平成19年度世代間交流シンポジウムの内容
基調講演
『子どもの生きる力を育てよう』 -「社会力」は「生きる力」の核-
   門脇 厚司 (筑波学院大学学長)
他者の取り込み不全が大きな原因

 逆に言えば、ヒトの子どもは、誰が教えなくても、自力でどんどん伸びていけるすごい力を持っていると私は考える。大体、子どもが自ら育つ力を信用していないところが一番大きな問題だ。
 今の子どもたちの育ち方のおかしさについてマスコミ等は、現象面については報道するが、その原因についての確かな証拠に基づいた説明はほとんどされていない。
 私は、一番の原因は、自分以外の人間をきっちりと自分の中に取り込む、心の中に取り込むことが、成長の過程でおかしくなっていることだと考える。いわば「他者の取り込み不全」だ。
 それができれば、その人が悲しんでいるとか、つらい思いをしていたら、何とかしてあげたいとすぐ心が動くはず。
 逆に言えば、他者の取り込み不全が、他者への関心をなくす。当然他の人のことを深く理解することもできなくなる。理解が深まらなければ、様々な人たちと良い関係をつくれなくなるし、良い関係がつくれなければ、良い関係をこれからも続けたいというこだわり、他者への愛着もなくなる。
 そのことが、他の人と深いかかわりを持つことを避け、人嫌いという心性(メンタリティ)を強めている。他者への関心、愛着、信頼感をなくすことが、「社会力」という極めて重要な資質能力を著しく衰弱させている。


「社会力」の衰弱は学力の低下につながる

 もっと子どもにとって厄介なことがある。社会力が衰弱することは、脳の性能・質を相当に劣化していると私は考えている。1989年と2001年に、小学5年生と中学2年生を対象に、大阪大学の教育社会学者たちが共同で学力テストをやった。
 全体の結果を見れば、89年よりも01年のほうが学力平均が下がっていて、その中で、極めて重要なことが一つあった。89年の塾に行っていない子どもの平均得点よりも、01年の塾に行っている子どもの平均の方が低いという結果が出た。
 脳の機能そのものが相当に劣化していて、しかも中学生よりも小学生の劣化が激しくなってきている。要するに生まれた時代が下れば下るほど、おかしな状態になっているという結果だった。
 様々な人たちと良い関係をつくり、いろいろな機会におつき合いをする。とりわけ子どもにとって重要なのは、大人だ。それがなくなることで、結果として脳の機能そのものも相当ずたずたになり、学力の低下につながっている。


「社会力」と「社会性」の違い

 「社会力」と「社会性」の違いについてよく質問されるが、「社会性」は、社会に適応するという意味で使われていて、その社会でうまく生きていける人間であれば、社会性が育っていると言ってきた。
 こう言うと、社会性が育つのは良いことと思うかもしれない。確かに、適応する社会が立派な社会なら、望ましい社会に適応しているのだから良い。しかし、今の社会が変える必要がないかといったら違う。変えないといけない社会に適応することは、人間の成長の仕方として好ましくない。
 変えないといけない社会なら、誰が変えるか。5年後、10年後、20年後の社会を良い社会に誰がするかといえば、今の子どもたちがつくっていかなければいけない。良い社会をつくるという「社会力」をつけるしかない。これが「社会力」と「社会性」の決定的に違うところだ。


「社会力」は「生きる力」の核

 今度の学習指導要領でも、「生きる力」を育てるという看板は降ろしていないようだが、「生きる力」は、生きていることが楽しい、喜びであるという実感だ。
 それを私たちがどう感ずるかといえば、「君はこんなことをやってくれて良かったね」とか「こんなことが君はできて、すごいね」と、周りの人たちから褒めてもらえる、感謝してもらえる。「だから、君も私たちと一緒にこれからもやっていこうよ、頼りにしてるよ」と言われることが、生きていて良かったという実感につながる。
 様々な人たちと良い関係をつくりながら、自分が身につけたことを社会の持ち場で発揮することができるのが「社会力」であり、それをやることで周りの人から信頼してもらえる、様々な人たちとの関係の中で生きていけるというのが「生きる力」。
 文科省は「生きる力」の説明の一番目に、自ら考え、自ら学ぶとある。二つ目が、他の人を深く理解し、他の人と協力しながら何事かをなし遂げる力。三つ目が、健康で体力があるということ。
 私は二番目こそがポイントだと思う。これは、ずばり「社会力」のこと。だからこそ、「社会力」をきっちりと育てることが、まさに「生きる力」を育てること。だから、ぶれることなく、「社会力」を育てることを教育の目標にしよう、そうすれば学力も上がる。


大人が子どもに関わり続けることの重要性

 子どもは、大人と真っ当にかかわることにより、初めて社会力を培い、強化していけるのだから、できるだけ多くの機会に大人とかかわり続けないといけない。
 地域こそが、高齢者も小さい赤ちゃんもいる、病気の人も健康な人もいる、様々な職業の人が多様にいるわけだから、地域で、子どもたちが日常的に大人とかかわり続ける機会をどれだけ増やせるかが。今の子どもたちの様々なおかしな事態を改善する、歯止めをかける最も重要なポイントだ。
 地域こそが今、活力を高めなければいけない。われわれ大人が、そのために何ができるか、何をしないといけないかを今こそ自覚しないといけない。