き着くところは、「住民の幸せづくり」だと強調する。
 まさに、このことを実践しているのが、森の里荘自治会だと言えよう。